見えるは青空⑤

「みんな、これを見てちょうだい」


 そう言ってシャミアが数枚の紙を見せてきたのは俺らが早朝に半ば無理やり起こされて食堂に集まってからすぐだった。あまり働かない頭を無理やり粗製のコーヒーで動かしているところだ。うぅ……眠い。


 その紙はパッと見何らかの解析データのようだが……?


「それはあの娘の髪の毛とあの後採取した血液の解析結果よ。髪の毛だけだと正直何も分からなかったわ。エラーが出てね。でも血液を解析したら辛うじて表層だけはわかったわ」


 今まで無垢たちの解析はしようとしてこなかった。彼らの存在そのものもそうだが、生まれてきた理由を知っているだけに忌避感があったからだ。でも今回は仕方がないと割り切るしかない。


「まず血液型は四種類のどれでもなかったわ。だからQ型と仮定する。一番近かったのはAB型だったけどAB型ではない事が明らかだったからね。次はDNA情報。まあ見ても分からないだろうから簡単に説明すると、彼女は人間で間違いないわ。『無垢』だから人間とはちょっと違うかもとは思ってたけど血液型以外は杞憂だったわ。それに血液そのものも異常は見られない」


 まあ……うん。試験管ベイビーだからもしかしたら人間とはちょっと違うかもって思うのはしょうがないのか?俺にはわからんよ。


「次は遺伝子情報ね。DNAとは別方面の情報よ。DNAは彼女が根本的に人間かどうかの確認で、こっちは彼女の出生を確認するためのものだから。……まず彼女の両親から。父親に関してはそもそも存在しないとした方がいいわね。精子バンクとかそんな感じで保存されたのじゃなくて完全に人工的に作られた精子から生まれてるわ。染色体とかがあまりにも模範的すぎるし、私の持ってる昔のデータとも一切の狂いなく一致したから確実でしょうね。ま、さすがにオリジナルはあるのだろうけど世代が経ちすぎてるから人工的としたわ。次に母親だけど、こちらはちゃんとした人間が産んでるわ。卵子バンクかどうかは別としてだけど。でもまあ彼女の母親も死んでるでしょうね。十中八九生きてないとみていいでしょう。これはしょうがないと割り切るしかないわ」


 シャミアの解析はかなり優秀だ。もちろん、疑える箇所もあるだろうがそんなことをしていたらいつまでも終わらない。


「あとは……これ。彼女の遺伝子を解析してる時に見つけた物よ。正確には『物』では無いけど」


 シャミアが追加で一枚の紙をテーブルに載せる。そこにはグラフも解析結果も乗っていない。書かれているのは数字やアルファベットの羅列だけだ。


「彼女の血中から採取されたナノマシンから取り出せた情報よ。でも驚いたわ。一般人でここまで大量のナノマシンを体内に納めることはほとんど無いはずなのに」

「どれぐらいだったんだい?」

「おおよそ一万dドーク

「一まっ……」


 フィオナは自分で聞いておいて返ってきた答えに驚いてる。


 dドークとはナノマシン研究の第一人者であったドーク博士から名前を取って名付けられた単位だ。意味合いは『身体及び血中におけるナノマシンの最大含有可能量』、通称『最大含有量』となる。まあ簡単に言えば体内にナノマシンをどこまで入れていいか、ということを示す指標だな。これには俺が彼女にぶっ刺した治療用ナノマシンも含まれる。この値を超えてナノマシンを体内に投与するとナノマシンの機能異常などが発生してむしろ身体を破壊することになるから注意なのだ。

 昔、あまりにも酷い大怪我をして治療用ナノマシンを大量に投与された奴を見たことがあるが、そいつは自身のdの最大値を申告せずにいた。そいつは結局ナノマシンに傷口をより広げられてそこから病気になって死んでいった。


「一応、一般人の値を言っておくと普通は二百から三百。多い人で千に届くかどうかってところだからね。つまり彼女は異常ね。まあ見ればわかる事だけど」


 一万か……。知り合いにそこまでとはいかないが、二千ほどの最大含有量を持っていたやつも居たが、そいつは早死した。なぜかはよく知らないが、最大含有量にものを言わせてナノマシン治療を繰り返した結果だと思ってる。ナノマシンが行うのは治療であるが正確にはそのだ。治療をするのは根本的には自身の体である。体に負荷が掛かりすぎたんだろうな。


「だから彼女にはしばらくナノマシンは投与しないことにしたわ。なんもないと思うけどね。さて、今の主題はこっちよ。──問題です。これはなんでしょう」


 シャミアがおどけながら紙を見せてくる。


「えーっと……?htrpp2j//tyy245388faaswqpo……なんだこれ?フェイト、わかるか?」

「俺も知らん。オッサンに聞いてもしょうがないな」

「あたりまえだ。俺に聞いてどうする」

「それは四十年ほど前の軍用コンピュータにアクセスするためのコードだね。シャミア、もうアクセスしたのかい?」


 フィオナは確かに賢いがどこでそんな知識を拾ってくるのやら……

 それとも俺がバカなだけか?ちなみにジョシュアが知ってたら逆にあいつの脳みそを疑うところだった。


「ええ。数時間掛けて全て打ち込んでアクセスを掛けてついさっきようやっと読めるまでになったわ」


 シャミアが読めるようになったそのデータを書き起こしたものをテーブルに置く。


「暗号化されてたから一晩でなんとか解読したけど少し誤訳があるかもしれない。それでも良ければ聞いてちょうだい。──曰く『この文章を解析した者に告げる。彼女は非人道的計画によって産まれた純粋な被害者である。私は今までに九から十一代目までの三世代、計八十三人の〈無垢〉達を生み出し、教育し、殺してきた。しかしもうこの計画もおしまいだ。私はもう耐えられない。他の都市国家軍にこの計画をリークしたのは私だ。そして、当時生み出していた最中の第十二代目の〈無垢〉達を殺したのも私だ。その時に殺したのは計328人。研究所そのものを一斉に爆破させた。その複数の虐殺のなかでそれでも唯一生き残った〈無垢〉が居た。それが彼女だ。生まれて約二年。まだ教育は基礎的なものに限られ、本格的には施されていない。そして彼女が属する第九世代は戦術機などに搭乗することを前提とした試作実験体達だ。故に彼女は普通の人間よりも身体は丈夫であるし寿命も長いだろう。もし、ここまで読んで彼女が人間で無いと感じるのであればどうか一思いに殺してあげて欲しい。〈無垢〉は何も持たない、持てないが故に〈無垢〉と呼ばれる。仮に一人で外に出ても生きていけないだろう。後ろ指を指されるだろう。彼女は正真正銘人間だが、人間では無い。紛い物なのだ。私は彼女を生み出した親としてその選択を迫らなければならない。しかし私は既にこの世には居ないだろう。だから頼む。彼女に、慈悲ある判断を望む。


追伸

彼女には名前と呼べるものが存在しない。それは全ての〈無垢〉達にも言えることだが、彼女が研究所にいた頃はNo.00785としか呼ばれていなかった。もしも彼女を受け入れてくれるのであれば彼女に良い名前を与えてあげて欲しい。私が親としてすべき事だが出来なかったことの一つだ。頼んだよ』……だそうよ」


 つまるところ、彼女を救ってやってくれってことか。でも生かすも殺すもあなた次第。クソッ。こいつ、かなりいい性格してやがる。人の良心につけ込むような書き方しやがって。でも名前か……


「やっぱりあの娘、名前無かったのね。……で、みんなどうするの?」


 はぁ……ニヤニヤしながらこっちに振るんじゃねーよバカセレン。ここにいるバカ共はみんな揃いも揃ってこういうのを聞くと見捨てられなくなるってのはわかってるだろうに。


「じゃあまずはボクからだね。名前の第一案で『タマ』はどうかな?」

「飼うんじゃ無いんだから却下。次は?」

「おう、サンドラはどうだ?」

「それも却下。ていうかそれオッサンの奥さんの名前じゃない。まだ生きてるんだからまだ生きてるんだからさすがに止めましょ。久しぶりに会いたいわ。はい、次」

「そうだな……ミカはどうだ?」

「それはアンタがこの街でいつもお酌してもらってる女の名前でしょうがこの脳筋。で、シャミアはどうするのかしら?」

「へぇー、私にこの前告白しておきながらそんなことやってるんだ……ふふっ、痛い目見せてあげる。楽しみにしててね」


 シャミアは強酸好きと呼ばれているがそれは生物学での液体の酸だけに限らない。目標を周囲の環境から侵食していくまさに酸のように追い詰めるのだ。そこから強酸女と呼ばれるようになった。ま、本人も気に入ってるみたいだしな。


「で、フェイトは何か案は?」

「俺か。そうだな……アビゲイルはどうだ?」

「うーん……却下ね。それあなたのお姉さんの名前じゃない。ややこしいし勝手に使ってバレたらどうするの?」

「姉貴の事だから何も無い──訳じゃないな。確実に俺が半殺しにはなる」

「なら止めときましょ。みんな名前考える気あるの?そろそろ彼女も起きてきちゃうわ。早くしないと今日も『あなた』とかで呼ぶことになるわよ?」

「セレン。そんなに言うなら君が決めておくれよ」

「フィオナ。ネコのような名前を案に出すあなたには言われたくないわね。でもそうねぇ……フェイト、彼女の髪の色って何色だったっけ?」

「ん?青色だ」

「そ。ならばラピスラズリなんてどうかしら。それかラピス・ラズリで分けるとか」


 ラピスラズリ。確か宝石の名前だったかな。いくら学がなくてもそれくらいは知っているぞ。


「ラピスラズリ……うん。いいかもしれないわね。でも彼女は群青と言うよりはいくらか淡い色。ならばアリスの方が──」


 アリスってなんだっけ?シャミアさん。え、物語?そうですか。分からなかったですすみません。はい。


 それからまたしばらく話についていけない男性陣を放ってほいて女性陣だけで盛り上がって居たのだけどどうやら決着が着いたらしい。


「決まりよ。彼女の名前はラピス・アリス・ラズリに決定よ。ここから南の地域の名前の名前の付け方ではあるけどまあ良いでしょう。普段はラピスって呼ぶわけだし」


 結局くっつけただけかい!と突っ込みたいのは俺だけではないだろう。

 朝五時過ぎに起こされて話し合って三十分話し合った末の結論である。突っ込んでもいいだろう。


「はあ……とりあえず俺は朝飯作ってくるよ。お嬢さん方はお話に夢中な様なので」


 俺はいつの間にか寝てるオッサンとジョシュアの脳筋二人を置いといてキッチンに向かう。壊れかけの冷蔵庫を開けると中には真空パッキングされた食材が様々。

 現在世界は外の大半が荒野と化し、植物がまともに育っている場所なんて極一部のジャングルだけだったりする。

 だから真空パックの食べ物が主流なのだけど……と言っても肉は豚や牛の細胞を人工培養させた謎の肉。魚肉に関してはまだ内地の奥で国一つと同等の大きさの巨大湖を利用したプラントでの養殖と細胞培養による人工肉を混ぜ合わせたものになる。

 ただ、まだ辛うじてまともと言えるのが野菜関連。こちらは内地やそれ以外の俺らが住んでるような街のプラントで遺伝子改良されたものが育てられている。生産している連中曰く、遺伝子改良はしたものの、それ以外は完全有機農法だそうだ。まあそれも農薬使わないだけで屋内の巨大な光源で育成しているのだろうよ。見た目は真空パックに入れられた緑の物体なんだからな。茹でれば解れて野菜の葉の形くらいは分かるようになるのだけど。


 あ、内地ってのはいわゆる特権階級。上級市民権と呼ばれるものを持つ人しか住むことは出来ない。俺らも入ることだけは出来るのだけどね。俺らはその上級市民権を持たないからこうして外の街に住んでいる。内地は莫大な発電能力にものを言わせて強力な電磁シールドと巨大な鋼鉄と特殊素材の壁で覆われている。この街みたいな鋼板を打ち付けたようなチャチなもんじゃない。ちゃんと工場で生産された正規品だ。


 ちなみに今日作るのはハムエッグのエッグ無し。卵なんて最後に食ったの何時だろ。卵だけは人工的には製造出来ないからな。つまるところ皿に乗るのはハムだ。あとはパンだな。白いのじゃなくて少し粗めのやつだが。白いのは前に内地で食ったことがある。美味かったわ。ものすごく美味かった。


 再精製油を使ってパックから取り出した厚切りハムを焼いていく。

 ジュワーと音を立てて焼かれていくハムからはとても美味しそうな匂いが。これだけならどうやら本物と大して変わらないらしい。軽く焦げ目が付くまで焼いたらひっくり返す。今度は中まで熱が入るのを待つ間にパンを焼く。これはトースターがあるから三枚入れておく。

 あとは待つだけだ。


 さてと、今日はいくつか顔を出しに行くかね……


 俺は薄いコーヒーを啜ってパンが焼けるのを待つのだった。

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