第6話 始動
仲良しクラブではない。
大学のサークルに入らなかったのは、目的のための集団であることより仲良しであることを優先していることが透けて見えたからだ。
今目の前の三人とはそうではない、穏やかだが、刃はお互いに剥き出しだ。
私は今、只の絶賛ではないものを求められている。それが私を測る行為でもある。
お世辞とかでくるむことは一切せずに、忌憚のない意見を言い、かつ喧嘩にならないようにする。最初にこのハードルを越えなくてならない。それが出来た上で初めて、私の音楽性が評価される。
「まず一曲目の『リビドー』は、激しくて切ない演奏が胸に響きました。ただ、もう少しギターがメロディアスだったらもっと入り込めたのにと思います。歌詞については、タイトルもそうですけど曲と少しのズレがあるように感じました」
「そうか」
ゲンが呟く。
「次に二曲目の『風の如く』ですが、あまり好きになれませんでした。全体的にもったいと言うか、あ、このバンドがやるべき魂をその曲は持っていないように感じます。もし、もっとまったりした性格のバンドがあれば合うのかも知れません。歌詞も曲の上に乗っかっているだけと言う感じで、一体感がありませんでした。すいません」
「謝ることはありません。意見を伺っているのですから」
そう言いながらポチは頭を掻く。きっと彼の作った曲なのだ。
「『魔が刺す二時』はスリリングな曲調が好きです。スピード感に身を任せてそのスピード自体を味わうような感じです。でも歌詞が全然合ってない。書き直せばかなりいい曲になると思います」
「そうか」
またゲンが呟く。
「四曲目、『もぐら』これは嫉妬しました。歌がいい。曲と歌が一体となっていました。リフも、ベースラインも、ドラムも融合しながらそれぞれ別の輝きがあります。もしこれに新たに歌詞を書くとしたら相当悩むと思います。それくらい、私には完成した歌に聞こえました」
「最後の曲は?」
桃子が問う。でも最後の曲は歌姫だ。
「四人で一体となって、最高でした」
桃子、ゲン、ポチ、の三人が同時に頷く。
「あなた、ちゃんと見てるわね。本当にバンドやったことないの?」
「ないです。でも集団でする音楽として、中学までコーラスをしていました」
ふ、と桃子の緊張が緩む。呼応するようにゲンとポチも弛緩する。桃子が続ける。
「ちゃんと言ってくれてありがとう。これは、言ってくれたこと自体にと、凛ちゃんがバンドの中でコミュニケーションを取るのに必要な力を持っていてくれたことに対する感謝でもあるわ」
ゲンが引き継ぐ。
「バンドの中ってのは、音楽をするために集まっているから、だからこそお互いに言い辛い指摘をし合わなきゃならないんだ。でも、そう言うことが上手く出来ない人もグループもいっぱいある。もちろん、お互いの関係が成熟することがそれに寄与すると言う面はあるけど、それ以上に当人の資質のようなものが大きい」
継いでポチ。
「何でか知らないですが音楽、特にバンドをする人と言うのは、人間性がおかしい方が良い、みたいな傾向があります。私はそれは嘆かわしいことだと思います。素晴らしい音を出すのだから人格が破綻しても許されるのではなくて、素晴らしい音楽をするクズと評価すべきです。凛さんは、そう言う輩ではないのは最初から分かっていましたが、その場合に逆に意見を言えない方が散見されます。凛さんは意見をちゃんと言って下さった」
桃子に還る。
「ちゃんと伝え合うのは、バンドが成長するために一番必要なことなのよ。私達、前回はそれで失敗しているからちょっと臆病になってたんだと思う」
桃子がウインクする。凛の力も抜ける。
「ちゃんと言わなきゃと思いました。でも、怒ったりしたらどうしようと心配でもありました」
「大丈夫よ。怒ってもその先まで行けばいいのだし。何より、一人しか居ない訳じゃないんだから」
ポチが重要なことを伝える顔をして入る。
「そうです。もし私達三人が同時に怒るとしたら、御法度を破るときだけです」
「それはしません」
凛は強い調子で言う。
「私は、あなた達と歌いたい」
「もちろん、そのつもりよ」
桃子が笑いかける。
ゲンが紙とペンで準備万端の姿で、話題を変える。
「で、最初の『リビドー』なんだけど、もうちょっと具体的に教えてくれないか?」
凛は頭の中で曲を再生する。音楽を記憶するは子供の頃から得意で、ざっくりなら一度聴いた曲は歌える。
「最初のリフなんですけど」
「うん」
「ジャッジャッジャと刻むのではなくて、メロディーのあるリフにした方がその後の激しくて切ない感じによく繋がると思います。歌に重なるときもジャッジャッってのが合いの手に入りますけど、それもリフに対応した、だけれども少し違うようなのにするといいと思います」
うんうん、と頷きながらメモ、ギターを弾くジェスチャーをしながら目が虚空を追う。どう変更するのか考えているのだろう。ゲンがエアーで弾き終わるのを待ってから凛は続きを始める。
「逆に、歌の最中やサビのところはこのままがいいと思います。で、曲の全体の雰囲気は大好きです」
「この曲はさ、俺が作ったんだ。歌詞は前のヴォーカルが書いたんだけどね。言われてみれば凛ちゃんの指摘の部分、試行錯誤してみようと思う。でもね、部分を変えたら全体も調整しなくちゃいけないから、元のままに、いいって言ってくれたところをするかは分からない。また出来上がりを見て感じて欲しい」
分かりました、と言う凛に桃子が声を掛ける。
「さっき歌詞にズレがあるって言ってたよね」
「はい」
「曲を却下にしないなら、歌詞は凛ちゃんが書き直してね」
「もちろんです」
桃子は頷き、右手の人差し指を立てる。
「凛ちゃんの歌詞についてもこうやって、一緒に練るからね。スタジオは時間制だから演奏に当てるから、こう言う風に喫茶店での推敲が結構あると思うよ」
望むところだ。
桃子は立てた指を指揮棒のように動かしながら続ける。
「私としては、全部の曲の歌詞を書き直して、曲も練り直して、ファイヤーバタフライとして生まれ直して、そしてその後に新曲を作ってから表舞台に出たいと思っているのだけど、みんなはどう?」
「俺は賛成。新曲までもそんなに時間は掛からないとは思うけど、俺達が新しくなったと言う証明のある状態でスタートしたい」
ゲンの意志にポチが深く頷く。
「私も全く同意見です。『まりも』とは違うと自分にも解らせたいです。これから暫くライヴがないと言うフラストレーションは、その後に発散させましょう」
視線が凛に集まる。
「私も異論はありません。正直、元のバンドから生まれ変わると言うことの実感は私にはありません。でも、その実感をみんなが感じる鍵になれるとは思います」
「もう一度下積みをする感じだけど、みんな、がんばれるね?」
桃子の檄に一瞬三人共が不適な笑みを浮かべてから応じる。
「はい!」
桃子は満足げに頷く。
「うん。いい顔だ。覚悟がある。で、他の曲についての推敲をする前に凛ちゃんにお金とか連絡のルールを説明したいんだけど、いい?」
無言の肯定。
「よし。お金は完全割り勘制でやってるんだけど、凛ちゃん、お金の余裕はある?」
「あります」
即答する凛に三人がどよめく。ゲンが興味を抑えられないと言った風で問う。
「すっごいバイトしまくってるの?」
「いえ、仕送りが潤沢なので」
「いいな、俺なんて大学はバイトとバンドで全部なくなっちゃったよ」
凛は半ば困ったような顔で説明する。
「親の方針で、バイトするならやりたいことをしろ、って」
「俺も凛ちゃんの家に生まれたかった」
桃子がゲンを小突く。
「全く何言ってんのよ」
「だって羨ましいじゃん」
ゲンの声を無視して桃子は凛に向き直る。
「じゃあ気にせず請求するからね。会計はリーダーの私がやってるんだけど、ちゃんと帳簿もつけてるからいつでも監査してね」
こくん、と凛。
「あ、でも各々の楽器にまつわるものとかそのメンテナンスや個人練習とかは、個別だから。基本的には、スタジオ代、喫茶店代、交通費これは定額、ライヴハウスとかで払う方の出演料、とかが割り勘ね。もし逆にどこかに出て出演料を貰うってことがあっても、それも均等割り。個人で受けた仕事はバンドには還元されず、バンドが受けた仕事は公平に分配する、そう言うイメージだけど、特殊なのが発生したらそれは相談するわ」
個人で受けた仕事、と言うのが少し気になって頷かないでいたらポチが説明してくれた。
「個人で受ける仕事が、あるんですよ。例えば私はバンドはここですけど、他のバンドからサポートに一回だけ入ってくれ、とかです。私も桃子もゲンもそう言うことがたまーにあります。たまーにですけど。凛さんもそう言う話が来るかも知れません」
「なるほど」
ポチの説明が終わるのを待って桃子が話し始める。
「次に連絡は、グループチャット『ファイヤーバタフライ』上でするのが公式。それ以外の個人的なやり取りはそれぞれの連絡先を交換したらしてオッケー。まあ、普通の社会、むしろ学生の方がそう言うところはシビアなのかも知れないね、それと同じだよ」
凛は考える。ここにいかに溶け込むかではなくて、高め合う関係になるかを中心に据えるなら。
「皆さんのそれぞれと、個人的なやり取りの出来る状態にしてもいいですか?」
きょとんとする桃子。表情を変えないポチ。
「俺は問題ないよ」
ゲンの言葉に二人も、問題ない、と追従する。
「でも何で?」
ゲンの不思議は残りの二人の不思議でもあったようで、再び視線が集中する。
「歌詞をこの前書いたときと、今日曲を聞いたとき、思うことが色々出て来ました。そう言うのってなるべくちゃんと伝えた方がいいと思うんです。でも、グループチャットだけだったら言い難いことも出て来ると思って」
「なるほど、コミュニケーションのスピードを保って、活性化させる訳ね」
桃子が指をくるくるする。
恐らく、まりもビーストではそこが停滞したのだろう、直接の分裂の理由にはならなくても遠因にはなっていたのかも知れない。桃子の思い返すような顔がそれを語ってる。でも。
「それもあるんですけど、もう一つ、人と人がやり取りをするのって、コミュニケーションよりもコンタクトなんだと思うんです。だから、それが出来るようにしたくて」
「コンタクト……」
三人が口を揃える。
そのまま暫く固まっていたが、ポチが静寂を破る。
「私にはない語感と発想です」
ゲンがポツリと呟く。
「驚いた」
凛には何が起きたのか分からない。彼女等の情緒の状態が理解も把握も出来ない。だから彼女等と同じくらい凛も固まっていた。桃子が諭すように語る。
「凛ちゃん、いい、私達が何に驚いているのか分からないって顔をしてるけど」
その通りだ。
「今あなたが言ったことってのは、私達が全く想像していなかった、世界の切り取り方なのよ」
そうなの? 普通じゃないのかな。
「ヴォーカルは歌を歌う人だけど、ファイヤーバタフライに於いてはバンドの言葉を書く人でもあるの」
無論、そのつもりだ。
「薄っぺらな歌詞とそうでない歌詞、違いにあるのはそれを書いた人の独自の世界の見方があるかどうか、なの」
「それは、きっとそうだと思います」
「あなたにはそれがある。これから少なくとも私は、そう言うのを発見したらあなたに伝えていくから、自分の特殊性を少しずつでもいいから認識して欲しい。そして、コンタクト、で、歌詞を一つは書いて欲しい」
桃子の熱。熱風が凛を煽る。
今まで短い間だけど、桃子さんに嘘を感じたことはない。
私はスポーツや学業で一過性に他の人よりも秀でたことはある。コーラスでも上手と言われていた。でも、特殊とは言われたことはない。
言葉を使って何かをするのは初めてだ。
私の言葉に特殊な何かがあると言うのが、信じられない。一生懸命やっているけど、特殊であるとは思えない。
逡巡の中の凛の沈黙に、察した桃子が優しく微笑む。
「まだ凛ちゃん自身が信じられないのは、それでいいと思うの。じっくり時間をかけて分かっていけばいい。今は、そうじゃなくて、私があなたの特殊性を信じた、そう言うことよ」
ゲンが続く。
「俺もそうだ。俺が勝手に信じた。このバンドの未来を託せる、言葉を生み出してくれると」
さらにポチ。
「私は、もう一歩進んで、『明らかに』だと思います。『歌姫』の歌詞のときに感じていたものが、今日結実しました」
凛は、突如自分の胸に差し出された三束のブーケに、少しだけ迷って、でも、自分が信じるかはもう少し待つなら、この花達を受け取ろうと決めた。
決意が宿る、炎の目。
桃子、ゲン、ポチ、それぞれの目を順に見つめる。
「しっかり、受け止めました。自分が信じれるかは、きっと私がこれからどれだけやれるかと言うことなのだと思います。きっと、信じて頂いた以上を、生み出します」
桃子がガッツポーズを取る。
「私達も負けないわよ」
そのポーズから流れるようにテーブルの真ん中に拳を突き出す。
それにゲン、ポチが拳を合わせる。
凛も、合わせる。
四つの腕が繋がって、力が拳に集中する。まるで、四人で起こした炎がそこから舞い上がっているよう。
桃子が号令を発する。
「ファイヤーバタフライ、始動!」
「おう!」
三人が気合いっぱい、応じる。
それから曲についての推敲を続けたが、ふと実は「リビドー」の前に「スターダスト」「指」「届け」の三曲を演奏したことにポチが気付く。その三曲は「まりも」のマスターピースなのに、全員が忘れていた。凛が、加入した時点からが、歴史の始まりになっていたのだろう、誰もがその忘却を笑って、それからその三曲も練った。
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