ep12.『ごめんなさい』

♦︎


ベンチに座ってしかめっ面でこっちを見ていたのは早希さきちゃんでした。


「えっと、その…」

「気にしないで。別に大丈夫だよ」


笑って許してくれる早希ちゃんに感謝。うん。夜春よはる君、言うなら今だよ。

心の中で念じたお願いが叶ったのか、早希ちゃんの元へ夜春君は歩いていく。

そして…


「昨日はすみませんでした。言い方に配慮と気遣いが足りなかったです」


「あ、え…」


急に謝られてか、戸惑ってしまう早希ちゃん。


「んじゃ、自分はこれで」


「え?」


今度は私が唖然となる番だった。早希ちゃんの返事も聞かずに行っちゃうの?という言葉を投げかけようとしたけど夜春君は早々に行ってしまった。


「えっと、まぁ行っちゃったのは置いておいて夜春君も夜春君なりに悪いと思ってたってことだから許してあげてね。お願い!」


「う、うん…でも、私にも返事くらい言わせてくれても…」


「それはそうだよね、なら、謝りに行く?」


「でも、行ったとこなんて分かんないよ?どうする?」


ふっふっふっ、と妖しい笑い声を上げて私はこっそり耳打ちするように早希ちゃんに告げた。


「実はね、夜春君は本屋さんにいまーす」


「え?は、はぁ…」


あ、呆れられてる。そう言って私と早希ちゃんは本屋さんに向かいました。






♦︎


「多分、ここだと思う」


疑心暗鬼の早希ちゃんは「本当にココ!?ココなの!?」と強く聞いてきます。

まぁ、これには渓谷よりもふかーい訳があるんですが…

それでも今回は自信があります。それに、まだ質問に答えてもらってないし…。


「さぁ、いざ入店〜」


自動ドアを手で開けるジェスチャーをしてさも自分が開けたように見える。

こんな幼稚なお遊びをしているひよりさんの精神年齢が少し危ない。


店内はいい感じに換気してあって居心地が良い。TSUTAYAにはそんなに来ないけど久しぶりに来た感想を言いとするならば


「やっぱり本しかない…」


「あたりまえじゃん。さ、早く探そ」


本をチラチラと見ながら探してるけど、全く見つからない。結構、不味いです。

早希ちゃんが、ひよりをじーーと見てる気がするけど気づかないふりです。


「ねぇ、本当にここにいるの?」


「なんか、自信なくなってきたかも…」


もしかして、私達が来るかもしれないから裏をかいて帰っちゃったとか…。

そうだったら悲しいなぁ…。ビシビシ私の袖を引っ張る早希ちゃんが怖いのでもう一度探しにいこうとしたら丁度、夜春君が入店してきました。


「あわわわ、来たよ、来たよ。どうしよ」


何故かひよりが慌ててます。私アホなんかな…。

早希ちゃんに来たことを教えようと横を向いたらそこに早希ちゃんはいません。


「って、はや!」


既に夜春君の前に行って何やら話しています。あ、夜春君、笑った。早希ちゃんが戻ってきました。清々しい顔になっていて、でもひよりを見た途端苦笑した…?


「夜春君いい人だね…あの時の私をぶん殴ってやりたいよ。」


戻ってきた早希ちゃんがそう言った。心なしか笑顔に見える。


「なんで私を見た途端苦笑したの?」

「なんでもないよ♪で、この後どうするの?」


「夜春君はどうするって言ってた?」

「聞いてないから分かんない…でも、今来たんだし当分いるんじゃない?」


「そっか…」


「せっかく来たし、私たちも少しだけいよっか」


「うん、そうだね。んじゃ、私もちょっと夜春君とこ行ってくるね」


「はいよー」


その場でくるっと一回転して、漫画のコーナーにいる夜春のとこまで歩いていく。

テーパードの黒いジーパンに、灰色の上着。マスクを着けていてショートの髪型。身長は私より高くて、顔はカッコいいのかわからない。(基準が存在しないため)


指先で肩をツンツンしてみる。


「夜春君、何探してるの?」


「うわっ、なんだ、君か…。本を探してるんですよ」


「逆に本以外に何もないもんね。で、なんの本を探してるんですか?」


「さて、とっと」


あれ?質問に答えてくれませんね…。何故に?あ、どっか行っちゃう。


「質問に答えて〜、どこ行くの?」


「欲しいマンガがないので小説のコーナーを行くだけです」


そっかそっか。あ、その小説コーナーで早希ちゃんがなんか読んでる。夜春君の後をちびちびと追っていきます。


「さーきちゃん、何読んでるの?」


「本」


なんか似たような答えがこっちからも返ってきたんですけど。


「じゃあ、なんの本読んでるの?」


「恋愛小説」


もっと情報をください。端的に省きすぎてタイトルも教えてもらってない。

早希ちゃんは今日もコートを羽織っていて、その下は多分スカートかな?寒いからタイツを履いてますね。サイドテールに縛ってる髪はやっぱりさらっさら。


「ハハ、ごゆっくりー」


お邪魔だと思った私は即座にその場を退散した。さーて夜春君はどこだろう。

私って、本屋に来たのに人を探してる。本を探せよってね。


「あ、いたいた」


手に持っているのは知念実希人さんの『優しい死神の飼い方』って本。私には見たことがない本です。どうゆう本なんだろう…。


「優しい死神の飼い方?」


「あー、これですか?」


手に持って見せてくれる。新本ならではのビニールがついてる。


「これ買うんですか?」


「実は、もう持ってます。知念実希人さんの本で俺が欲しいのは『誰がための刃レゾンデートル』っていう本です。最近話題にベストセラーに選ばれた『かがみの孤城』なんかも欲しいです。ただ、まあお金が」


「…………買ってあげましょうか?」


「え?なんでですか?」


うーん、なんでって言われると難しい。あ、理由ならあるではないか。うんうん。


「傘を貸してくれたお礼です」


「いや、でもあんなの普通のことですよ。お礼されることじゃないです」


「それを普通と言える夜春君はいい人なんですね」


「傘を貸すのは別に普通だと思うんですが…」


「誰しもが貸してくれる訳じゃないんですよ。あの時、貸してくれたのは夜春君。ひよりはそれがすごい嬉しかった。だからお礼ですね」


「いや、でも…」


どうしてもうこんなに謙虚なんだろう。お礼を言ってる側は素直にどう致してましてって言われれば嬉しいのに。こうなったら強硬手段。勝手に買って勝手にあげるという作戦を実行します。


「それじゃ、少し待っててください」


夜春君にそう言って、ある頼みごとをしに早希ちゃんのところへ行きました。






♦︎


「早希ちゃん。ちょっとお願いがあるの」


「ん、なに?」


「この本を探して欲しくて。一緒に探して」


何分経ったかわからない。本棚に陳列している目紛めまぐるしい数の本。そこから一冊の本を探すのは大変だった。それでも、早希ちゃんがその本を持ってきてくれて私がレジに持っていきなんとか買うことができた。


「良かったね」


出費はまぁまぁ痛かったけれど、気にしないことにする。きにしない。早希ちゃんありがとう!



「ごめんなさい。待たせちゃって」


本を立ちながら読んでいた夜春君に待たせてしまったことを謝った。


「別に、謝ることないよ」


「え、あ、そうです。これ、どうぞ」


「本当に買ったのか…。でも、いいんですか?お金出しますよ?」


「お礼の意味がなくなる…もう受け取ってください。いや、受け取れ。命令だ!」


「あ、それもそうか。んなら、従いますよ。どうもです」


苦笑気味に笑うその顔を見れば、お釣りとしては充分だった。










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