第52話 紅月と狂いし狼③
「ガァァァァァア!!」
走り始めた二人にマッドネスウルフが吼える。
横一直線に並べられた4つの魔法陣が輝き、紅色の月光では染めることが出来なかった闇の球体は放たれた。
それと同時にマッドネスウルフは座って、遠吠えのような天を見上げる。
「始まった…てか、マッドネスウルフだけ別ゲーだろう!!」
空を仰ぎ見ていたレストは怠く感じる体を無視し、力強く大地を蹴った。
アリスも体をより前傾にさせ、闘技場の真ん中にいるマッドネスウルフの元へ急ぐ。
二人はマッドネスウルフが紡ぐ大魔法を止める為に走る。
頭上に現れた紫色の光を放つ未完成の魔法陣は、新たな幾何学模様を描きながら、徐々に広がりを見せる。
完成した大魔法は一度浴びれば身体能力が落ち、長く浴び続ければ各耐性が低下させる、マッドネスウルフ以外を弱体化する闇の雨が永遠に降る。
制限時間は闘技場の二人と一頭がいる戦場を覆うまで。
それまでに深い手傷を負わせる必要がある。
「…【ハイジャンプ】」
「ならこっちは…特攻だぁーー!!」
アリスは闇の玉を跳ぶことで回避し、避けるに時間を掛けられないレストは闇玉の1つにわざと当たって通った。
「…もしかしたら夜の影響で魔法陣の完成が早まってるかも」
「確かに動画より速い気がする…」
「…間に合わないかも」
「ごめんなさい!!離れすぎました」
「…私はMPさえあればどうにか出来るから問題ない。でも」
「問題はこっちか…」
「…それに【首刈り】と【捨て身】のクールタイムが終わってないから、短時間でダメージを与えられるのは、レストだけ」
「遠距離からの爆裂玉で一発逆転か…」
マッドネスウルフまでの距離が残り半分になった時、減速して横に並んだアリスが言った。
鬼ごっこでこの現状を作り出したレストは、半分以上完成している魔法陣を見て必死に打開策を考える。
(巨体だからといって、30メートル以上離れた場所から当てる自信がない。有効範囲は約5メートル、つまり半径2.5メートル…狭い。数投げるのも手だけど、あれはよりコントロールできない。三つ投げは絶対届かない。そもそもあの距離まで投げられるのかすら、分からない)
1割減ったHPをライフポーションで回復させる時にレストは名案が浮かぶ。
(奥の手を投げれば…そうだ!!この機会にあの危険物を処理しよう!!)
レストは笑みを浮かべ、先頭に走るアリスへ伝わるよう大声で走りながら叫ぶ。
「アリス!!古代の王城跡地を見つけた時の赤いポーション覚えてる??」
「……まさかそれを」
「有効範囲が広いから、多少外れてもダメージが通るはず」
「…分かった」
「念のため、奥の手以上にヤバいやつ使うけど」
「……あれ以上!?」
珍しく素っ頓狂な声を上げるアリスに、メニューを操作しているレストは気づかない。
アリスは見た、レストがメニューから取り出したのは中身が炭酸よりも激しい、高熱で沸騰しているかのようなボコボコと気泡を上げる、濃赤色のポーションを。
「うん。魔法陣が完成する一歩手前で投げる。それなら距離的にも当てやすくなるし、使ったことがないけど有効範囲も威力も奥の手以上だから問題ないはず」
「…そ、それ本当に投げるの??」
「こんな機会がないと使わないだろうし」
急に魔法陣を見上げて答えるレスト。
アリスが過去最大の嫌な予感を感じたというのは言うまでもない。
それしか方法が無さそうだから、アリスは渋々承諾する。
「…分かった」
「やったー!!」
「…ただし、条件がある」
「えっ…」
ワクワクした表情のレストを見て、咄嗟にアリスは条件を付け出す。
よくよく考えれば、
そもそも
条件付けて使い方には慎重にならないと、下手したら
そのことに気がついたアリスは、気付けた自分自身に感謝した。
「…私がレストを抱えて【ハイジャンプ】した後、一番高い所まで跳んだらレストを投げるから、それから投げて」
「つまり二段ロケット??」
「…それ」
「なるほど。高い所から投げれば、それだけ遠くまで届くと」
レストは深く考えず面白い提案に頷いて了承した。
アリスがレストの両脇を掴み、【ハイジャンプ】を使って跳ぶ。
「そういえば、どうやって降りればいいのぉーー!!」
アリスが跳んで直ぐに気付いたレストの絶叫が響く。
レストを投げる直前、
「…下で私がキャッチする!!」
「お姫様抱っこは勘弁してください!!」
気合いを入った声でアリスが言う。
思わずトラウマが刺激されたレストが即答した。
投げられたレストは気を引き締めて、マッドネスウルフを見つめたまま、体の上に向かう感覚が無くなるのを待つ。
時間として魔法陣が完成する21秒前。
距離として200メートル離れた地点。
「食らえぇーー!!」
レストはマッドネスウルフを直接狙わず、より遠くへ飛ばすためにマッドネスウルフがいる方角へ自分よりも高く投げた。
そして、マッドネスウルフから30メートル手前と僅かに横へ外れた地点、レストがアリスにキャッチされる直前、“それ”は起きた。
後にアリスは「…生きた心地がしなかった」と語り、レストに「ノーコメントで」と言わせた“それ”。
大画面で観戦していた運営たちがそれぞれの飲み物を吹き、イベント前にレストの持ち物検査を恒例化された“それ”。
──ドカァァーーン
約100メートルのクレーターを生み出した大爆発、“それ”が顕現した。
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