第50話 紅月と狂いし狼①

 マッドネスウルフのボス部屋は今までの暴獣と違って、その暴獣がいた場所と似た環境ではなかった。

 レストとアリスが居たのは石壁に松明がかけられ、足下はグランドのようなほどよい硬さの地面。

 目の先には出口、背後には石の階段がある何処かの室内に二人は転移していた。

 レストは居心地が悪そうに頬を掻いた後、申し訳なさそうな顔で謝る。


「ごめん。言い訳だけど気配に気付かないぐらい集中し過ぎた…」

「…いい。いつかやらかすと思ってたから」


 アリスは相変わらずの無表情でサムーズアップし、レストは項垂れながら続ける。


「……何か、日に日にアリスからの扱いが悪くなってるような」

「…自業自得??」

「うっ、心当たりが多い過ぎる…」


 古代の王城跡地の発見から、マッドネスシープの騎乗や玉乗りに丸焼き、マッドネスラットの毒採取、マッドネスクロウのテヘペロ、マッドネスモンキーの自爆、シークレットコンテンツと伝説のアイテム、祠イベントのキーアイテム、発覚した衝撃の事実の数々が脳裏に浮かび、否定できないレスト。


「…ここ来る前話し合ったこと覚えてる??」

「うん。早めにここから出ないと即死レベルの魔法が打ち込まれるやつでしょ」


 精霊の森に来る直前、お互いにマッドネスウルフの情報を出し合って、どっちが多くの情報を集めたか勝負した時のことを、アリスが振り返って聞いてきたので、レストは頷いて答える。

 レストが言っている情報は、朝になるまで二人がいる場所に立て籠ろうとしたプレイヤーたちが、マッドネスウルフから高威力の魔法を逃げ場が無い環境で食らったという情報だ。

 ちなみに、この情報を提示したのはアリスで、どっちが多いいか対決の勝者もアリスである。

 先頭を歩き出したアリスに、レストも追随する。


「…さっきの攻撃、大丈夫??」

「アリスが言ってた通り4ダメージしか食らいませんでした」

「…4ダメージって」

「でも、蛍潰しちゃった…急に早足にならないでぇー」

「…先手の準備した?」

「今してます。アリス様、手を洗う時間ください」

「…早めに」

「アリス、ありがとう!!」


 アリスが立ち止まり深呼吸して落ち着かせている間に、レストは急いで準備を整える。

 マッドネスウルフの攻撃で潰したゲンジ蛍の亡骸をしまい、水入りポーションで手を洗ってから森苺を5つ口に含み、6つ爆裂玉を取り出して【宝物】画面で維持した。


「オッケーだよ、アリス」

「…先手よろしく」

「そっちも遠慮しないで使っていいから」

「…【挑発】【疾走】【体動の呼吸】【地の舞】」

「【隠密】」


 二人が出口を抜けると金属音を鳴って鉄格子が降りる。


「聞いてたけど想像以上…」

「……」


 マッドネスウルフのボス部屋は、だ。

 一体どれだけの人数を収納できるか分からないほど広大な闘技場。

 中央の二人がいる戦う場所もひたすら広い。

 僅かに雲のある夜空と紅の満月が頭上に輝き、建物や地面が赤く染まる。


──ゴゴゴゴゴ


 キョロキョロと周囲を見ていたレストは突如鳴った音に驚き、視線を向ける。

 そこは無言で出口から出てきた時からアリスが見ていた、反対側に存在する出口。

 二人の視線が交わる先、閉まっていた出口の鉄格子は徐々に開き、ガッシャンという音を立てて止まる。


──グルルルルルルル


 静寂に響く獸の唸り声と暗闇に現れた二つの赤。

 レストは息を飲み、アリスは柄を強く握りしめる。


 そして、赤い月光の届かない暗き入口から現れた。

 その歩みは静かだ。

 僅かに響く唸り声が、離れた二人にも鮮明に聞こえる。

 血色の鋭い眼光に射ぬかれ、無意識に背筋が伸びて凍えた。

 纏う覇気が質量を伴ったかのように肩にのしかかり、目を離すことが出来ない。

 夜を纏ったかのような闇色の毛並みは、まるで紅色の大地を染めているように大きかった。


「あれが…」


 圧倒されたレストの小さな呟き。

 声にならなかったが、口元は確かに動いた。

 数多のプレイヤーたちが挑み、誰も勝てなかった暴獣の頂点。

 回復しようが準備しようが勝てる、と証明するかのようなボス部屋の主。

 今回のイベントにおける最高の難関で、運営の悪意の塊とも呼ばれた。

 現存の最強モンスター。


 “マッドネスウルフ”と。


 それに反応したか、それとも何かを感じたのか、アリスは静かに剣を抜いた。


 突如、6メートルを越えた巨体を持つマッドネスウルフは二人から離れた位置に止まる。


「…レスト!!」


 アリスが強い口調で叫ぶと同時に、レストは反射的に右手で持った2つの爆裂玉を投げた。

 だが、当たらない。

 何故なら、


「ワァォォォォォォオン!!」


 紅月へ向けての雄叫び。

 その巨体から繰り出される地面を揺らすほど大音量。

 それが衝撃となり、届く前に爆裂玉が誤爆する。


 しかし、それだけでは終わらない。

 顔を二人へ戻したマッドネスウルフの周囲には4つの青い渦が現れる。

 渦からは4頭の狼が出現した。


「ごめん遅れた!!」


 レストは左手に持つ4つの爆裂玉を右手へ移し、取り巻きを確認する前に謝りながら投げた。

 マッドネスウルフを狙い投げられた爆裂玉は、それぞれが逸れたりして別の何かに当たる直前。

 マッドネスウルフが忽然消えた。


「ガァァァァア!!」


 爆音と重なるように聞こえたマッドネスウルフの声と暗くなった二人の周囲。

 瞬時に気配と視線で感知したレストが見たのは、マッドネスウルフだった。

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