ep20.『心配なだけなんです…』

♦︎


昨日は、ずっとずっと閉じこもっていた。母さんは、帰ってきていない。

最近はずっとそうだ…もうわかってしまう。きっとまたやってるんだろうと。

父さんと別れた原因をまたもう一度繰り返そうとしてるんだ…。


「なんで暴力を…抑える為でもなんでもない。使う必要がなかったのに」


くそっと何度も拳を打ち付ける。木床は堅くて自分の手がみるみるうちに赤くなっていくけれど御構い無しに叩きつける。


こんな自分に嫌気がさしていた。雨が降ってるからか次第に心も沈んでくる。

こんな日にこそ晴れてくれたら気の持ちようも変わったのにと思ってしまう。

こんな日こそ学校が休みならいいのにとどうしても願ってしまう。


金曜日、週の最後だ。今日を乗り切れば2日と休日がある。



「今頃君は何をしてるんだろうか、カッコいい彼氏でも見つけてそうだな。俺はまだ全ての過去を引きずったままだよ…、どうすればいい?冬華」


ソファに座って天井を見ながら好きだった子の名前を呟いた。






♦︎


金曜日の放課後。学校から重い足を引きずって家へと帰っていた。


後輩の友恵には「送っていきますよ?」と声をかけてもらったけれど遠慮なく断らせてもらった。自分には大層な気遣いだ。


木曜日は学校側から早退を強制されてしまった。

出席したことになってるのはいいけれど、早退にカウントがプラスされるのは少し嫌な気持ちにもあった。


既にいつもの乗り換え駅着いていて、あとは電車が来るのを待つだけ。



それだけだったのに、遂に俺は倒れてしまった。



夜春よはる君!?」


周りが騒然とする中で、自分の名前を叫ぶ声だけが最後に聞こえた。






♦︎


「夜春?」


名前を呼ばれた気がした。とても懐かしい声で。


「夜春だー。寂しかった?」


寂しいよ。寂しくないわけがない。


「そっか…、会いに行けたらいいのにね」


それは無理だからね。仕方ないよ。


「でも、私は会いたい」


どうして?


「夜春が好きだからだよ。今でも、これからも」


僕も君が好きだよ。今でも。


「ほんとに?嬉しい。でも、私なんて忘れてもいいんだよ?」


そんなことできないよ。僕は君に縛られてる。それでいいんだ。


「私は嫌だよ…。夜春には幸せになってほしい」


君をこうして思っていられるだけで幸せだよ。


「そろそろ新しいことを体験しなきゃ」


僕には無理だよ。君を忘れるなんて。


「私に縛られてる夜春を私は見たくないの」


じゃあどうすればいいんだよ。君以外を頼るなんてそんな…。


「怖い?」


怖いよ。


「でも、やらなくちゃ」


だから無理だよ。


「大丈夫。夜春は幸せになれるよ」


君がいないと幸せの前提にすら成り立たない。


「私だって、夜春に会いたい。でも、ダメなの」


僕には君と会う資格がないからね。もう会えないんだ。だから、君を失った。

もう毎日が怖くて、人の顔を見るのが怖くて、失うのが怖くて。全部全部怖い。


「そっか…。頑張ってたもんね。疲れちゃうよ」


うん。もう疲れた。だから、休んでいいかな?


「だーめ。もっと生きて。楽しいことまだたくさんあるよ?生きなきゃ」


でも、僕はもう。


「辛い時は私を思い出して。夜春の味方にはなってあげられないけど今でもずっと夜春を思ってくれてる人が少なからずここにいるから。ね?」


…わかったよ。もう少しだけ、頑張ってみる。後少しだけ。


「よかった〜。頑張れそう?」


うん。頑張れる。


「よしよし、偉い偉い。私はずっとずっといるから。だから、またね」


…うん。ありがとう。冬華ふゆか






♦︎


グツグツという何かを煮込むような音で目が覚めた。


額には冷たくて気持ちいい感触がある。毛布が掛けられているのか暖かい。

その後に、コンクリートに倒れた筈なのに背中にふわふわのソファがあることに気がついてここが自分の家じゃないことに気づいた。


「冷たっ!」


頭が痛くて、額を触ると冷たくて声を上げてしまった。

よくみるとそれは


「熱さまシート?家にこんなのなかった気がするけど…」

「夜春君?大丈夫?」


急に大きな声がしたから驚いた。そこを見れば最近よく見るひよりさんがいた。


「ひより、さん?なんで…ここはもしかして」

「私の家だよ。夜春君、ホームで急に倒れてすごく騒ぎになったんだよ?」

「そう、なんだ…。どうやってここまで?」


それから粗方の経緯を聞いた。ホームで急に倒れた自分にひよりさんが大慌てで近づいておでこを触ると熱い熱い。ひよりさんのお父さんが迎えに来て自分をここまで運んできてくれたらしい。そして5時間寝ていたらしい。


「ん?今何時?」

「今は、9:42分だよ。こんな時間だし泊まっていっても大丈夫だよ?」

「いや、流石にそれは悪い…。帰るよ。ありがとう」

「でも、ここから行く頃には終電の時間過ぎちゃうよ?」

「別にいいよ。歩きでも帰れるから。知ってる道にさえ出れれば帰れる」


看病してもらった挙句、泊まらせて貰うのは申し訳ない。帰ってこないとは思うけれどもし家に帰らず母さんが帰ってきたらどう思うか。マズイ。


「その前に」


と言って、額に彼女の手が触れた。ひんやりとしてて気持ちがいい。


「あのひよりさん?何を…」

「熱まだあるね。だから帰宅はダメです!流石にまた帰ってる時に倒れたら心配。あと、さんじゃなくてひよりって呼んで」

「苗字はなんて言うんですか?」

「名前で呼んでね。仲西だよ。名前だからね?」


帰してくれそうにもない。それはそうと気になってたことが一つある。


「仲西さんの両親は?」

「だから名前で呼んでって、言ったのに。もう寝てるよ。明日も早いからね」

「そうですか…だったら後でお礼言っておいてもらいたいんですが…」


態々運んでくれたんだ。ご両親にも迷惑をかけてしまったんだろう。言ってから帰ろうと思っていたけど寝てしまったのなら仕方ない。言伝を頼むしかない。


「明日言えば…」

「何を言ってるんです?俺は帰りますよ?」

「そこまで言うなら仕方ない。勝負しましょう。今から夜春君の体温を図ります。それが39度以上だったら私の家に泊まってください」

「わかりましたよ…。それ以下だったら帰りますね」


彼女が持ってきた体温計を渋々受け取って脇に挟む。それから5分もしないうちに音がピピピと鳴って見たら


「39度8分。普通に高熱ですね。はい、お泊まりです」

「いやいやいやいや、それはその体温計が」

「お泊まりですね。はい、それじゃあご飯食べてください」


よくみると、煮込んでいる音がすると思ったらカレーが机と上によそわれていた。


「これは?…」

「カレーです。もしかして苦手でした?…」

「いえ、食べれるには食べれますがどうして」


そう聞いたら彼女は当たり前のことを言うように胸を張ってこう言った。


「そんなの心配だからに決まってるじゃないですか」

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