第51話 紅月と狂いし狼②

 傾いた満月を背後に、落ちてきたマッドネスウルフは巨体を支える前足で睨みつけているレストを狙う。

 影となった瞬間に経験から既に動き出したアリスは、影を斜めに分断するよう前傾姿勢で駆ける。

 マッドネスウルフを感知して見上げたレストは、アリスが既に動いてることを【気配察知】で気づき、急いで背後に飛ぶ。


「ガァァァァア!!」

「危な…」


 回避した二人の場所まで届く地響き、凹んだ地面が見えるレストは安堵の息を吐く。


「グァァァァァァア!!」


 その一瞬、気が緩んだレストにマッドネスウルフは攻撃してない前足を振り下ろした。

 レストは咄嗟に腕で顔と胸を守り、背後に飛ぼうとしたが、そのまま叩きつけられ呻き声を上げる。


「…【ライトスラッシュ】」


 レストに追撃をしようとしたマッドネスウルフは、それを遮るタイミングで攻撃を食らう。

 マッドネスウルフの後ろ足の左側、白光の剣を両手に持つアリスの縦一閃。

 回避を終えたアリスが発動させていた【退魔之剣】と【ライトスラッシュ】を使った攻撃は、マッドネスウルフの剛毛に阻まれながらも僅かなダメージを与えた。


「ガァァア!!」


 邪魔されて怒ったマッドネスウルフは左足で蹴り上げるが、アリスには当たらない。

 独楽のように回って回避したアリスは、刃先を左に変えて右側へ走り出す。


「…【クイックスラッシュ】」

「ガァア!!」


 アリスは走った勢いを無理やり乗せた右回転と跳躍で、マッドネスウルフの膝へ渾身の横薙ぎを放つ。


「…ダメか」

「ガァウ!!」

「…ちっ」


 既に戻った左側の後ろ足で四足歩行の安定感を発揮させ、狙いのバランスを崩せなかったアリスは、マッドネスウルフから距離をあける。

 だが、取り巻きのエレメントウルフが2頭近づいて来ていた。

 タイミングの悪さに舌打ちをするアリスは、2頭の攻撃を避けて進むが、4つ魔法陣の準備を終える。

 マッドネスウルフがアリスへ照準を合わせて引き金を引く直前。


「【挑発】」

「グァァア!!」


 アリスに標的が移ったことで見ていなかったレストが、自身に意識を向けさせる為に、大声でスキルを使い爆撃。

 横腹に当てられたマッドネスウルフは苦痛の声を上げ、その眼光と魔法陣をレストに向けた。

 頬が引き攣ったレストだったがアリスにサムーズアップし、背中を見せて走り出した。


「ガァァァァァァァア!!」

「かかって来いやーー!!…ってデカ過ぎだろう!!」


 4つの半径1メートルはある闇球は横並びに放たれ、僅かに地面を削りながらレストへ向かう。

 必死な形相で走るレストが振り返ると、その4つの球体に追随するマッドネスウルフが居て、走る足を緩められない。


 その間に、アリスは取り巻きのエレメントウルフへ攻撃をする。

 放たれる合計20の火と土の塊を全弾回避し、精霊の森で出現するよりも強いレベル40のタフさを発揮する相手に、スキルを使わずに手数だけで削った。

 エレメントウルフが1回攻撃すると、アリスは既に2回や3回攻撃をする。

 僅か2分という間で、アリスは攻撃スキルを使わずに2頭のマッドネスウルフを無傷で倒した。


 壁まで距離があるとはいえ、並列に8つの玉が並んだ時にレストも行動を起こす。

 オオテ鉱山で大量に爆破させて、手に入れた木を玉の斜線上に置いた。

 玉の飛来速度の低下させて、玉の無い場所へ逃げ込むという、咄嗟に思い付いた作戦をだったが。


「グァァァア!!」

「また、追加しやがった!!クソーー!!」


 それをする度に、マッドネスウルフは魔法をレストがいる場所に追加して来た。

 時々、レストは爆裂玉を投げるが簡単に避けられ、少しずつだけ距離が詰められている。

 そして、レストが一番外側の闇玉を越えようとした時に、マッドネスウルフは消えた。


「ガァァア!!」

「うぐっ!!」


 マッドネスウルフは最初と同じように高速移動してレストの傍へ現れ、叩きつける。


「耐久勝負だ。マッドネスウルフ!!」

「グルルルルル!!」


 唸り声を上げるマッドネスウルフはそのまま動かないよう踏みつけ、レストは足を持ち上げ始めた。

 僅かに持ち上がったことで、片手を動かせるようになったレストが、ライフポーションを取り出す。

 踏まれる力が強くなるが飲み、減ったHPを回復させることに成功する。


「【挑発】!!その程度かマッドネスウルフ!!」

「ガァァァァア!!」


 口元に笑みを浮かべたレストが、首輪を付けたマッドネスウルフを嘲笑うように叫ぶ。

 マッドネスウルフがより足に力を込め、レストを中心に4つの魔法陣の構築し始めた。


「うぉおおおおおおおおおお!!」

「…【ハイジャンプ】」


 レストが大音量の咆哮を上げながら今まで一番力を入れて持ち上げ、小さな声音でアリスがスキルを使う。

 気づいたマッドネスウルフが横見たのは、首横まで跳躍したプレイヤーアリスが全身に赤い輝線を浮かばせ、白剣を振り下ろす所だった。


「…【ヘヴィスラッシュ】」

「グァァァァァァァァァアア!!」


 たたら踏み絶叫を上げるマッドネスウルフ。


「間に合えぇぇぇえ!!」


 足から抜け出したレストが必死に走り、落ちてくるアリスへ駆ける。

 片手に持った初級ライフポーションの栓を外し、中身をアリスにかけた。

 そのままレストは仰向けになり、落ちて来たHPが少ないアリスのクッションとなり衝撃を和らげる。


「さっきより痛い」

「…女の子に失礼」


 ダメージを食らってないレストに、着地を無事に成功させたアリスがジト目で見る。

 アリスはレストの腹から退き、レストは起き上がる。


「…即興でありがと」

「そういう役だから、気にせんでいいよ。それより早くポーション飲み」

「…そっちも」


 マッドネスウルフが二人から距離をあけて警戒しているのを見ながら、アリスはマナポーション、レストはライフポーションを飲んで回復させた。


「…先行く」

「了解」


 マッドネスウルフの残りHPは7割弱。

 マッドネスウルフと二人の戦いはまだまだ続く。

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