荒廃と硝煙。そして青空

文月 

第1章(前)

見えるは青空

 ほとんど灯りなど無い暗がりの中、規則的な音が鳴る。


 道など見えない。

 

 見えるわけが無い。


 ただ、ほんの微かに聞こえる風の音に向けて動いているだけ。

 向かうべき方向が正しいのかすら分からない。

 ただ、唯一幸いなのは今まで一度も何にもぶつかっていないことだけ。








 シぬ  シぬ  シぬ  シぬ


「はっ……はっ……」


 もはやそれしか浮かばない。

 焦りも消え越し、残るのはそれだけ。ただ足は動かさなきゃいけない。

 意思なんてない。意識なんて無い。あるのは生存本能。こんなモノに残された唯一の物。








 同時に地面を煩く踏みしめる音が響く。それはまるで固いものに金属を叩きつけるような音だった。遠くには赤い光がいくつも見える。生気を感じさせないほど微動だにしない死神の目だった。またそれがこの場を支配する唯一の光だった。






 セイとシ。白の中で知ったコト。

 セイは白、シは黒。

 ここはシ?


「…っ!きゃっ」


 あれは何?白でも無い。黒でもない。モノ。

 私のここをさしている。何?

 知らない。どれが何をさすのかもわからない。





 硬い下のコレはとても冷たい。キラキラ光るモノとは違う、冷たさ。

 だが、そうこうしているうちに背後から無慈悲に先程の音が迫る。

 そうして、また暗がりに音は響く。無数の破裂音と共に。そして、これがこの世界での日常である。








 荒野に出てからもう二時間は経っている。いい加減街に着いてもいい頃なんだがな。

 手元の端末を見てもルートはこのまま真っ直ぐを指している。でも少なくとも目の前には何も無い。


「元から安いポンコツだったがついにイカれたか?でも今から帰っても時間的に移動に巻き込まれそうだな……クソっ、しゃーない、このまま進んでみるか。街が無かったらマジで恨む」


 俺は止めていたバイクに跨り、端末の指す方へとアクセルを入れた。数は少ないとはいえ今も製造もされているこのバイクは長距離移動を前提として設計されているから乗り心地はかなりいい。前輪に細いタイヤを二本用い、後輪に太いタイヤを一本使った特殊な見た目をしているがな。でもそれぞれに付けられたサスペンションがその乗り心地を実現しているのだとか。自分でもかなり改造を加えてるから本当かわからないが。


 さらに進み続けても何も見えてこない。ただ右側に小高い丘が見えたくらいか。あんなのは荒野を走ってればいくらでも目にする。

 陽はまだ高い。本来の探索分の時間を使っても目的の街に着かないということはもう端末が壊れたということで良いだろう。

 そんな時だ。


 ピピッ


 音が鳴った端末の狂っているであろう地図が表示されている画面を見ると、右上の方に赤い点が三つある。

 敵の反応だ。赤だからそこまでの驚異ではない。せいぜい最下級か。普段この辺りにはそうそう近づくこともないから今は放置で良いだろう。


 でも、もしその敵の反応まで狂っていたら困る。行っても居なければ良いのだけど問題は居た時だ。

 ちぇっ、結局は近くまでは行かなきゃならねえのか。

 荒野に点在している風化した建物の物陰までバイクを走らせ、その陰に停める。


 俺はバイクのラックに入れてあるサブマシンガンを取り出す。

 装弾数は40発、9mmパラベラム弾を撃ち出すタイプだ。俺のメインアームでは無いがこちらの方が取り回しが利く。


 バイクから降り、物陰から単眼鏡で端末が反応した方向を確認する。


「雑兵級の獣型が二、多脚異形型が一か。獣型は近接を担当して多脚異形型が遠距離による牽制か、支援。でも積んでるものがアサルトライフルっぽいから牽制だな。問題は索敵範囲だが……」


 しばらく観察して獣型の様子を探る。索敵に関しては数多くいる機械共の中でも獣型に利がある。

 大まかに機械共を分けるとこうなるな。

 獣型:索敵や近接戦闘。

 多脚異形型:遠距離による牽制、及び支援。

 人型:総合的に扱うが、特化はしていない。

 その他:色々ごちゃ混ぜに。

 と、こうなる。そもそも、大きさによってさらに階級が別れているのだけどそこにいるのは雑兵ウィード級。まあ一番多いやつだ。それぞれの特徴とかは長くなるからまた今度。今は目の前の機械共だ。見ると、片方はタイプウルフ。速度が早く厄介なやつだ。もう片方はおそらくタイプラビットとタイプキャットのキメラ型。音に対してなら完全な索敵特化だな。多分前に誰かに倒されたのが回収されたのだろう。そして最後に多脚異形型。基本四本足で歩き、アメンボみたいな脚とも言われているようだ。足がまとまっている部分の真上にコアとなる部分が搭載されていて見た目は円柱状、円柱の中程から左右に銃器などが取り付けられるのだ。

 話をキメラ型に戻すと、一度破壊されても他の機械のパーツを用いて復活してくるのが奴らの厄介なところだ。そのパーツが武装ならともかく、表面装甲となると面倒極まりない。前にはタイプビートルっていう力と防御を両立したようなやつがタイプタートルの装甲を被って出てきたこともあった。動きが遅かったのは幸いだったがもうあれとは戦いたくない。硬すぎて手榴弾も通用しないからなあれ。


 さて、目の前の機械共だがキメラ型がいる以上面倒なことになった。もしあのまま走ってたら音で見つかっていただろう。狂った地図も敵は表示してくれるらしいな。


「このまま戦闘してもいいんだがな……そもそも持ち帰るための箱がないからな。でもこのままやり過ごすってのもなんか嫌だしな」


 俺は一旦バイクまで戻ると、ラックとはタイヤを挟んで反対側に付けられているケースを外す。

 ロックが自動で外れ、開けると中には分解されたスナイパーライフルが出てくる。

 50口径の五発装填の特殊カスタム済みだ。それをできるだけ急いで組み立てると伏射の姿勢で構える。

 レーザーポインターを起動してまずは近接戦闘型の方を狙う。音による索敵特化型には欠点があって……


 ドンッ!


 大きな音が至近で鳴ると一時的に全てのセンサーを潰すことが出来るんだ。あ、ちなみに今のはバッテリーを爆発させた音な。

 これでしばらくは索敵は不可能になるし遠距離攻撃も無理だ。理由はもう少しでわかる。


 が、今はここから撤収することが先決だ。

 さっさと分解してケースをバイクの横に引っ掛けてエンジンをかけ直す。

 ここまで二分だ。三分以内にこの辺りから抜け出せればいいから余裕はある。でも急がねば。



 また少しバイクを走らせて安全圏まで抜ける。

 だいたい十分くらい走らせればもう安心だ。

 だが、今俺の目の前にはなかなか安心出来ないものがある。


「端末が指してたのは此処か……」


 バイクを停めて端末の画面を見ると光点が目の前の位置にある。

 現実にその位置には……


「目算十五メートルか。形状は塔。ただし七メートル辺り上から鉄骨による骨組みのみ。塔の根元部分は地面に埋まっていると思われる」


 こうやって話すことで端末のレコーダーに情報が残る……のだが画面に変化があった。


 

 ピピッ


 端末が音を発し、画面に新たに地図が表示された。

 今度はここから少し西の方。どうやら街のようだがここは行ったことがある。

 普段俺らが活動している巨大な街から少し行った所にある小さな街だ。と言っても廃墟なのだが。


「ここからそこならだいたい三十分もあれば行けるし帰るのも二時間程度か……」


 よし。行ってみるか。

 そう思い、俺はそちらにハンドルを向けたのだった。










 暗い場所。




 誰もいない。




 誰も知らない。




 私も知らない。




 ここはミチ?




 ここはヘヤ?




 これはウエ?




 これはシタ?




 これがネツ?




 これがチ?




 これがイノチ?




 これがシ?




 何も知らない。




 何もわからない。




 私も知らない。




 私もわからない。



  

 でも、




 ただ一つわかるなら、




 私は、




 

「勝った」



 昔、白以外に会った同じ形のモノから聞いた事。こういう時に使えと言われたこのコトバ。


 感覚が発した言葉は現実となる。



 その瞬間、誰にも知られていなかった扉が開いた。それは荒々しくも聞いたものには信じてもいない、存在も名前すらも知らない神の福音のように聞こえたのだった。








 しばらく行くと、半分暗い砂に埋もれた街が見えてきた。もはや何も無さすぎて機械共もほとんど潜んでいない本物のゴーストタウンだ。そういやこの前は盗賊見たいのが死んでいたか。まあそんな街だ。


 ゆっくりとバイクを進めてもほんの五分程で反対側まで行けるような街だが一応今だにビルのような建物はいくつか残ってたり、裏路地なんかもあったりする。そんなんだから盗賊とかが住み着くわけだ。



 端末はこの街を指しているしさっきみたいにさらに別の街が指されるなんてことも無い。本当にこの街が目的だったようだ。狂ってる地図がどこまで信用出来るかだが……

 一応探索をするため、ビルとビルの間にバイクを入れて暗めの色の布をかけカモフラージュする。

 こうすることで色覚情報による索敵を行う機械を欺けることがあるのだ。完璧では無いため短めに用は済ませるべきだな。



 半分が砂に埋もれていてもまだ建物としての体は保っている。

 機械はほとんど居ないはずだけどまだいる可能性がある。なぜ端末がここを指したのかがわかれば即座に帰ろう。


 さっきのサブマシンガンを取り出し、砂の上を行く。

 砂地なのが幸いだな。少なくとも音で感知されることは無いとみていいだろう。さっきの機械もそうだ。さっきは至近で大きな音を鳴らしてセンサーを狂わせたからその近くにいた遠距離型も動けなかった。

 機械共はああやって複数で動く時にはいくつかの感覚を共有しているらしい。だからさっきはセンサーを狂わせたお陰で遠距離型はこちらが見えなくなっていたのだ。


「端末に新たな反応は無し。ここまで連れてきたんだから何かあって欲しいんだかね……」


 と、俺は真後ろに銃を向け発砲する。

 細かな音が小気味よく連発し、軽い金属音と何かが機能停止したような音が鳴る。

 

 そこにはやはり機械がいた。タイプパピー、一般的なのは子犬型だが他にも子猫であったり子供型なんてのもいる。形状は様々だが全てに共通するのが、


ドガンッ


 内部に爆弾が仕込まれているということだ。

 小さいから接近に気づくのが遅れたり、新米などがこの見た目に騙されるのだ。そのせいで必ず一年に数人はこれで死ぬ。

 別名「新米殺し」だ。

 似たような物でタイプラットというものがいるが、こちらは爆弾では無くレーダーの中継装置を内部に搭載している事が多い。


 幸い近くに音感知型の機械は居ないようだ。

 早く進んで端末が何故ここを指したのかを突き止めないと日が暮れる。


 端末の画面を拡大するとここからもう少し先にある建物を指しているようだ。ここからもう見えているからかなり近い。


 俺は何時でも撃てるように構えながら進んでいく。今日は背後を守ってくれる仲間はいないからな。かなり慎重になっている。


 建物の入口に到着するとまずは脇の路地を確認する。これを怠ると奇襲を受ける可能性が高い。

 そっと足音を立てないように進み、建物内に侵入する。内部は一般的なビルの間取りで、廊下などおかしな所はない。少なくとも何かが歩行するような音は聞こえないから一階には何もいないと思っていい。


 いくらか奥へ進むと下へ行く階段を見つけた。だが今までの経験から言って絶対ここには爆薬、もしくはそれに類する機械がいる。

 そんな時に役立つのがスクラップから発見された赤外線発信機と鏡だ。

 まず階段の入口の脇の柱に隠れるようにしゃがみ、赤外線を照射する。この時、鏡を使って反射させるのがキモだ。そうして照射された赤外線は反射され天井へ向かう。


「ビンゴ」


 が爆発した。正確には階段だが。

 天井に仕掛けられていた機械が恐らく電気信号か何かで地面の爆薬に点火させたのだろう。これも新米殺しの一つだ。天井を警戒して赤外線センサー系の装置やレーザーポインタなんかを照射された時に反応して逆に地面を爆破するよう出来ている。


「この感じだと下はほとんど無いかな?」


 瓦礫と化した階段をなんとか越え、地下と思わしき階へ入る。



 と言ってもすぐにその階は終わってた。

 階段が爆破されたせいで他の場所に行けなくなったとかじゃ無い。


「目の前には扉が一つ……。さて、破るべきか大人しく帰るべきか……」


 廊下の幅は人が三人並んで通れるほどだ。これなら確かに機械も通れるだろう。


 こういう時仲間が居ればって思う。

 別に俺はぼっちじゃ無いぞ?拠点にはちゃんと仲間はいるし頼れる相棒だって居る。

 ただ今日はめんどくさいからって来なかっただけだからな!


「いろいろと足りてないのが無いのが不安だが……いっちょやってみっか」

 

 そう思った瞬間だった。


 カカカカンッ!


 と、目の前の扉に何かが当たる音がした。音の聞こえ方からして十中八九銃弾だろうが、誰かいるのか?


 そう思い、耳を澄ますと、


 ガシャン…ガシャン…


 機械だ。

 硬い地面を踏みしめる時独特の音を出すのは機械の中でも多脚異形型だけだ。


 だが、なぜこの扉の向こうで機械が動いていて、なぜ発砲する?


 更にそのままでいると、機械の音が消え、しんとする。


「機械が動き、発砲するのは大型の何か。人程度の大きさの物体がいることであってネズミなんかの小さなものじゃないんだが……。それにこの辺りにゃ動物なんていないから人がいたってことなんだが……」



 俺は扉の前に立って考える。


 機械というのは人を見つけると殺す。そうプログラムされているからだ。その殺し方はいくつもあり、さっきの新米殺しのように爆発だったり、銃撃等火砲による射殺、その身体に付く近接兵器による斬殺、特殊な部類だと超音波による身体破壊などなど……

 キリがないのだ。


「敵の主武器は銃砲だろうけど……ここ開けたらいきなり撃ってくるとかはないよな」


 俺がずっとここでうじうじしてる理由はこれが大きい。

 仮に中で生きてる人が居たとしてそれを助けるために俺が死んだらどうしようも無い。

 この扉の向こうは気になるけどここは一旦帰るしかないかな。

 俺は扉から離れ、引き返そうとする。



『うっ……うう……』


 

 ん?


 少し戻って今、扉に耳をつけても聞こえないが……確実に聞こえたぞ。

 くぐもっていたが人の声が。


「ちっ、こりゃあ面倒なことになりそうだ」


 扉を開けるとさっき言ったように目の前にいて、いきなり撃たれたりなんてことがあるかもしれない。

 だからこそこの状況での正解はこの扉の向こうにいる誰かを見捨てて逃げることだ。人間倫理的には反していても生存するための判断としては間違っていない。責められることも無い。


「でもまあ、ここで何もしなければ帰ってから確実にアイツにどやされるな」


 今のこの状況は俺の胸ポケット内の端末のカメラと音声データによる統合ファイルとして保存され、その情報は俺のバイタルメモリーとも照らし合わされる。その作業を担当する俺の相棒に掛かれば今俺がなんと考えているかなんてすぐにわかってしまうだろう。


「弾数は問題無し。ナイフの刃こぼれもないし、靴の調子も良い」


 俺は息を深く吐き、その場で数回飛び跳ね、動きを確認する。

 

 軽く動き、身体が暖まってくる。


「カウント三のヒトメツキ……」


 昔からの癖の文言を呟きつつステップを踏む。意味は……いつか姉貴にでも聞いてくれや。


「三」


 俺は軽く飛び跳ねながらタイミングを図る。


「二」


 歩数を考え立ち位置を調整する。


「一」


 左脚を軸に一気に回る。



 ドガンッ!



 踵が扉と扉の隙間に激突し、激しい音を立てる。

 荒々しく開かれたその扉の向こうには、上階から差し込んでくる光の他に三つほど赤い光が存在していた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




機械の獣型は大きさ的には1メートルから3メートル程度です。形状のイメージはゾ○ド

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