ep10.『BY CHANCE』

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エフェクトが走り、恐怖と発作が治まっていく。明るい電気に無音の部屋。質素な本棚にはぎゅうぎゅうに本が詰められている。一人静かに、息を和らげエアコンの風を受けながら目を閉じていた。


その理由は定か。


対人恐怖症。社会不安障害の一種であり(TKS)あがり症とも言われている。


その中でも、赤面症、表情恐怖症、視線恐怖症なんかはよく見られるらしい。

だけど、僕は……………………このどれでもないのかもしれない。








♦︎


今日は新しくバイトを掛け持ちする為に、個人経営の居酒屋に向かってる。


求人広告の掲載をネットで漁っていたら偶然にも見つけたので伺うことにした。

本望を言えば本屋さんに務めたかった。だけど、結局あれは接客もしなきゃいけない仕事だ。…僕には不向きだった。


電車から降りていつも通りの乗り換え駅。駅から出たあたりで偶然、そう偶然また会った。昨日の彼女と。


「あれ?もしかして昨日の…」


「違います」


「あー絶対そうだ!こんな早くに何やってるの?あ!座ろ座ろ」


トコトコ歩いて行ってポスンとベンチに腰を下ろした。昨日のベンチとは別だ。


「自分は今からバイトの面接…?にいくところです」


「バイトの面接?何故に疑問系…」


バイトの面接があると行っても早く行かせてくれる気はないらしい。朝きちんと薬を飲んできた。ゆっくりと曇り空に向けていた視線をベンチにいる彼女に向ける。


「そっかー因みに何のバイトの面接に行くんですか?」


「はぁ…居酒屋ですよ…」


「え!?居酒屋!?」


俺が居酒屋と言った途端驚いた声を出してこっちを見てきた。

ベージュのトレンチコートにブラウンチェックのガウチョパンツでローファーを履いていていかにも防寒してますという意思表示に思えた。


それに奈良のご当地キャラのえっと…しかまろ君みたいな顔して、いや今は秋田犬?いやこれは失礼か…なんだろう、あ、レッサーパンダが目を閉じて口を開けてるときみたいな表情だ。なんて頭の中では思っていた。


「?居酒屋がどうかしたんですか?」


「いや、すごいなと思ったんです。私にはそんなとこでバイトする勇気ないので。夜春君はその対人関係みたいなの気にしないんですか?」


ん?いま、名前…


「気にしますが、それよりもなんで名前を知ってるんです?教えた筈はないんですが…えっと、どこかで会った?…」


「えっと、昨日あった時制服に名札が貼ってあったから…」


「あぁ、なるほど。よく、一個人の男の人のことなんか覚えてますね」


含みを持たせた言い方で投げかける。肩口で切り揃えられたストレートボブの髪型の女の子は少し戸惑ったような表情で…オドオドしていた。


「まぁ、それは。えっと、私の名前は聞かないんですか?」


「別に興味もないので。俺が知ってどうするんですか?」


「え?まぁ、はい。そうですね…すみません」


「別に謝る必要はないかと…悪いことやった訳じゃないので」


次第に少しずつ弱い頭痛が襲ってきた。話過ぎたらしい。一度、視線を外し上を向いて深呼吸をする。リラックス、リラックス…少し言い方がきつかったのは分かってる。本当は言いたくないことも。


「あの、そういえば時間大丈夫ですか?」


「そういうのはもっと早く聞くべきだと思います」


「すみません…」


思わず苦笑してしまう。落ち着いてきたので軽く伸びをする。すると彼女はこちらに向いてきて心配そうな顔つきでこう聞いてきた。


「体調でも悪いんですか?昨日も何をやっても反応しなかったので…」


「大丈夫ですよ。気にしないでください。こんな俺のこと…」


「そんなことー」


言い終わる前に彼女が身につけているバッグから着信音が聞こえてきた。


「出ないんですか?」


「出ます」


ペこりと俺に一礼して電話に出た。「もしもし」から始まって何やら待ち合わせ場所の指定らしい。スピーカーがオンになってるのかスマホから「今どこにるの?」という声が聞こえてきた。


電話を切ったらスマホを片手に、女の子は何やら手を振り始めた。


「あ、いたいた!ごめん、遅くなった!」


新たに一人、この場にきたのは女の子だった。ショートカットの髪型に小顔で少し根が強い感じの女の子。こちらもブラウンのコートに身を包んでいて暖かそうだ。


「ん?ねぇねえ、ひより。この人誰?」


「あぁ…早希さきちゃんこの人は〜私の恩人だよ^ ^」


ニコッと笑ってそういった彼女は純情で優しさがにじみ出ていた。遅刻した友達を怒らないで何も言わず簡単に許している。


だけど、それでも恩人という言葉には語弊がある。そんな、つもりで傘を貸したつもりじゃなかった。ただ、困ってるようだったから…


「そんなんじゃないです。ただ、傘を貸しただけのしがない人間です…」


「そんなことないです!私は貸してもらってすごい助かりましたもん!」


「それはあの時、あなたは困っていたから…。恩着せがましくありたくないです…さっさと傘を貸したことなんか忘れてください…」


「その言い方はあんまりですよ!素直にどういたしましてとか言えばいいんです」


途中から来た早希という女の子が急に言い返してきた。あーもう、うるさいなぁ…

ほっといてほしい…。こんな人間。


曇り空は次第に晴れていく。駅を行き交う人もそれに比例して多くなってきた。


「君には直接関係のないこと。余計な口を挟まないでくれ…」


「はぁー!?そんな言い方は!」


「大丈夫。早希ちゃん。行こ。ここだと迷惑だよ」


周囲から好奇な視線を向けられていた。背中がゾワっとする。早く、目的のアルバイトのところに行って用を済ませて家で寝たい。


「う、ん。そうだね。行こ」


そうして早希という女の子は早々に一人で駅に入っていった。


「それじゃ私も。すみません。お騒がせして…。あ!最後にひとつだけ。居酒屋のバイトいいかもしれないですけど夜春君には似合わないと思います。それじゃぁ」


それからまたぺこりと律儀におじぎをして早希ちゃんの後を追いかけていった。

空を見上げれば太陽が顔を出していた。日光浴も偶にはいいかもしれない。


影が疎らに動いている。塞ぎ込んで塞ぎ込んで視界の外に追いやって。


思わず溜め息が出る。「居酒屋似合わないですよ」この言葉がいつまでもずっと頭に残り続けていて結局、面接には行かなかった。



行かなかった代わりに一人で静かに本屋で本を読んで時間を潰したのだった。

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