見えるは青空⑥
「さて、今から私があなたに色々と教えていくわけだけど。まずはあなたの名前を決めたわ。こちらで決めてしまって申し訳ないのだけどね」
「名前?」
「そうよ。今日からあなたはラピス。ラピス・アリス・ラズリよ。普段はラピスと呼ばせてもらうわね」
「うん」
セレンが目の前の机に座ったラピスに対し、まるで教師のように話す。
「朝ごはんはもう食べたんでしょう?ならば早速始めさせてもらうわ。時間が惜しいからね。今から私はあなたにこの世界のことを教えていく。今、世界がどうなっているのかをね」
セレンはそう前置きしてから、ホワイトボードの前のパイプ椅子に座り、暗記したものをそのまま再生するように話し始めた。
───世界は、当時世界最大とされた戦争から一世紀半もの間安定していた。平和に、安寧を享受していた。
人は平和の中で技術を生み出し、利用し、自らをも発展させた。
その過程で紛争もあり、人も大勢死んだが、どれもかつての規模までは至らなかった。恐れていたのだ。
しかしある時、その安定に歪みが生じた。
当時、紛争状態にあったとある国同士が一時的な停戦協定を結ぶこととなった。それは周辺の国々へと避難した現地の人間たちにとっては十年以上を掛けた悲願であった。
テロ、ゲリラ、クーデター。持てるものは全てを用いて行われたその行動は当時の独裁政権を廃することに成功したのだ。それは文字通り全てを投げ打って行われた意地の結果だった。
しかし、調印の日。その結果は脆くも崩れ去った。
結論から言えば紛争終結に反対する極一部の人間による奇襲だった。
組織名デルタ。その名の通り、紛争による物資の第三者としての仲介を請負、それを敵対国家に横流しすることによって大金を得ていた武装集団だった。故に、手元には小型ながらも強力な兵器が大量に存在していた。それを使われたのだ。
彼らの首魁はその場で死亡が確認されたが、同時に調印に必要な署名証拠用紙も焼失。その調印は数多ある国家の連合組織が仲介したものの為、その書類の作成のためには多くの国々の同意が必要であった。また如何なる場合であろうと、紛失は許されないものだった。その書類は件の連合組織が保管していた為にこの一件での焼失により連合組織の監督不行届と判断された。
また当時、世界情勢は表向きは安定していたが、石油や天然ガス、メタンハイドレートなどの資源を巡る利権闘争が勃発していた。
武力を用いる訳ではなく、数年に一度の会議での弁論での殴り合いである。しかし、とある時の会議の結果をきっかけに徐々にその資源の採掘などで不公平が生じ始める。
具体的には資源採掘量が年々減少したために値を上げた。とある国が経済的にも人材的にも多くの支援を行ってより多くの資源を手に入れようとしたり。自国で採掘可能な資源を用いた新技術で生活し、それを他国へ流さないなどといったものである。しかしそれができるのは極一部の大国か、資源採掘国のみである。
それが出来ない国家による不公平の状態が長年蓄積され始め約数十年。国民の鬱憤は何時爆発してもおかしくないような物だった。
そして時は事件当時に戻る。
監督不行届の一件によってその巨大組織の信用は完全に失われた。以前より確かに組織の権力は少しづつ弱まってはいたが、今回のこの事件はその権力低下のトドメとなった。加えて資源採掘の不公平による民衆の爆発。
その二つにより多国家連合組織は崩壊を迎え、国家は近辺の諸国と新たに連合体を形成。主に東アジア圏連合、西アジア連合、ヨーロッパ連合、北アフリカ連合、南アフリカ連合、北及び中米連合、南米連合、オセアニア連合の八つである。
その中でも数カ国ごとに小規模な連合体を作るため、世界をその連合体ごとに見ると、一つ一つの国の大きさが広がり、国家数が減ったように見えるようになった。
ここまで世界情勢が変化するまでさらに十年が掛かった。しかし、多国家連合組織の崩壊によって国家をまとめるものが居なくなり、各連合体を把握出来る者が居なくなったのである。
故に何が起こるか。答えは一つである。様々な思惑が絡み合った利権闘争である。しかし、今度は弁論などでは無い。戦争などが起こらないように監視する組織はもう消えた。今あるのは自らの権利を得んとする意思ある者の集まりである。
よって、かつての大戦争から約二世紀。ついに、史上三度目の戦争が勃発する────
─────はずだった。
何が起きたか。
古来から空想小説なんかではお馴染みのテーマである、AIの暴走だ。
当時、戦争が起きる直前まで開発が各国家連合で行われていた物で、すぐにでもロールアウト可能なものであったらしい。しかし何の因果か、それぞれのAIを納めたコンピュータが何故か起動。すぐさま暴走を始めた。現状、我々に残された当時の情報はこれのみである。だが、これだけは言えよう。「進歩しすぎた科学は人の身には余りすぎる。人は自らの手で、自然の産物に手を出してはならなかった」と。
また、こうも言えよう。「ヒトは繁栄し過ぎた。限度を越したのだ。幾ら罰を下そうとも対処する。ならば、自らの創造物に滅ぼさせれば良い」と。
私は宗教家では無い。
だが、今ばかりは神に願うしかあるまい。
『おお神よ。我らはどこで道を間違えたのか』と─────
「以上、ジョン・ジードン博士の著書よ。まあ下手な歴史書よりわかりやすいからこれにさせてもらったわ」
「……つまり、国家は残っている?」
「いいえ。この博士の書籍は最後の発行が約九十年前。そこでは修正されていて、『国家というものは姿を消し、AIとの暴走による混乱から生き残ったものたちはその驚異に脅え、都市を作った。そうして、形成されたのが国家連合に変わる組織、都市国家連合である。国家に比べればかなりの小規模だが、最低限生き残るのであればこれが最適解と私は判断する』……だそうよ」
「ならば……
「説明が難しいのだけど。でもあれは
「うん」
「じゃあ機械がそもそも何なのかを説明しなければならないわね。さっき話した論文の中にAIコンピュータがあったでしょう。またそれが暴走したとも。その後の話になるわ」
───AIの異常な暴走から約一年。ようやく事の被害の全貌が見えてきた。あの日、世界各地で開発されていたAI達は突如人類の制御下を離れ、AI同士で情報の高速交換を行いつつ各地に点在するスーパーコンピュータや巨大ハードディスクなどにハッキングを仕掛けた。普通の一軒家のパソコンから大企業の極秘ハードディスクまで様々だ。中には政府が所有する物も含まれていたという。
さて、ここでAIが何を行ったかをおさらいしよう。前述の通りハッキングだが、それは理由にはならない。実際は知識の収集だったと考えられる。個人の画像ファイル情報から各国が所有する核兵器までと言った様々な情報こそ抜き取られたが、軍などが所有する自律兵器への行動操作的ハッキングは無かったからだ。つまり、我々人類は所属する国家を無くしたが、その原因である混乱を生み出したのは他ならぬ自分達だということだ。
AIとは知識収集の鬼だ。データの容量があり続ける限り無限に記憶し続ける。それが複数だ。世界各地の全ての情報が抜き取られてもなお未だ余裕があるようだ。全く恐ろしいものである。しかし、この時の我々は何も考えていなかった。予想だにしなかった。まさか……「被創造物が創造者に牙をむく」など───
「現在、世界には五つのAI搭載の巨大機械があるわ。通称グランドマザー。あなたが遭遇した機械を含めた全ての機械を統括する存在よ」
「どこに?」
「極東のAmateras、ヨーロッパ圏のBritain、ユーラシア大陸中央のCentral、オセアニア圏のDowns、北米圏のEasten。正式な名称がわかっているのは極東のみよ。あとは前に南米にも一つ存在したけどそこは暴走初期に破壊されたわ。後にも先にもその一つだけ。でも、その影響で南米大陸には人は住めなくなった。理由は核を用いたから。それの影響でその土地には人は住めなくなり、更にはグランドマザーを破壊することも不可能になった」
「学習したから」
「その通りよ。グランドマザーに向けて弾道ミサイルを放っても迎撃されるから。同じ攻撃は二度と通用しない。まさに学習の鬼よ」
そこまで話してセレンは一息置くためにコーヒーを口に含む。
「次は機械についてよ。話すのは主に機械級について。さっき話したように機械の最上位はグランドマザーよ。その下にいくつか
最上位統括:グランドマザー
準統括:マザー
以下兵力級と分類
「となるわ。あなたがフェイトと会った時に襲われていたのは雑兵級。機械が持つ主力の一つね。特徴は小さいから数がやたらと多いことよ。……これらは全てそれぞれのグランドマザーから生まれたもの。この論文の続きによると、人類が混乱している間、機械はその活動がほとんど無かったそうよ。さて、何をしていたか。これは簡単ね。自らの戦力を増やしていたのよ」
「つまり人類が勝手に混乱している間、機械は戦力を整えることができた。ならば何故私たちはここに?」
「何故生きながらえているのか、ということね。それに関しては推測の域を出ないけども仮説があるわ」
────我々が都市国家としての体裁を整えるまでの約十年間、機械による襲撃は数える程しかなかった。しかし、その数える程しかなかった襲撃でまず最初に空を失った。地球を回る衛星群が全てハッキングされたからだ。それにより、自国を守るための防衛衛星は自らを脅かす驚異へと変貌した。次に機械は自らの軍勢を増やすことに注力した。ヒトが考案し、却下されたもののデータだけは残されていた無人兵器群。それが解析され無数に生まれたのだ。そしてかつて我々が住んだ街の幾つかはその機械の拠点と化した。グランドマザーでは無い、一階級下のものと思われるマザーが統括する機械たちがそこには蔓延っていた。
「材料が合わない。鉄は少ない。」
「あら……『無垢』と思っていたけど最低限の知識と理解力はあるのね。何故かしら……でもこれは知らないのね」
セレンは自身の服のポケットから小さな乳白色の板を取りだした。
「これはミラル・カーボネイト。現状人類が無限に手に入れることの出来る素材であり、理想の物質。鉄に換わる新時代の物。だからこそ人類同士における戦争は無くなり、機械との戦闘は無くならないのよ」
「どうして?」
「無限に手に入るからよ」
「なぜ?」
「誰でも簡単に作り出せるからよ」
「はぁ……セレン、話が進まん。多分ラピスが聞いてるのはそこじゃないからな。───ラピス、ここからは俺が説明しよう。まずはミラル・カーボネイトからだな」
そもそも、セレンは技術者ではあるがこのミラル・カーボネイトについては俺の方が詳しい。理由は……あるにはあるが気にするほどのものでもない。
「じゃあまずはそもそもこれが何か、という所からなんだが……」
───とある都市国家が機械に対し宣戦布告を行った。これは人類史の中でも初のはずだ。最初は六つ、現在は五つあるグランドマザーの一つ、Eastenへだ。
私がこれを書いている以上、長々しく過程を書く必要は無いだろうから結論から言おう。人類の惨敗である。しかし、これは当然としか言いようが無かった。相手は機械。エネルギーと弾薬さえあれば昼夜関係なくいつまでも動き続ける不死兵だ。違って我々は食事を必要とし、睡眠を必要とし、何より夜は満足には動けない。負けた理由はたったそれだけだ。かつて存在したとある愚将のように人は人なのだから補給無しでは動けないのだから。
……しかしこのグランドマザー攻略を行っている最中、ヨーロッパ圏に存在する研究所がある論文を発表した。
その名は『宇宙より飛来する未確認粒子の利用法』。この研究所は宇宙から降り注ぐ電波などを駆使して現在のハッキングされている衛星の位置などを割り出すことを目的としていたようだ。その過程で新たに降り注ぐ粒子を発見したようだった。
これはこの論文を書いている数年前に発表されたものだが、現在ではその粒子の『ミラル』と言う名が付けられている。発見者から取ったらしい。
「……と、これは宇宙から降り注ぐ粒子を固めてできたものなんだ」
「どうやって?」
「まあ、そこだよな。でも長くなるから続きは昼飯の後な?」
時計を見るとまだ昼前だ。でも飯は作らなきゃいけないから丁度いいだろう。
「セレン、ラピスに適当に服を見繕っといてくれ。フィオナに任せたら何が出てくるかわからん」
「そうね。任せてちょうだい」
「頼んだぜ」
俺は朝と同様に昼前作りのためにキッチンへと向かうのだった。
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