見えるは青空⑦

「それじゃ、さっきの続きからだ。まあ飯の後だからな。眠くなるだろうけど少しだけ我慢してな?」

「わかった」

「よし。じゃあさっきも見せたこいつについてだ」


 俺はポケットから名刺サイズの乳白色の板を取りだし、見せる。


「さっきセレンが見せたのと同じものだ。名前はミラル・カーボネイト。今だ謎の多い宇宙から飛来する特殊微粒子を用いて作られた新物質……ってとこまで話したはずだ」

「うん」

「ならこっからはその先……と行きたいとこなんだけどそもそもこれの原料の特殊微粒子ミラル、これの本当の使い道はまた別にある。そしてその使い道をラピスは既に見ているな。さて、何かわかるか?」


 よしよし、悩め悩め。


 彼女たち『無垢』は思考することが苦手とされている。実際のところはわからないがな。でも今まで話してて理解力は高いみたいだからどうなのだろう。


「…………バイク?」

「惜しいな。でも間接的には関わってる」


 思考力も悪くは無いようだ。俺たちは『無垢』について誤解していたのかもな。彼、彼女らは何も持たないからこそ『無垢』と呼ばれ、知能は洗脳という形でまともに機能しないと思われてきた。しかし、こうして洗脳という形では無くまともな知識をまともな形で教えればむしろスポンジの如く知識を得ていく。


「……わからない」

「そうか。じゃあ正解は、昨日ラピスが興味を持ったE-apacだ。間接的に関わってるっていうのはバイクはアレで生み出された電気で動いてるからだな。バイクは中に大容量バッテリーを搭載してるからな」

「???」


 どうやらラピスの中では俺の持つこの板と電気が繋がらなかったみたいだな。まあそうだよな、普通はわからんもの。


「じゃあ簡単に理屈を説明していこうか。まずこれの原料の特殊微粒子ミラルって言うのは基本的に宇宙から常に降り注ぎ続ける。物凄い量だ。でもあまりにも小さすぎてほとんどの物質を透過してしまうんだ。だから普通じゃ気づけない。でもとある方法でこのミラルを一時的にその場に留めることができる。そのやり方がE-apacの名前でもあるのだけど、電磁石なんだ。電磁石で生まれる磁界ならばミラルをそこに留められるんだ。具体的にはこの磁界の中をこんなふうに回ってる」


 俺はホワイトボードに一般的な磁石による磁界の図を描く。色を変えてその磁界の線に沿って矢印を描く。


「こんなふうに回っている。で、こっからが発電のプロセスなのだけど、ミラルはとても小さい。でもそれぞれがぶつかっても透過はしない。逆にぶつかることで僅かながら静電気が発生する。ほんとに小さな静電気だけどそれがほんの僅かな小さな範囲の中に何千億個も存在するミラルの衝突によって引き起こされたら電力は施設の大きさによっては莫大になる。それによって発電しているわけだな」


 俺は図に電気っぽいマークを描いてバッテリーに繋げた。


「構造とかは説明してもしょうがないが……まあ一般知識として教えとくか。まずはこんなのを想像してくれ」


 俺は絵が下手だ。だから分かりやすく言うなら……

 メインはまず中央部分が完全に貫通した円柱だ。高さは百メートル近くあるが、それは別にいい。直径は五、六十メートルある円柱の内、中心から半径二十メートルほどの空間が吹き抜けとなり、そこには巨大なシャフトが一本通っている。そこにはまたもや巨大なプロペラが数枚付けられ、常に排熱を行っている。

 次に円柱の内部、吹き抜けとは別の内部だ。そこも中は空洞になっていて、実はほとんど何も存在していない。そして何よりも真空なのである。内部にあるのは電力回収用の電極と僅かな監視カメラだ。そもそもこの機関のメインは外殻に当たる部分だ。外側は三重構造になっていて、まず一番外側は単純な外壁だ。ここには制御施設などが設置されている。内側の二つの殻はまず一番内側の殻は磁性材料を大量に用いた特殊内殻。これと対になるように外側には導電性物質をまるで巻き付けるように構築された壁で覆った。さらには全く同じものを中央の空間との壁にあたる部分にも構築されている。つまり、これは二つの巨大な電磁石と巨大な排熱機構で構成された極めて単純な構造なのだ。

 しかし、たったそれだけで本当に莫大な電力を生み出せているのだから驚きだな。


「──で、ミラル同士がぶつかると電力が生まれるが、それと同時に僅かながら熱も生まれる。それを排出するのがこのプロペラシャフトだな。さて、話をこれに戻そう」


 俺はミラル・カーボネイトの板を曲げようと力を入れてみせる。


「こいつの作り方は簡単だ。さっき話したE-apacの中に炭素系の物質を放り込めばいい。こいつは分子結合とかそういうのとは一切関係ない理屈で作られているからな。まるでまとわりつくようにミラルは炭素原子にくっ付くんだ。ミラルを外殻のように纏った炭素原子は外殻のミラルがまた同じように炭素原子と引っ付くのを待てばいい。それが繰り返されてこの物質になるわけだ。細かな製造方法は知らないから割愛するな。ま、急激な温度差に対する弱さと加工の難しさがネックだが、装甲として使えば一級品のものになる。それだけでも十分なのさ。所詮、量産品にしかならんものだ」

「ミラル……鉄の代わり?」

「そうだ。実際のとこ、鉄とかの金属資源は枯渇しないだとか言われてるが、今や採掘の必要が無い物が目の前に出来ちゃったからな。ましてや、鉄よりも軽く尚且つ硬い。それでいて作り方だけならガキでも作れるんだ。そりゃ人類だって使うし機械だって取り込むのは道理だ」

「私が襲われたのもミラル製……?」

「その通りだ」


 ふむ、さっきからなんとなく感じてはいたけど彼女の話し方というか語彙力というかが少しずつ変化していってるな。なんというか、まるでような。圧縮されたファイルがどんどん解凍されて行っている、と言っても近いだろう。

 『無垢』というのは謎が多い。もちろん、頭を直接開いて脳みそに電極ぶっ刺して無理やりデータを取り出すことは出来るだろう。そんなことをしたら当然相手は人格が壊れるとか精神喪失だとかそんなのじゃなくて死ぬだけだ。でも、シャミアが解読したように遺伝子系に埋め込まれたデータを引きずり出すだけならいけたのかもしれないが、もう遅い。少なくとも『無垢』は彼女一人しか残っていないはずだ。そう願いたい。


「機械たちは人類が放棄した街を再利用して工場なんかを作っている。昨日話した要塞フォートを攻略する時にはその工場と中心であるマザーの破壊が主目的だな。あ、機械の中の要塞級フォートと街そのものを意味する要塞フォートは別物な」

「どう違う?」

「そうだな……街の要塞は簡単に言えば思考することに特化しているな。でも普通の機械よりは動きなんかも素早かった。戦闘そのものに向いている機械だな。で、要塞級だが、こっちはバケモノだ。俺も実物は一度遠くからしか見たことないが、少なくとも全長は数百メートルで高さも五十メートルはあったんじゃないか?その全身に色んな武装を纏ってやがる。中に弾薬をしこたま積んでることもありゃ、中に機械を積み込んでることもあるらしい。ま、そうそうお目にかかれるものじゃあ無いからな。機械の支配圏に入らなきゃ襲われることも無い。入ってしまった時は……何とかしてその中から逃げるか、見つからないことを祈るだけだ」

要塞フォートを……攻略、したことあるの?」

「おう、あるぞ。最後は確か……二年ほど前か。ここから東に行った辺りの街でな。偶然訪れてた俺らは巻き込まれたって感じだが」

「あー、あの時ね。でもあの時行ったのあんた達だけじゃない」

「そっか、セレンたちは荷物守ってたんだっけ。結構簡単に攻略出来たから曖昧だな……」

「荷物ってなんの事?」


 俺とセレンが過去の攻略の時に想いを馳せていると何も知らないラピスは気になるみたいだ。


「ん?俺らの本業だな。色々とやってるが本業は傭兵だ。てか、この街のほとんどの連中は傭兵さ。どこかの都市国家所属のな」

「私たちみたいにどこにも所属しない傭兵っていうのは珍しいのよ。私たちは傭兵の他に物資の運搬なんかをやってるからたまに企業からの依頼で街を転々とするわ。その運搬だけでもそれ相応には稼げるからどこかの都市国家に所属する必要が無いのね。でも普通の傭兵とかはそうもいかないから街で機械を破壊してその中から取り出せる基盤とか壊れてない部分を集めて所属する都市国家に売るの。するとその量と質に合わせた報酬が返ってくるのね。その街ごとに集まった基盤なんかを運ぶのも私たちの仕事だったりするわ」


 この街に来てからだいたい一年と少しぐらいのはずだけど、この街に企業の連中が来てるってことはこの街での依頼はもうほぼ無いとみていいな。だって自分たちで持って帰れるのにわざわざ外部の輩に金払って運んでもらう理由が無いし。さて……次はどこの街を拠点にしようか。


「機械を破壊するの?」

「ええ。いかに丈夫なミラル・カーボネイトの装甲とはいえ壊れないわけじゃないわ。これもまたミラル・カーボネイト製の弾丸を使って破壊するのよ。もちろん、機械も同じようにミラル製の弾丸を使ってくるわ。あなたが襲われた時の状況を聞くにフェイトは銃を使わなかったみたいね。そうね……ジェイ瘤が持ってた物、って言えばわかるかしら」

「細長いもの?」

「そう。……色々と知識にばらつきがあるわ。一度テストした方が良いわね」


 セレンの言うようにラピスの中には知識はあってもばらつきがあるみたいだな。それとも知識は既にあるが、それを自分のものに出来ていないだけなのか……

 何はともあれテストの用意をしようかね。


 俺は二人を残して一旦階下へと戻るのだった。






「………疲れた」

「ほら、とりあえずこれ飲んどけ」


 俺は遅くまでやっていた知能テストによって疲労困憊のラピスに今や貴重なココアを渡す。マグカップ一杯で今は五百だが高い時は三千は取られる。なんせ陸路も海路も危険なのは変わりないからな。原料が無けりゃ値も高いわけだ。もちろん、内地ではある程度値は一定らしいけどな。全く。

 ラピスがココアを飲むのを見ながら、一旦自室に戻るフリをして廊下に出る。


 テストの様子は見ていたけど、彼女にはなんというか……ズレがあった。

 例えば、Aという物事について知っていても、それがCという物事と繋がらないようなものだ。それだけでは当然なのだけど、そのAとCを結びつけることが出来るBという知識が不足していたりする……

 え、わかりにくい?そうか、ならば……


 『銃』が目の前にあるとしよう。これは『引き金』を引けば『弾が発射』される状態だ。彼女に当てはめるなら、彼女はこれがということとすることは理解している。

 でも銃という概念、要は名詞と弾が発射される動作はイメージは出来ても物理的には関連づけられていない。なぜなら弾を発射するためのプロセスが無いからだ。ここで彼女にはという動作を教えてやれば銃という概念は引き金を引くという動作によって弾が発射するという動作をすることが出来る、ということを教えることが出来る。言ってしまえば彼女はピースが所々埋まっていないパズルのようなものだ。ましてや既に埋まっているピースでさえ彼女の記憶の奥底に埋め込まれ表面に出てきていなかったりするのだ。


 その埋め込まれた知識がどれほどのものかが明らかになったのは彼女の色覚テストでの事だ。現在、世界各地では緑色が肯定や安全、赤が否定などといった色として認識されている。しかし、彼女は様々な色を示されても理解出来ていなかった。知ってはいたのだろう。その色と色の名前を教えてあげればすぐに覚えたのだから。スポンジのように……という訳じゃない。色とその名称が繋がっていない。本当に異常な状態だった。ただ、まともに知っていたのは白と黒だけだ。




 俺はここでかつて『無垢』と交戦し、彼らが散った時のことを思い出した。

 あの時、『無垢』たちは「赤い旗のある建物」を目指していたらしい。確か当時は白い建物だったり色々な建物がその場にあったが彼らは一直線にその建物を目指していたはずだ。そしてこのラピスの事例から考えるに、彼ら『無垢』の脳内には情報ファイルとしての色覚情報はあってもそれが解放されていない。色そのものの現物と色の名称を照らし合わせることが解放、つまりアンロックの条件となってその色のみ情報が脳に解き放たれるわけだ。他にも、ラピスは一般常識とされる知識は埋め込まれてはいるようだ。どこまでかはわからないがな。

 もしもそれがラピスだけの話じゃないとしたら?もしも同じように他の情報もアンロックされていないだけで彼らの脳内には確かに存在していたのなら?もしも彼らに生活出来るだけの一般知識が存在していたのなら?

 彼らを。勝手に俺らは『無垢』たちをただの洗脳され、もう殺すしかない人のための人形だと勝手に思っていたんじゃないか?

 彼らはちゃんと人が付き、物事を教えれば自立して生きていけたのかもしれない。未来があったのかもしれない。たとえその身体は他人の手によって造られていたとしても。


「第五世代から数えて4523人……ははっ」


 俺は壁に背を預けて座り込む。


「俺は……ただの虐殺者じゃないか」

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