見えるは青空③

 静かな街に静かなエンジン音が鳴り響く。

 昔のバイクみたいにアホみたいに音を撒き散らすようなものはほとんど時代の流れによって駆逐されたと言って良いだろう。まあ、軍の中にはあえて爆音を撒き散らすことで囮となる特殊部隊がいるそうな。あ、一度偶然聞いただけだから俺自身詳しいことは知らないぞ?


「本当にもう足は大丈夫なんだな?」


 バイクの準備をしながら俺は傍らに立つ少女に聞く。

 この少女、昨日は怪我と疲れと空腹でずっと黙り、死んだように眠ったのだけどさっき食った飯のおかげか予想以上に回復した。


「大丈夫。足もそこまで、痛くない。問題ない」


 とまあ、こんな喋り方だが表情豊かなのか今も満面の笑みで話している。でもどこかぎこちなさがあるからやはり疲れているのかもしれない。できるだけ早く街に向かうとしよう。



 ウィーン……


 機械的なモーター音を鳴らしながら荒野を駆ける一台のバイク。多少砂とかは被っていたけど機械に何かやられた訳ではないっぽいから安心できる。


「これ、どこに向かっている?」


 後ろにしがみついた少女が喉部分にチョーカーのように付けられた簡易マイクを通して聞いてくる。

 俺の喉にも同じものが着けられている。それは置いといて、


「ベングル市第二区だ。といってももうそこしか残ってないから今じゃベングル市だけで通じるけどな」

「どういう、こと?」

「簡単だ。機械共に滅ぼされたのさ。いくつかの街は半数が逃げだせたと聞いたが、他の街に到着出来たのはかなりの少数だろうな。前に難民の救助作業の手伝いをしたけど身体を穴だらけにされた死体ばかりだったよ。それほどまでに外は危険なのさ」

「機械って、どこから、来る?」

「どこから来る、か。この辺りだったら……そうだな、三、四十キロ東にある中規模要塞フォートだな。あそこには俺らでさえ近づかないから正確な数はわからないが……お前さんを追っていた機械とか色々含めてざっと数千はいるんじゃないか?」


 要塞にはいくつか種類がある。一つは連中が落とした街の構造を利用した市街型要塞シティーフォート。これは比較的攻略が簡単なタイプだ。最初は数も多かったが今では少ない。理由としては機械の思考の発達が挙げられるな。攻略の簡単さに関してはその街の地図が大抵残っているからだ。その街の出身者がいればある程度の人数さえ集めればすぐにその場の中枢を叩ける……と、あげていけばキリがないな。今度まとめてこの子にも説明するとしよう。ちなみに、今上げた例はこの市街型要塞となっている。ただ、やたらと広いから近づきたくはないな。


「数千……倒せる?」


「わからないな。相手が保有している機械の分類がわからないと対策の立てようが無い」


 俺は少しだけ振り返りながら、「でも」と続ける。


「でも、ちゃんとしたがあれば数千だろうが数万だろうが倒してやるさ。ま、ゴキブリの如く湧いてくるからその頃にゃ諦めてるだろうけどな」

「っ!?そんなに、多い?」

「多いな。まあこの辺りは戻ってから説明する。長くなるからな。あと、見えたぞ」


 背後の彼女が身を乗り出すのを感じる。


「あれが俺たちの拠点、ベングル市だ。でかいだろ?」


 地平線の向こうから巨大な何かが見えてくる。

 それは近づく事に大きくなって、半分ほど見えたあたりでまだまだ遠いはずなのにとんでもない威圧感がある。


「すご……い!」

「この辺りじゃ一番デカい街だ。壁も鉄板とかを切り貼りしたような代物だけどそれでも厚さは一メートル位あるし高さも十メートルもある。大抵の機械からの攻撃は防げる。さすがに高射砲タイプとか連れてこられるとどうしょうもないがな。でもこの辺りにいる機械どもならなんの心配も要らないさ。お、空いてる。ラッキー」



 俺はそのまま真っ直ぐバイクを走らせて街の入口の門に付ける。


「誰だっ!……ってお前か。相変わらずそのマスクなのな」


 迷彩柄の野戦服にアサルトライフルを手にした浅黒い肌の中年がこちらに銃口をむけている。


「良いだろ?防塵対策抜群で尚且つ蒸れない」

「全く、羨ましい限りだよ。で、収穫はあったのかい?」

「いんや、盗賊とかが巣食ってないかの確認程度だったからほとんどねーな」

「そうか……もうこの辺りもおしまいかねえ」

「でもまだが片付いてないからな。もう数年は持つんじゃねーの?」

「だと良いがな。そうだ、どうやらどこぞの企業サマが大量の傭兵共を連れて来やがった。近々デカいことやるらしい。気をつけた方が良いぜ」

「あいよ。で、入っていいのか?」

「おう。ちょっと待て、今開ける」


 門番が脇の建物に入って少しすると、ガチャガチャとけたたましい音を立ててチェーンによって門が持ち上がっていく。


「一昔前には硬くて軽い新素材とか散々言われたがここじゃ相変わらずの鉄門扉よな。ま、これぐらいうるさくなきゃ安心出来ねえがな」

「そりゃ同感だ。んじゃまたな。今度酒でも飲もうや」


 俺は銀の硬貨を放るとバイクを再び走らせ始める。


「今の……だれ?」


 後ろに乗っている少女が服を引っ張ってくる。


「ああ、あいつはこの街一の門番こと

ジェイ瘤だ」

「ジェイ……コブ?」

「ちょっと違うな。あいつの本名は確か……ジェイミクソン・タナトリオン・藤瘤だったな。略してジェイ瘤。つーかあいつ自身がそう名乗り始めたし」

「そ、そう……なんだ」

「良い奴だよ」


 そう答えてまたしばらく街中を走らせる。顔見知りも結構居るからゆっくりだ。

 すると、また服が引っ張られる。


「あれ……何?」


 彼女が指さした方を見るとあれは街の中心だ。そこには巨大な円柱がある。あれは確かにどこからでも見える程にでかい。まあ街のシンボルには到底なれない代物だが。


「あれか……」


 今ばかりはマスクを被っていて良かったと思う。今の表情を見られるわけにはいかないから。


「どう……したの?」

「いや、なんでもない。で、あれだったな。俺も正直そこまで詳しくはないから詳細はウチの相棒に聞いて欲しいんだが──あれは『E-apacリアクター』。実際のところ今はリアクターじゃないらしいが」

「いー……えーぱっく?」

「そそ。なんの略称だったかな……」


「Electromagnetic acceleration type particle control reactor。訳は電磁加速式粒子制御リアクターね。だけど今は反応炉リアクターじゃなくて発電機械だけど。で?何か弁明はあるのかしら?」


 どうやらいつの間にか拠点まで帰ってきていたようだ。相棒が扉の前で仁王立ちしている。半袖シャツにオーバーオール、短めの金髪をピンで止めたいつも通りの姿だ。


「いや……あの……その」

「その?何かしら?」

「連絡せずにすみませんでしたぁっ!!」

『おぉー』


 パチパチパチ


 周りから拍手が起きるほど綺麗な土下座を俺はバイクから飛び降りて流れるように行った。


「え、え?」

「ごめんなさいね、うちのバカが迷惑かけちゃって。とりあえず中に入って」


 相棒がバイクに乗ったままの彼女を促す。


「全て吐いてもらうからね」


 はあ……憂鬱だ。




「つまり、かくかくしかじかありまして」

「なるほどね。じゃあちょっと端末見せて」


 電源を点け、端末を手渡す。


「…………これ、繋がないとわからないかもね」


 俺は普段使っている今で相棒に端末を見てもらっていた。さっきの少女は仲間に体を洗われている。指で色々とタップしたり細かな操作をしていたのだけど、どうやら難しいようだ。


「ちょっと待ってて。調べてくる。そうそう、みんなはあと少しで帰ってくるはずよ」

「わかった」


 相棒が俺の端末を手に奥へ消える。

 手持ち無沙汰な俺は腰に吊るしてあるホルスターから拳銃を取り出して弄り始める。もうこれも昔のくせだな。


 この拳銃との付き合いもだいぶ長い。ちゃんと整備してパーツも時折交換しているからまだまだ使えるし、見た目は傷ありだが中身は新品同様だ。でも昔から変わってないのはガワだけで中身はもうほとんど変わってるからな……こういうのをテセウスの船って言うんだっけ?前に本で見た。

 百年ほど前のモデルが再生産されたものだけどな。当時の現物こそ無くとも弾丸なんかは有り余ってたりするから再生産されたらしい。


「あれ、帰ってきてたんだ。あいつカンカンだったけどもう会ったの?」

「会った。街中で土下座して何とか許してもらったよ。そっちはどうしたんだ?」

「弾薬の買い出しだ。オッサンは酒引っ掛けて来るってよ」

「全く相変わらず酒飲みか。この前全部捨てたのに懲りねえな」

「ハハハ。オッサンは酒のためなら命もかけるからな」


 今この部屋に入ってきたのは我らが脳き……仲間だな。後でまとめて紹介するとしよう。






 あれから約二時間後。俺がコーヒーを五杯飲み終わった頃に全員が居間に集まった。


 右からハゲの浅黒い肌のオッサン、金髪緑目の我らが脳筋、赤髪茶目の強酸女、黒髪青眼メガネ付きのマッドサイエンティスト、金髪茶目の我が相棒そして俺こと黒髪青眼の超絶天才……ごめん、今のなしで、とこんな感じの個性的なバカどもが一堂に会したわけだが。


「で、この娘のこと、ちゃんと説明してくれるんでしょうね」


 右斜め前に座る相棒が責め立てるように言ってくる。


「その通りだね。ボクも驚いたよ。いきなりこの子を綺麗にしてあげてくれなんて」

「ま、こいつならいつかやりかねないと思っていたがな」

「お前らな……」


 俺の目の前にいるのは少女含めて六人。そう、まるで裁判のような立ち位置に俺は今いるのである。


「はぁ……こいつにゃ一度説明したんだが、かくかくしかじかあってな……」


 一通りこいつらに説明し終えると、どうやらオッサンは少女でもなく地下通路でもなく新たに見つかった酒に興味があるようだ。

 ったくオッサンは……。


「でー、その道はどこまで続いているのか、とかは確認したのか?」

「あ、あのー」


「いや、手持ちの武器じゃそこにいた機械は倒しきれなかったな。怪我もあったから逃げ帰るだけで精一杯」

「あのー……聞いて」


「そうか。なら調査した方が良いかもな」

「誰かー」


「ああ。そこら辺の調整は任せるよ」

「了解。ま、適当な連中に任せとくさ」


「あ、あのー!」


「あ、悪いな。どうした?」


 ずっと俺とうちの脳筋担当と話していて彼女に気が付かなかったな。普段の調子で話すと周りが見えなくなるのは前にも相棒にも言われた俺の悪い癖だな。


「あ、の名前がまだ……」


『あ』


 俺ら全員の声が揃った声が揃った瞬間だ。珍しい。俺もすっかり忘れていたけどそういや誰一人として名乗ってなかったな。


「あー、スマン。それじゃあそれじゃあ改めて……俺はフェイト。フェイト・アナトリア。一応このバカどものリーダーをやらせて貰ってるな。ほら次はオッサンだ」

「あいよ。トレードマークはこのつるっぱげだがな。本名はポール・サガント。こいつらの副リーダーだ。って本来は俺が隊長だろう?」

「オッサン仕事しねえで酒ばっか飲んでんじゃねーか。さっきも酒飲んでたって聞いたぞ」

「ガハハハハ!まーな。でもよ、フェイト。オルグランの三十年ものウィスキーならどうだ?」


 笑いながらも神妙な顔でそう言ってくるが……


「は?嘘だろ?」


 オッサンの言葉に俺は目を丸くする。

 オルグランと言うのは世界崩壊後には珍しい完全手製のウィスキーだ。今は機械生産ばかりでガッツリと味が来るのはオルグラン含めても数種だろう。

 しかもそれの三十年ものだとっ!?本当にどうやって手に入れたんだ!?


「オッサン、酒飲んで遅れたことについてはもう言わん。その代わり……」

「わーってるよ。今夜、飲もうや」


 そう言ってニヤリとするオッサンに俺もニヤリと返す。


「あーはいはい。酒飲み話は向こうでして。──さて、私はセレン・オートミェール。このバカどもの技師をやってるわ。あと、フェイトは相棒だから」

「は、はい……」


 相棒は少女にニッコリとした笑顔で。それでいながら凄みのある表情で彼女に告げた。


「はいはい。セレンちゃんもそんな怖い顔しない。では改めて、ボクはフィオナ・シュトルネン。今は体を洗ってくれたお姉さんだと思ってるかもしれないけど、ボクも技師を担当しているよ。あ、そうそう。僕はフェイトのの相棒だから」

「は、はいぃ……」


 おいおい、セレンもフィオナもどうしたんだ?やたらと笑顔が怖いが……


「じゃあ次は俺だな。俺はジョシュア・インスリャン。こん中じゃ戦闘を担当してる。自慢は腕相撲で負けたことがない事だな。よろしくな、嬢ちゃん」

「よろしく、です」


 ジョシュアが手を出すと、少女は少し躊躇いながらもその手を取ってしっかりと握手を交わした。


「最後は私ね。シャミア・ベルアシド。私も技師をやってるけど普段はこいつらの治療とかやってるわ。薬剤も扱えるから何かあったら言ってちょうだい」

「はい」

「さて俺らの自己紹介はこれで終わりだが、お前さんはなんか名前とかはあるのか?」


 彼女はコテンと首を傾げる。


「いやいや、名前だ。ネーム。こう呼ばれてた〜とか無いのか?」


 彼女は首をフルフルと振り、否定する。


「うーん……わかった。これに関しては明日考えよう。とりあえず今日はもう寝とけ」


 まだ陽はいくらか高いが、彼女はここ数日かなりの疲労があるはずだ。そして俺らがいるこの街も確実に安全な訳では無い。休めるうちに休ますのが得策だ。


「わか……った」

「階を一つ上がって右側の二つ目の扉が開いてるわ。そこで寝なさい」


 彼女は目を擦り、ゆっくりと階を上がって行った。そして、扉が閉まる音が聞こえると俺たちはようやく口を開いた。


「さて……彼女についてお前らは何か察してるんじゃないのか?」


 俺は彼女の正体に関して何となく察しがついていたのであった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



おまけ

文中で彼らの見た目を紹介するシーンを上手く思いつけなかったのでこちらで。


フェイト・アナトリア

黒髪青眼。髪は肩に少しかかるくらいの長め。黒のジャンパーに同色の長ズボン。中は白のシャツを着ていることが多い。


セレン・オートミェール

短めの金髪に緑目。髪の長さはフェイトと同じくらい。半袖シャツにオーバーオールが普段着。半袖シャツの色は気分で変わる。


ポール・サガント

黒人系の禿頭の人物。目は黒。

ぴっちりとしたシャツを着ている。色は黒が多い。上着として野戦服を着ている。下は短パン。


フィオナ・シュトルネン

黒髪青眼。メガネかけてる。髪は背中の中程くらいまで長い。

普段は半袖シャツにグレーの白衣代わりの上着を羽織って長ズボンを履いている。


ジョシュア・インスリャン

金髪緑目。少し長いスポーツ刈り。

白シャツに黒の短パンなど。


シャミア・ベルアシド

赤髪茶目。背中の中程まであるがフィオナと違い一つにまとめている。

半袖シャツに黒いジャンパーを羽織る。下はグレーのズボン。




 キャラの服装で単色が多いのは荒廃した世界ゆえ服の染色が高価になったことが原因です。

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