見えるは青空④
「なあフェイト……まさかとは思うがよォ……」
オッサンが珍しく真剣な目で問いかけてくる。
「ああ。多分そのまさかだ」
俺がそう告げた途端その場にいた全員が息を飲んだ。
「ねえ……それってもしや」
「いや、でもそれはあまりにもおかしい。だってあれは……あれはボクたちが真っ先に……」
相棒とフィオナが顔色を変え、狼狽える。
「でも、あの色。真っ当な人間なら何も思わんだろうが、俺らは幸いにして真っ当とは遠くかけ離れた野郎ども。疑うには十分だろう?」
「私も、さっきフィオナから彼女の髪を貰ったから解析に掛けてるけど……あんまり意味は無いでしょうね」
薬剤担当とは言っていたが、実は生物系の解析も出来るシャミアはもはや諦めのようだ。普段は如何にして機械どもを強酸の海に沈めるかを考えてるってのにな。全く、頭脳という宝の持ち腐れだ。
話を戻すが、それは何の異常もない、という意味ではない。解析不能という意味だ。
「はぁーっ!全くうちのリーダーはこうもどうしてトラブルを呼び込むのかねえ。ま、今回ばかりはヤバいな」
「おお、まさかお前がそんな判断が出来るとは思わなかったぜ。我らが脳筋ジョシュア君」
「うるせえ!脳筋ならよっぽどオッサンだろ」
「ハッハッハ!本物の脳筋ってのは考えもしねえものさ!ジョシュアにゃまだ負けん!」
いや、考えてくれ。脳みそどころか骨の髄まで筋肉でもいいからせめて今だけは考えてくれ。
「さて……と。じゃあこの場の全員の答えが一致しただろうから答え合わせといこうか?」
全員が頷くと、別に呼吸を合わせずとも口を開けば皆同時に答えてくれるものだ。特に個性的な仲間内だと。
「「『無垢』」」
無垢、それは何も無いなどという概念的な意味合いでは無い。もっと恐ろしい、人を人とも思わない悪魔のような実験から生まれた存在だ。
「ボクたちが破壊した研究所は確かあの時、第十三世代目を作っていたはずだ。ボクたちが破壊した研究結果の集大成である『無垢』たちを殺し、彼らはそれを失ったが故にその研究は瓦解した。でも彼女がいる。本来ならば生物学的に生まれるはずのない色を持つ人間……何も持たないが故に恐ろしい」
彼、彼女らはいわゆる試験管ベイビーと呼ばれるものだ。試験管の中で受精し、人一人入れるくらいの大きさのポッドに入れられ、だいたい十五歳程度までその中で育てられる。その間に教育は施されるがその内容は悲惨なものだ。
自らが所属する陣営の人間及び指定した人間以外は全て敵である。
君たちは皆選ばれた。自らの生きる道は既に定められたのだ。
自らを脅かすものは全て君たちが排除する権利がある。しかし、我々は戦えない。故に君たちは我々を守って欲しい。
ここまで色々まとめたが、これらは全て無垢たちに実際に教育されていたものだ。文字通りの洗脳だ。『無垢』とは頭の中身がこの洗脳で一杯で、他に何も入れることが出来ない、洗脳一色の脳みそを皮肉ったものだ。
生まれた時からずっとこの教育をされ続けた無垢たちは笑顔で機械どもに爆弾や銃を抱えて突撃していくのだ。決して人形とかでは無い。確実に生きているであろう人間がそうやって死んでいくのだ。ましてや彼らはそれを「正しい」と思って行っている。
「あれはもう無いと思っていたのにな……どこのバカだ?」
ジョシュアはかつて特に無垢に対しては優しかった。彼らは殺すしかないが、それでも苦しまぬようにしていた。
「でも彼女はまだ無垢としての教育は完全には施されていないように見えるわ。ならばまだ修正可能かもしれない」
「でもどうやってだい?ボクたちは既に教育されている可能性のある彼女を拘束もせずに放置するほどバカじゃないだろう?現に今だって彼女が寝ている部屋はこの建物の中でも最も堅固な部屋だ。そもそも、生まれた瞬間から常に刷り込まれ続けたその意識。今にでも拳銃片手にボクたちを襲ってきてもおかしくない。彼らはそうやって生きるために作られたのだから。ボクは可能性に賭けるよりは確実な道を選ぶよ」
相棒は彼女の教育が不完全なことに賭けた知識の修正案。フィオナは少しでも教育されていたらいつその内容に従って俺らに武器を向けるかわからないので今のうちにその危険性を排除しておこうという排除案。
「なら一つテストをしてみましょう?セレン、スーツの予備ってあったわよね」
「シャミア?……ええ。サイズの調整をしなきゃいけないけど」
「サイズ調整は必要だけど一番必要なのは動きのトレース機能よ。それを応用すれば拘束にも使える。そうでしょう?」
スーツ。正式にはアシストスーツだ。いわゆるパワードスーツだが、見た目はウェットスーツだ。身体にピッタリと張り付き、スーツを構成する繊維の中に生体電気信号で反応する特殊繊維が含まれている。走る、や歩くなど単純な動きならば簡単に。銃を撃つなどの複雑な動作を含むものに関してはその動作をスーツそのものに記憶させなければならないが、記憶させておけば撃つ際の反動などが軽減する機能がある。しかしその動きを補助し、トレースし続けるためにオーダーメイドとならざるを得ないお高いものでもある……
「なるほどね。少し改造加えればリモートで動きは止められるわ。フィオナ、その調整に関してはお願いしていいかしら」
「はぁ……構わないよ。そもそも、電子系統に関してはボクが専門だからね」
「じゃあ私は万一の時の自白剤でも調合しておく?」
なんでそんなに物騒なことばかり思いつくんだ?確かに危険ではあるから拘束できるようにする必要もあるし、万一の時は殺さなきゃならない。……それは俺がやるべき仕事だな。
「自白剤はいらない。でもフィオナ、スーツを何らかの理由をつけて常に着させるようにしてくれ。それでリモートで拘束できるように。権限に関しては後で決めよう」
『了解』
「じゃあ次だが……どうやらこの街にどこぞの企業の傭兵どもが来てるらしいな。理由は何か知ってるか?まあどうせあそこだろうが」
俺が頬杖ついて気だるげに話題を振る。
「でしょうね。来ているのは確認出来たのは西の
「戦術機まで引っ張り出すとは……連中本気か?」
「みたいね。戦場の主役である戦術機を最前線じゃなくてこんな内地に持ってくるんだから企業のトップ連中はよっぽどこの街が邪魔みたいね」
戦術機。現在この世界における個人が扱う武装の中でトップクラスの破壊力を持つ特殊兵器である。説明は長くなるから後ほどな。
「だろうな。あとここは内地だが同時に最前線だからな?でも他の街に比べてここは離れてるからな……。企業の倉庫からの輸送コストも馬鹿にならないんだろ。だったらとっとと要塞を攻略してこの街の存在意義を失わせた方が今後のためになる。だったら一時の損害なんざ気にしないのがあいつらだ」
「はあ……でもまあ頃合だったかしらね」
相棒が呆れた様子で頭を抱える。当然、企業の馬鹿さ加減にだ。
「でも軍と違って企業共が要塞の攻略法を知ってるとは思えないんだがな。そこはどうなんだフェイト?」
「大丈夫だろ。オッサンが心配するほど連中はアホではないさ。癪だがな。どうせ内地でしか過ごしたことの無い頭ん中お花畑が指揮をとってるんだろうが……自分の生死に間接的には関わるんだ。多少は考えるだろ」
「どうだか。ま、いつでも逃げれるようにはしとくか」
「そうだな。オッサンはジェイ瘤とかの中年連中に、ジョシュアは商店街の馬鹿どもに伝えてきてくれ。シャミアは毎度の如く奥様方の情報網でこの話を広めてくれ。せいぜい一週間で結果はわかる。その時にゃ逃げれるようにするぞ」
「わかったぜ。ところでお前は何をするんだ?」
「ん?決まってるだろ。俺は寝る。昨日今日とさすがに疲れたからな。せめて寝かせてくれ」
「あいよ。ぐっすり寝てこい。ま、なんかあっても起こしゃしねーから安心しとけ」
「馬鹿言え。いつもグースカ寝てるのはどこのどいつだってんだ」
「うるせ。俺だってやるときゃやらあ」
「やってから言えそんなのは。んじゃオッサン、夜に酒飲もうや」
「準備しとくから起きてこいよ」
オッサンとジョシュアに軽口を叩きながら俺は階段を上がり、三階の自室に戻る。そして、服を着替えることもせずにベッドに倒れ込むのだった。
私の名前?
わからない。
「フェイト・アナトリア……セレン・オートミェール……ポール・サガント……フィオナ・シュトルネン……ジョシュア・インスリャン……シャミア・ベルアシド……」
私を連れ出した人。連れ出してくれた人。
私に微笑んでくれた人。
私に優しく触れてくれた人。
私には無い。何も無い。
いくら潜っても真っ白。
白くて、白くて、とても白い。
どんどん沈む。沈んでく。
白くてわからない。
逆さま?浮かんでく。
いくら駆け上っても真っ黒。
黒くてわからない。
これは何?
触れたくない。触れるなって叫んでる。
誰が? 何が?
私には……わからない。
オルグランの三十年もの。
それだけで少しでも酒をかじった人間ならその価値がわかるだろう。
百年ほど前にとあるAIの暴走で世界中のオンラインマシンは機能を停止し、残ったのは極一部の独立サーバーのみ。そして、機能を停止したマシンたちのデータは根こそぎAIに持っていかれた。そして管理下へ置かれた。その結果世界は当然混乱したが同時に食料生産すらもままならなくなったのだ。その中には酒類も含まれ、当時手製で作られていた酒の価値は暴騰。機械生産がある程度復活した現在でも手製というのは価値が高く、その中でも最高峰と呼ばれるオルグランは誰もが喉から手が出るほど欲しい代物なのである。果たしてオッサンはどうやってそれを手に入れたのだろうか……
「ほれ、飲んでみろ」
オッサンがニヤニヤしながらグラスを渡してくる。どうやらもう飲んでいたらしい。
「どれどれ……?」
ゴクリと一口口に含んでみる。
「っ!?」
まず感じたのは強いアルコールの香り。鼻にガツンときた。
しかし、それはすぐに弱まり、今度は深い甘みがやってくる。むしろアルコールの香りが甘味を引き立てているような?
まああんまりウィスキー飲んだことないからよくわからんのだけども。
「まさかこの御時世にこんなのが飲めるとは思わなかったぜ。フェイト、どこで手に入れたと思う?」
「そうだな……オッサンのことだから大方オークションか?」
「残念。こいつはな、偶然行ったとある街の地下に埋もれてたのさ。つまり発掘品だ。しかもこれをよく見てみろ。ラベルだ」
オッサンが掲げる瓶のラベルをよく見てみる。
「これはこれは……。まさかの初期のか」
オルグランの初期のもの。確かに三十年ものと言われたら逆算すれば何となく察しがつくように思えるが、オルグランは違う。三十年漬けたのではなくて、例えば○○三十年みたいな感じで書かれる。それが意味するのは生産者がオルグランを作り始めて何年かを意味する。つまり三十年ものでオルグランの初期のものなら実質……
「六十年ものくらいってか……こりゃやべえな。保存状態も完璧で仕込まれ方も完璧。オッサン、売りに出そうぜ。瞬時に億万長者どころかそれ以上は稼げるぞ」
「やなこった。こいつは俺らで飲むことに決めてんだ。ジョシュアは脳筋だが酒にゃ弱ぇーし嬢ちゃんたちはそもそも酒飲まねえからな。俺と飲んでくれんのはお前だけだぜフェイト」
「ったく、そう言われたら俺はアンタを大好きになっちまうぜ?」
「ハッハッハ!そいつぁ勘弁だ。俺はホモじゃあない。だがよ、その気持ちは有難く受け取っとくぜ」
「それで頼む。アンタだけなんだ。あの少女を守れるのは。俺らじゃ──」
「みなまで言うな。わかってる。だがよ、今はお前がそばに居てやれ。お前が助け出したんだ。お前にゃその義務がある」
「他ならぬオッサンの言うことだ。大人しく聞いとくよ。……さて、俺は寝る。オッサンは?」
「もう少し飲んでるぜ。あとフェイト、企業連中がきな臭い。気をつけろ」
「あいよ。オッサンもな」
俺はそう答え、またさっきと同じ部屋に戻り、ベッドに倒れ込むのだった。
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