第3話 歌詞

 自分を乗せて歌い切った。自信を持ってそう言える。

 でも客のリアクションは昨日と大差ない。熱のある拍手は数える程だ。

「お疲れ、さらに良くなってるよ」

 ギター。では、訊いてみよう。

「私の人生では最高の出来ですけど、ギターさんの最高を十としたら、私は今どれくらいですか?」

「うーん、四くらいかな。昨日が三、一昨日が二」

「幾つまで行けば採用になりますか」

「三以上あれば、考慮、かな。でもさ、君、まだまだ伸びるでしょ?」

 自分の歌が伸びるかどうかは分からない。そりゃ、伸ばしたいとは思うけど。

「ねぇ?」

 ベースに話を振る。

「伸びますね。伸び代マックスです」

「桃子はどう思う?」

「私は好きだよ。そうだね、多分伸びるんじゃないかな」

 四日目にして初めてドラムの人の地声を聞く。その桃子がドラムから立ち上がって、鞄を漁る。

 こっちの三人は黙ってそれを見ている。

 桃子が来る。手にはC D。

「ゴールデンウィークも明日が最終日。明日はこのC Dの一曲目『スカンク』を歌ってみて欲しい。私達の曲だよ」

 もう、是非を選ぶ必要がない。私はやる気だし、彼等もそうだ。

「ただし、タイトルを含めて歌詞を全部書き直して欲しい」

「歌詞を書くのですか?」

「そうよ。決して変なファンタジーとか書かないでね。今のあなたのリアルを描写して頂戴」

 C Dを見て、桃子を見て、ギター、ベースを見る。

 凛の口許が引き締まる。

「やらせて下さい」

「よし。明日は三時にはここから撤収するから、二時半までに来てね」

「分かりました」

「じゃあ、また明日。あ、あと、C Dの二曲目にカラオケバージョンが入ってるから」

 多分、彼女がこのバンドのリーダーだ。

 早速帰って、音源を聴く。そこには初日の最初に彼等が挨拶として演奏した歌が入っていた。でも、その中で歌っているのは桃子ではない。別の、ヴォーカルがそこに居る。

 誰だ?

 そう言えばバンド名が一度も出て来てない。彼等は元々別のメンバーとバンドを組んでいて、解散した欠片なのかも知れない。

 それよりもそのヴォーカルの歌。上手い。「スカンク」ってのはこう言う曲だったのか。

 圧倒される。今は虐げられて惨めでも、必ず一発逆転をする秘策がこの尻にはあると言う、強がりのようで彼女らの未来の予告のような、切ない本気にぐっと来る。その盲信に迫力がある。

 でも、未来を掴むってのはそう言う生来備わった機能でする行為じゃない。爪を牙を研いで、自分の努力の先に、自分の力を伸ばして行って手に入れるものの筈だ。彼女の歌は迫力があり届くけど、私のこころはそれに対して反発と言う形で応じている。

 多分、今の実力では勝てない。

 それはここ数日間でカラオケからヴォーカルに変化しようとしているところだけでなく、純粋な技術や声量、多分マイクパフォーマンスとか、そう言う全部が全然至らない。

 だったらつければいい。

 越えればいい。

 明日までには無理だけど、もう少し時間をかけて追い越せばいい。

 それでも明日までに、進めるところまでは進もう。

 凛は「スカンク」をずっと流しながら歌詞を練る。ほぼ出来たところでパソコンを持ってカラオケに向かう。案の定カラオケには「スカンク」は登録されていなかったので、桃子の優しさのようなトラック2を流しながら自分の歌詞での練習をする。

 最初の数回は恥ずかしさがあったが、すぐに慣れる。そうすると歌詞の粗が分かって来て、それを直す。途中でさらにいいフレーズを思い付いたら書き換える。それでも、後半戦は歌詞の混乱を避けるために歌詞を固定した。そのときには元の歌詞の原型が半ば失われるくらいに叩かれ切っていて、凛としても納得する固定だった。

 次の朝起きてからもずっと練習する。

 祐里に声をかけて、二時に駅前広場に集合した。

 バンドは別の誰かの伴奏をやっている。

「凛、ヴォーカル、やる気なんだね」

「うん。絶対に選ばせる」

 歌が終わった。

「誰か、我こそはと言う方はいらっしゃいませんか?」

 もう他人ではない気がするギターの声に応じる。

「はい」

 凛が手を綺麗に挙げる。

「では、次の方で最後とします」

「凛、トリだって」

「望むところよ」

 バンドの前に立つ。

「よろしくお願いします」

「曲名を、最初に言ってから、カウントして開始にするから、出来る?」

 ギターが「出来るだろ?」と言う表情で問うてくる。

「もちろんです」

「よし」

 ベースを見る。アイコンタクトで頷き合う。

 桃子を見る。スマイルが返ってきた。凛も笑う。

 そしてマイク。目の前にはいつものようにまばらな客。祐里。あ、おじさん。

 背筋をハートを情熱が踊る。脳がつん、とする。

「こんにちは。それでは最後の曲『歌姫』です」

 カッカッカッカッ。

 リフ。最初に聴いたリフ。昨日今日で何度も聴いた、もう体に染み込んでいるリフ。

 ベースとの掛け合い。二人の信頼関係のような。

 繰り返されるリフに期待感が高まるのは今だって同じだ。

 さあ、始まる。


『私を呼んだのは、広場のドラムの音

 塗り変えたのは、ベースとギターの音色


 姫達が並ぶ、歌を歌わせろ

 姫達が並ぶ、歌を歌わせろ

 姫達と並ぶ、歌を歌わせろ

 私は歌う、そして落ちる』


 Aメロ、そしてサビ。

 水から飛び出してスプラッシュみたいな気持ちで音をギターソロに渡す。

 ギギギって感じとエロい感じが同居している。この演奏だけ聴いたらギターはかなりの変態な筈だ。でも、すごくいい。すごく好き。

 Aメロからサビ。もっかいサビ。


『再び呼んだのは、広場のドラムの音

 塗り直した私、ベースとギターに乗せるよ


 姫達が並ぶ、歌を歌わせろ

 次こそは私、歌を歌わせろ

 今、ここが、私の舞台になる

 今、ここで、歌姫になる


 姫達が並ぶ、歌を歌わせろ

 次こそは私、歌を歌わせろ

 今、ここが、私達の舞台

 今、ここで、歌姫になる』


 また水からバシャーンと出たような感覚。後奏に渡す。その間、私は踊る。

 最後の締めの音に合わせてジャンプ! 気配的にはギターもベースもしていた。

 客が沸く。少ない人数だけど、盛り上がったときの拍手だ。いや、人数が最初の三倍くらいになっている。

「ありがとうございました」

 深々と頭を下げる。三人もそうしているような気がする。

 ギターにマイクを要求されて、我に返った。お客さんの反応を受け止めるだけで全部になっていた。

「これで、ヴォーカルを求めてのパフォーマンスを終わります。皆様、ありがとうございました」

 優しい拍手がパラパラと叩かれる。それを無視するかのようにギターが凛を向く。

「ライヴになっちゃったじゃん」

 言っている意味が分からないから、何も言えない。

「すげーよ、君。まさか五日目であの状態からライヴが出来る様になるとは全く思わなかった」

 つまり、褒められていると言うことだ。

「カラオケから、ヴォーカルになって、ライヴになった、と言うことですか?」

「そうだよ! めちゃめちゃ気持ちよかった。久し振りにライヴしたよ」

 ギターは明らかに興奮していて、でも私だって興奮してて、見れば残りの二人も同じような感じで。

 桃子が汗を拭きふきやって来る。

「あなた、やるじゃん。すごくよかったよ。歌詞もいい。でも歌がもっといい。『私』全開で最高」

「ありがとうございます」

「私としては、もうあなたに歌って欲しいと思ってるんだけど」

 ベースが首を振る。

「ちゃんと約束通り、審査会議をしなきゃダメです。……と言っても私も同じ気持ちですが」

 ギターも同じなのは最初から分かっている。

 どうしようか、そーだなー、とか言い合い始めるけど結論は出ている。

「じゃあ、私、待ちます。連絡下さい。早目に下さい。歌う楽しさを知ってしまったから、あなた達と出来ないのであれば次を探さなくてはならないからです」

 ギターがサムアップで応える。

「分かった。三日以内に連絡する」

「では、お待ちしています」

 振り返ると、聴衆から三人がバンドの前に来ていた。一人はおじさんだ。後の二人はメンバーに用があるようだ。

「よかったよ。すごく。今までで一番よかった」

「ありがとうございます」

「これからも歌い続けて欲しい。それでね、今日でここのステージは終わりってことだから、今後どこかでやるときは、君が歌うときは連絡が欲しいんだ。もちろん、個人アドレスじゃなくて、バンドの公式アドレスでお願いね。もし今後ホームページとか作るんだったらそこで確認するようにするから、それも知りたい」

 おじさんは名刺を渡そうとしてくる。

 ちょっと迷う。正直他人過ぎて気持ち悪いのと、歌い手として最初のファンになってくれた人を離したくないと言う気持ち。いや、ファンの方が大事だ。アドレスは捨てアドみたいなのを作ればよい。私のプライバシーは保たれる。

「分かりました。きっとそうします」

 受け取った名刺を見ると、会社の社長さんだった。

「じゃ、またね」

「はい。さようなら」

 おじさんはいつも颯爽と消える。

 祐里のところに行くと、祐里も興奮しているのだろうことが姿だけで分かる。

 その道中も視線を集める。それは特に気持ちのいいことではなかった。でも、パフォオーマーとしてステージに立つ以上は、それは甘んじて受けなくてはならないものなのだろう。

「祐里、お待たせ」

「何、凛、このゴールデンウィーク、何があったの?」

 興奮の上に乗っかっているのは驚きのようだ。

「毎日ここに来て、毎日歌って、残りの時間は練習してた」

「出た、凛の『ハマっちゃった』」

「まだ結果は分からないけど、どうであれ私、歌う」

「そうだね。そうなった凛は誰も止められないよね。と言うより、凛の歌聴いてたら、私も応援したくなったよ」

 祐里が掌を凛に向ける。凛は右手をそこに打って、パン、と音を鳴らす。

「私、がんばる。まずは三日間、返事を待とう」

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