第113話 ○も滴るレスト

 モンスターが強くなり、群れでの襲撃が起こるようになる夜の時間帯は、昼間よりモンスターとの遭遇率が上がり、対抗できる者にとってレベル上げをする絶好の機会だと言える。

 特にイベントの時より出現量が下がり、従魔と使い魔を両方揃えて経験値が四分の一にまで減った状況下で、レベル上げをするならば。

 なので、レストにとって夜はレベリングする絶好の機会になるはずだが。

 レストはしなかった。

 理由としては、戦い始めるとフタバにしか止められないテンリの存在もあるが。

 それよりもフタバを夜にレベル上げさせるという行動事態が、レストの良心が咎めた結果だ。

 だから今日も黒い霧を纏ったレストは、テントでテンリとフタバが寝ている間に、月明かりと焚き火を光源として、


「……」


 凄まじい速度で減っていくマナポーションを黙々と作っていた。

 そんな時、寝ぼけ眼で起きたフタバがテントの入口から跡を付けながら、手足を動かして、砂浜に直接座ったレストへ近づく。


「ぅ~」

「…うん?…どうしたフタバちゃん」


 腰らへんをトントン叩かれて気づいたレストは、中身が入った乳鉢と乳棒を置き、フタバを抱えた。

 だが、小さな手で拒否するように押されたので、砂の上に座らせる。

 すると、欠伸したフタバの近くに青い渦が現れた。


「ぁぅー」

「あーなるほど。分かったから行っておいで。あとでからね」

「…ぁぃ…」


 フタバが伝えたかった用件は、一時的に召喚を解除して、送還されるというものだ。

 この理由は不明だが、定期的にあるのでレストは承諾した後、フタバは四つん這いで青い渦に入っていた。


「再召喚が出来るまで少しあるから、何本か作るか」


 フタバの送還後は一定時間経つまで再び召喚が出来ないことを、レストは何度か経験しているから結論づけて調合を始める。

 あらかじめ準備していた大量のマナフラワーと余っている水入りバケツの水で作られる初級マナポーション。

 でもレストは品質よりも量を生産するために、焚き火の一部に載せられた鉄板の上に2つの歪な自作ビーカーで、三つ同時並列作業していた。

 素材を潰したと思ったらガラス棒でかき混ぜ、試験管に液体を入れる。

 この一連の動作を繰り返し、ひたすら作るレスト。

 これはライフポーションやマナポーションを連続で作っている時に思いついたものだ。

 だが傍目から見ると、生産プレイヤーが発狂するほど、短時間で大量のポーションを生み出す光景が出来上がっていた。

 レストの【万物の創造者】で無駄な動きが殆どなく、【調合の心得】と【調合の秘法】と高い器用値で、潰す効率や煮る時間が圧倒的に短くなった結果とも言える。

 しかし、【神工房】の品質向上超がないので回復量は10~20の差があり、神殿の道具ではないので違いがテンポのズレとしてあった。

 それでも異様な光景を作っているレストは相変わらず変則的な作り方で、慣れる前よりも少しだけ短時間で作るようになった頃。

 この行動が様々な要素噛み合い、その結果がレストの前に現れた。


「──────ッ!!」


 突如海の方から届いた生物の大きな鳴き声。

 その声音で振動する試験管を直に感じつつ、レストは海の方を見て固まった。


「うそでしょ…」

「グルルル…グカァ!?」


 そして、布団で寝るためだけに再び小さくなってテントで寝ていたテンリも、異常事態に目を覚まし、眠りを邪魔された怒りで姿を成龍に変えながら出る。

 しかし、月で照らされた海の方を見て、テンリもレストと同様に固まった。

 そこには真っ黒で巨大な障害物である、大量の水がこちらに迫っている光景があった。


「退避ぃぃぃい!!」「グガァァァア!!」


 ハッと意識を取り戻したレストとテンリが、奇しくも同じタイミングで同じような行動を取る。

 レストは荷物を置いたまま全力で山の方へ駆け始め、テンリは周囲を確認した後に上空へ昇った。

 だが、上空へ逃れたテンリの方は兎も角、地上で足をもつれさせて走るレストの方は、塊となって迫る水から逃れることができない。

 頭上からもろに海水を浴びたレストは、帽子とゴーグルが流され、髪や体だけが濡れて、服だけが濡れてないという状況に、微妙な気持ち悪さを感じ、顔をしかめる。

 だが、すぐにダメージは無くてほっと息を吐いた束の間、


「まだ続くのぉ!!」


 地震のような揺れと、巻き上げられた砂が降り注ぐ。

 逃げる時間がなかったレストは、さっきの海水のように砂も頭からもろに被った。

 不快感に顔を歪めるがそれを対処せず、突然発生した異常事態の原因を探すべく、砂が飛来した場所を向く。

 その時に、海水も砂も飛んで逃れたテンリが、レストが向く方を警戒しながら下りてきた。


「グヴゥゥゥ…」

「何か…いるね」


 レストの視線の先には、楕円形に近いクレーターと、中心部に生物らしき黒いシルエットがあった。


(なるほどね…地響きと降ってきた砂とクレーターはあの生物が落ちた時に発生したもので、飛んできた水はあの生物が原因と考えて良さそう)


 レストの脳内に海から飛び出た目の前の生物が、その勢いで生じた水飛沫はさっきの水の塊、砂地に落ちた時に生じたことが衝撃と、今も体に付く砂と理解する。

 それに、あの生物のアイコンが青いことから敵ではないと気づき、余裕が出てきたレストは周囲を見て、悲鳴を上げた。


「オーマイガー!!」


 立てていたテントも、さっきまで使用してた調合道具も、光源となっていた焚き火も、衝撃の影響や海水の影響、砂の影響で無惨な姿になっている。

 具体的に言うと、テントや調合道具は倒れて海水が掛かり砂に埋もれ、焚き火は水と砂の二段構えで消化されていた。

 片付けが大変そうな光景に、膝を着いて嘆くレスト。

 とりあえず帽子とゴーグルを拾ったレストは砂を落としてから、テンリを伴ってあの生物に近づいた。

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