第114話 シルエットの正体と…

 ちょうど月が雲に隠れ、姿が分からない黒い生物。

 海側にある体は細く、その反対側は徐々に大きくなり、一番高い所で5メートル以上はある流線型のような姿をしていた。

 その形から見ても人ではなく、別の生物だと分かる。

 レストはそのシルエットに、何か訴えられるような感覚を味わいつつ、さらに見つめてあることに気づく。


「うん?」


 その巨体と言える体の様々な所からうっすらと赤い光が漏れ、それがまるで暴獣のようにも見えて、近づきたくない気持ちが強くなる。

 だけど、何の生物か気になったレストは、背後にいるテンリの存在を気配で感じながら、恐る恐ると近づいた。

 それにより何の生物か分かったレストは、感激したような口調で告げる。


「クジラだ!!」


 レストに海水を滴らせ、砂を浴びさせたのはクジラだった。

 こんな間近で見ることができると思ったレストは嬉しさのあまり、子供のようにクジラの周囲を見て回る。

 触れた時の感触や、尾から頭を目指して歩き30メートル以上はありそうな大きさを楽しみ。

 そして、クジラの反対側を見た時、レストが浮かべていた笑みが消えた。


「なに…これ」

「グヴゥゥゥ…」


 絶句したレストと、静かに唸り声を上げるテンリ。

 そこには、さっきまでとは比較にならない量の赤い光が溢れ出す傷痕──クジラの腹をが残されていた。

 レストが鑑定すると、何処か見覚えのある状態異常に頬を引き攣る。


(げっ…やつか)


 鑑定して現れたのは、遊泳速度低下中、出血中、激痛中、出血耐性低下中、激痛耐性低下中、眩暈小、貧血、脱力小、昏睡、疲労小とラインナップ。

 というか、レストも経験したあのサメの状態異常だ。

 このクジラがわざわざ陸にまで逃げてきた理由を察した、経験者レストは止血剤を取り出そうとして、見逃していた文字に目がいく。


──巨鮫の血痕


 確実に目の前の傷痕と関係がある、状態異常を掛けた相手の名前が書いてある状態異常。

 そんな状態異常を初めて見たレストは、さらに頬を引き攣り、


「……これ、何かに巻き込まれたっぽいな…」


 今の状況が本来起こり得ない何かが起きた、と確信させざる終えなかった。

 そんな時、テンリの唸り声が響く。


「グググヴゥ…」

「…………」


 なんと、クジラのヒレに人食いシャークがいた。

 クジラに夢中で気づかなかったレストは認識後の僅かな空白の後、ロープを取り出す。

 そして、テンリが攻撃を仕掛けようとした時、不気味にレストが笑い出した。


「フフフ、フフ。まさかこんなチャンスが巡ってくるとは…あの時の恨み晴らさず置くべきか!!ということで、二人の糧となれ!!【サモン:フタバ】!」


 青い渦から少し不機嫌そうな表情で四つん這いで現れたフタバが、レストの足をペシペシと叩く。

 抱えて表情を見ると、リスのように頬を膨らませていた。

 それに心当たりがあったレストは、ごめんねと謝りながら頭を撫でて、ご機嫌取りをしてから(建前を)頼む。


「あのクジラを助けたいから、手伝ってくれる?」

「あぅ…う?」


 僅かなに怯えた様子から一転、クジラを見つめたフタバは力強く頷いた。


「あい!」

「ありがとう。なら、まずはあのクジラに回復魔法を掛けて治してあげて」


 ひとまず、フタバをテンリに預けたレストはテントの杭を回収して、レベル上げのチャンスを逃さないように準備する。

 現在進行形でヒレから口を離さないサメの尾に、ロープを結び、結んだロープを杭で固定した後、保険として木を乗せた。

 さらに、麻痺と眠らせる効果がある麻痺薬や睡眠薬を使って、サメを動けないようにする。

 不向きな陸でも相手は強く厄介だから、レストは念入りに対策した。


「よし。テンリとフタバ、この○ョーズに強力な一撃を決めてから、遠距離攻撃で仕留めよう」


 さりげなく、回復要員フタバを預けられ、攻撃のタイミングを失ったテンリが、これ幸いといった感じでフタバと会話して、レストに不安そうなフタバを渡す。

 フタバの【アクセルコマンドⅠ】で強化されたテンリは天高く昇り、その間にフタバは緑色の魔法陣を構築する。


「ガァァァァァアア!!」


 最後に一際大きな咆哮を上げたテンリがサメ目掛け、


「ちょっおーー!?」


 過去一番の勢いでする。

 止まる様子がないテンリに、レストは悲鳴のような静止の言葉を出す。

 人喰いシャークは、元々ダメージ受けて半分ほど減っていた所に、テンリの重さとスキルと勢いを利用した体当たりで、眠りから起きることなく光となって消える。

 サメをクッションにして、当たった直前に急停止と縮んだことで、受けるダメージを半分程度に抑えたテンリが戻ってきた。


「テンリ、あれは心臓に悪いから今度からしないで…」

「う~あい!」

「……キュッ」


 アリスが自爆を止めた理由を本当の意味で理解したレストと、賛成するように頷くフタバ。

 テンリは【プラントヒール】の半透明な幻の蔦で癒されながら、レストとフタバから視線を外した。


「…まぁ、それは一端置いといて、クジラの治療をするか」


 その様子にやめないと分かったが、テンリのことを言えない自爆経験者レストはため息を吐いた後、クジラの治療を始める。

 手持ちで解除できる状態異常は解除して、治せない状態異常はライフポーションを掛けながら自然治癒で回復するのを待つこと少し。

 出血は治ったはずなのに出血が止まらない巨鮫の血痕と、貧血だけになった頃、クジラは目を覚ます。


「ホォー…」


 レストにギリギリ鳴き声が聞こえた瞬間、何もしてないのに操作画面が開いた。


エクストラクエスト『アノークを救え①』

内容:3時間以内に、アノークのHPを30000回復させろ。ただし、製作物かスキルのみ。自然治癒に関する効果は意味がありません。現在の進行度0/30000回復。残り2時間59分55秒。

報酬:高価な調合セット。


「ちょっ突然過ぎない!?」


 これがレストの初挑戦となるエクストラクエストであった。

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