見えるは青空②
「ウッソだろおいっ!」
俺は蹴り開けた扉の片方とか諸々を左手と右手でそれぞれなんとか掴んでもう一度閉め直す。それと同時に扉に銃弾が当たる音がする。
赤い目の数は三つ。それに光の高さからして多脚異形型だな。さっきも見かけたやつだ。ハッキリとはわからないが遠距離型、中でも屋内戦闘に特化したタイプだ。この状況だとかなり厄介な相手になる。
屋内特化型はその名の通り屋内戦闘を前提としているため、重火器などは搭載していない。せいぜいサブマシンガンがいい所だろう。でもその弾数が厄介で、本来ならば重機関銃が搭載されているところ(屋内特化型と屋外戦闘型の機体形状等の規格は共通している)にサブマシンガン用の弾を詰め込んだ大きな弾倉を積んでいる。恐らく数千発はあるはずだ。
加えて、追加装甲として本体部分を覆うように円柱状にシールドが装着されていて、真正面からの射撃では弾がそれに流されてしまう。
「クソっ、
俺は右手で掴んでいるものを見て苦笑する。
形状はヒトだ。性別は雌。ただし髪は染めたとしか思えない青色。死んでるのかって思うほど肌は白いが、瞳色は確認出来ない。目測で身長120センチ。腕に弾丸が掠ったであろう傷、右足には銃創が一発分。他には裸足で走ってきたのか皮がむけて血が滲んでいたりする所もあるが、それ以外に主だった傷は見られない。
血が流れているからさっさと治療してやりたいがここではさすがに無理だ。この扉が壁と認識されているのか機械はこっちへは進んでこない。でもここから動けば片方しか閉まっていない扉のせいでこっちが蜂の巣だ。
今だに背を預けている扉には弾が当たり続ける衝撃が伝わってくるし、サプレッサーを付けているであろう銃撃音もこの距離ならば聞こえてくる。
一応、まだ生きているこの人間と思わしき生物(暗いので正直よく分からないのだ。大まかな色と大きさ位しか)はどんどん呼吸が浅くなっている。治療キットはあるから安全を確保しなければならない。
………………どうしたものか
いや実際手立てはある。しかし俺にまで被害が及ぶ可能性がある。
「うっ……あぁ……」
俺の前に抱えているものが呻く。声からして苦しそうだ。
昔、似たような状況にあったことがある。だからその時の苦しさは良くわかる。意識のある無しに関わらず、とにかく苦しいのだから。
しゃーない。いっちょ覚悟決めるか。
俺は腰のベルトから15センチ位の長さの黒い金属製の筒を外す。
これはあんまりこういった閉鎖空間では使いたくは無いんだがな……
俺は筒の先端に付いたダイヤルを回し、書かれている5の文字に合わせる。
「もし耳がヤバくなっても文句言うなよ……っ!」
筒の先端のピンを口で引き抜き、背後の扉の向こう側に投げ込む。
カンッと硬い音を立てる時には俺は既にそれを抱えて立ち上がり、さっき降りた階段へ向けて走り出していた。
距離にして約三十メートル。普通に走れば十秒も掛からないが、今は色々持っている。どうしても速度が落ちてしまう。
「二、一」
背後でとてつもなく強烈な光が発生すると同時に甲高い音が響く。壁に反響するからさらに大きく聞こえる。
覚悟はしていたがやはりこの近距離だとキツイ。前に間近でグレネードが爆発したことがあったが、それよりも精神的には来るな。
でも……
さっきまで発砲を続けていた機械は全て沈黙している。成功だな。
これはさっき道中で遭遇した機械にやったことと同じだ。ただしこっちの方が効果は上だが。
いくら強靭な機械と言えど、こちらを確認しているのはセンサーだ。こいつらは屋内戦闘特化型だから特に光探知と音探知に優れているはず。だからさっき
ただ、味方がいる状況で使ったりすると、鼓膜が破れたりする可能性もあるので自分だけの状況で使うようにしよう。
あ、ちなみに今抱えているのに関してはちゃんと耳は塞いだので大丈夫だぞ。
「降りるのは簡単だったけど登るのはムズいな……」
階段がさっきの爆発で崩れているから登るのも一苦労だ。でも背後から撃たれる心配が無いのは安心出来る。
瓦礫と化した階段を一歩一歩登っていく。短めだったから良いものの、長かったらどうしようとか一切考えてなかったからな。反省だ。
階段を昇りそのまま外に出ると、少しだけ日が傾いていた。まだ六月で日は長いからいくらかはゆっくり出来そうだな。最悪、ここで一晩明かしても機械は居ないっぽいから大丈夫だろう。地下のを除けばだけど。
さて、まずやるべきはこの娘の治療だろう。外に出てはっきりしたのは、この娘が確実に人間であるということだ。もしかしたら人型の機械なんてことも有り得るのが今の時代だ。
かつてとある企業が開発した戦闘用アンドロイドがあった。それは欠陥品のためほとんど戦争では使用されなかったが、見た目だけは人間そっくりなので今でも内部プログラムを書き換えてメイドとして使う物好きもいる。しかし、そのアンドロイドは全てが回収、もしくは破壊された訳ではない。巨大な都市の深層では今だに生き残っているアンドロイドも存在していて、その姿に熟練でも騙され高い戦闘能力によって死ぬことがあるのだから。
「傷はさっき確認できただけかな……ならまずは足からだ。聞こえてても聞こえてなくてもとりあえず治療を開始するからな」
皮膚に付いた血を拭き取り、傷口にアルコールを少し掛けて消毒をする。染みたのか、一瞬ビクンと震えたが我慢してもらうしかない。
腰のポーチから太さ三センチくらいのボールペンの様なものを取り出す。これは現在一番普及している外傷用の応急薬だ。患部近くに突き刺し、内部の液体を注入することでその部分の麻酔と止血の為の多少の治癒活性、そして液体中に存在しているナノマシンの補助によって止血が行われるのだ。このタイプの応急薬が誕生したのは約五十年ほど前で戦争真っ只中だった。そんな中生まれたのだからとんでもない発明だっただろう。それが今ではたったの三万弱で買えるのだからな……
たまに流れてくる軍用品に比べれば性能は落ちるが、十分使えるのだからまた凄い。
さらに二本追加で刺したところでようやく止血ができた。かなり深くまで入っていたようだな。
ちなみに二本目を刺す前に弾は取り出してある。この弾のせいで止血が遅れたってのもあるからな。
止血が出来たので次は銃創の応急処置だ。穴になっているからここにチューブ状の医療用パテを流し込み包帯で患部をグルグル巻にする。これは身体に害のないデンプンなどで作られた応急処置薬だ。中の肉とかが見えてるような重症時に使う絆創膏とでも思ってくれればいい。殺菌もしてくれるから皆常に一本分は持ち歩く。人体に使う以上なんか変なものは入ってないはずだが……細かくは知らん。もしかしたら害があるかもな。ま、そんなこと気にしてたら今の世の中生きてけないさ。
傷の処置はこんな所でいいだろう。
「んっ……んう……?」
治療を終えてから数時間、ちょうど日が暮れた時間にその少女が目覚めた。目の色も髪と同じ青色だ。
「目が覚めたか。起き上がれるか?」
彼女は目を見開くとゆっくりとだが頷いた。
しかし起き上がろうとするも上手くいかない。
「まあ無理するな。かなり血を失ったんだ。とりあえずこれを飲め。安心しろ、ただの白湯さ」
金属カップにストローを刺し、口元まで持っていく。
何故か彼女は俺の事を凝視したまま白湯を飲んでいく。
カップの中の白湯を飲み終わる頃には顔色もいくらか回復したようだ。
呼吸も落ち着いてるしこれなら大丈夫だろう。
「ここはベングル市第二区から約三時間ほど離れた廃街だ。今は夜だからいくらか機械の数は少ないが昼間はまだわからない。俺もここに来たばかりなんでな。お前さんは何故ここに?俺はこの端末に指し示されたからだが」
少女は首を振る。わからない……と。
「とりあえず俺がここに来た理由はさっき言ったばかりだから端折るが、ここは少なくともお前さんのようなのが居ていい場所じゃない。夜が明けたら俺と一緒にベングル市第二区に来てもらうが良いな?」
彼女はそれに頷く。
喋らないから全く分からんな。でもさっき声は出てたから声帯が潰されてるとかじゃ無いはずだ。それか何かしらの影響か。
気になってはいたが彼女の服装だ。まるで研究所の服だ。それも研究対象が着るような。だが人体実験は一応条約で禁止されているからそれは有り得ないはずだ。気になることは他にもあるがますます謎が深まりそうだな。
「……あ、なたは、だ……れ?」
たどたどしく少女が聞いてきた。まだ少し声が上手く発せていない。さっき一度だけ飲んだ水を吐き出したのだけど、そこには血が混ざっていた。多分その影響だ。
「俺か。俺は──」
「違、う。か、お……」
ああ。顔か。
俺はずっと付けていた顔全体を覆うマスクを外す。
荒野を移動するための防塵用に付けていた物だから外からの通気性は悪いが、中に音の小さなファンが付けられている特注製の物で、特に息苦しいとかは無い。仲間からは見た目が不気味とよく言われるんだがそんなにか?
「ふぅ……これで良いか?……って寝ちゃってるのか。口数が少なかったのは眠かったんだな」
マスクを外してフードを下ろす。金属が使われているマスクだから地面に置く時、カンとおとを点てる。
そんな音が聞こえるほど今は静かだった。
「すぅ……すぅ……オウクン……」
オウクン?なんだそりゃ。王君なら有り得るな。意味合いは別として発音は東側の方だ。この少女の故郷とかに関係しているのだろうか……
今みたいに外で野宿した時は基本的に日の出と同時に動き出す。その理由は機械の習性に関係している。
連中は昼間は活発に活動するが、夜はそれが収まるからだ。ただ全く動いていない訳ではなく、逆に夜中に活発に動き回る機械も数は少ないが存在している。生き残っている人類は夜中に動き回るため、とある思考特化の機械が生み出したそうだ。当然、人類の殲滅のために。ただそれを避ける方法が一つあって、それが機械の移動の間だ。機械はバッテリーで動くから定期的に機械の拠点に戻らなきゃならない。だいたいそれは二十四から三十六時間周期で起きて、同時期にバッテリーの交換に向かう機械たちは纏まって移動する。当然ながら交代で拠点から出ていく機械もいるわけだけど、纏まって移動する以上機械が普段占拠している地域も監視の穴だらけになるわけだ。その隙を縫って移動すれば安全というわけ。逆にその移動の集団とかち合うともう大変だ。死を覚悟した方がいい。
まあそれでも夜は機械の数は減るんだがな。
でも夜中だからといって火を焚く訳にもいかない。人間もそうだが、夜中は熱源による探知を行うからだ。まあそんなことを言い出したら丸一日中火なんて使えないわけだけど。
だから夜中の灯りとして使うのは小さな電池式ランタンだ。数回限定の使い捨てだから値段は数千と安い。それでも今のレートでの話だから高い時は数万単位まで上がる。今のご時世、何処も彼処も品薄だから……って誰も聞いてないのに愚痴言ってもしょうがないな。
時間は今午前三時。夜が明けるまではあと二時間程度か。
周囲に機械の反応は無し。
それじゃあ、俺もしばしの休憩をするとしますかね。
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