ep6.『暈す日和』

ガタンゴトンと大きな音が聞こえるにも関わらず周りからは一切の声が聞こえてこない。電車に揺られながらstand by meを聞いていた。


閑静とした車内からは寝息や機械音、バッグの中を漁るゴソゴソと言った音が各所から聞こえるだけであってスタンションポールに寄り掛かっている自分もそのうちの一人だった。


毎日この電車で通学していて使用するようになってからあと少しで一年になる。


立ってるのが怠く感じてきた為、灰色のロングシートに腰を下ろしてJR九州817系のような内装をした室内を見渡した。


そのまま、目を瞑って乗り換えの駅まで静かに電車に揺られていた。






♦︎


「大丈夫?」


駅前でオロオロとしている中学生ぐらいの男の子に声をかけた。何故、声をかけたかと言うと焦った顔をしてキョロキョロと周りを見渡していたからだ。


もう通っている学校がある地区には着いている。後は向かうだけとなったところでこの男の子を見つけてしまったと言うわけだ。


「弟が迷子になってしまって…」


「あー。なるほどね。ちょっとまってて」


男の子にそう声をかけたら、券売機近くに立っている男性の警備員さんに要件を伝えた。「あの男の子の弟さんがこの駅でいなくなっちゃったみたいなので見かけたらお願いします。えっと、詳しい話はあの男の子から聞いてもらえると助かります」


わかりました。と一言返してくれてあの男の子の元へ警備員さんが向かっていったのを確認してようやく歩き始めた。


それから15分程歩いたところで、ようやく学校に着いた。


「あの男の子の弟は見つかったかな…」


校門の前で立ち止まり、後ろを振り返ってそう呟いた。きっと見つかって今頃学校に着いていることを祈って校門を通った。



「おはようって誰もいないか」


教室の後ろのドアを開けてまず始めにそういった。けど、言ったはいいが誰一人として教室にはいなかった。


そのまま横で4×8+2の机の並び順の形で、左から3番目の一番後ろの四列目の机の上に鞄を置いて椅子に座った。


必要最低限の荷物を机の中に仕舞ったら、ふと窓を眺めたくなった。

肩肘ついて頬杖をつきながら、焦点の定まらない目は窓越しの空を虚ろな瞳で視界の中に捉えておりボケっとした表情をしていた。


「おはよ〜う!って早!」


閉めた扉が開けられ、声がしたと思ったらクラスの人間だった。


「あー。おはよう」


淡々とそう返し、今度は黒板をじっと見つめていたらまた話しかけられた。


「夜春君、寒くない?…こんな寒いのに朝早くから来て真面目?」


「寒いよ。朝早く来るから真面目というわけではない。普通に家でやることがないから早々に学校に来ちゃったんだよ。それでなんで君はこんな早いの?」


「早起きしたからだね!」


ドヤ顔でそう言っているのが想像できる。口調を聞くかぎり高揚しているのだろうか…声調で女の子の声だとわかるトーンで元気な子なんだろう。





「それって、普段は遅いって言ってるようなもんだな」


そんな女の子の言葉に、直接顔を見ずにそう答えていた。失礼だと分かってはいるけれど他人と顔を合わせるだけで


「マイナスに受け取るからでしょ!プラス方向に考えれば今日は早く起きたの!」


「今日は…ね」


「もーう!いいの、早く起きたんだから。それとは別に寒いね…凍えそ〜」


「会話の展開に追いつかない…寒いのには同感だけど」


教室の黒板の上についてあるデジタル時計は7:43と表示されていた。右方から、また「おはよー」と気怠な声が聞こえてきた。この人が入ってきたからかそれからはもう会話をすることはなかった。






♦︎


「んじゃ、これ宜しくね。いつもホントに助かるよ」


ぼやけた視界の中に映る英語の担当教人。濡れた筆で墨を垂らしたような視界の中で今、見ているこの世界は真実を映さない世界だった。


「はい。わかりました」


全容も計り知れない視界にいる英語の担当教人にそう返事をした。

今、この手に持っているものは質感と厚みからして重なったプリントの束だろう。

おそらく、二月下旬あたりに取り行った小テストの返却だ。


目の筋肉である随意筋を動かし、視界をクリアにする。76点と書かれたプリントが最初に目に入った。そして、すぐに興味を失ったのかまた無気力な目に戻り歩き始めた。


歩く人間の表情、姿、行動。その全てを五感の一つである視覚に捉えさせない為に自分の精神を他人の姿を取り入れることで濁さない為にも他人の存在を自分の視界には映さない。他人によって自分の何かが変わることがとても恐ろしい。


「これを教卓な置いたら、もう帰りだ」


自分を励ます為にそう呟いた言葉は、自然と柔らかかった。



荷物を持って駅のベンチに座っている。周りには高校生がちらほらといるような言葉が飛び交っていて手癖や動き仕草などの音から高齢者もいると思われた。


電車がこちらに走ってきている。帰りの電車だ。


そのままホーム前で止まり、扉が開く。重い足を動かして室内に入ったら定位置のスタンションポールの近くを陣取った。


全く気にも留めない車内アナウンスが流れる。


だが、電車のガタンゴトンという音を聞くだけであってアナウンスは耳に入ってこなかった。乗り換えの駅まで、まだ3駅ある。そう思ってポケットからアイポッドを取り出しイヤホンを耳につけて静かにオルゴールを聞いて乗り過ごそうと決めた。



プシューという音と共に、電車を降りた。イヤホンは未だに耳につけられていてホームを進む足取りは軽やかだった。階段を降りてコンコースに降りると人が程々にいた。ホームもそれなりいたけどコンコースはもっといる。そう思った。


スマホを取り出し、ホームボタンを押して時間を確認する。18:37と表示されているのを確認したらポケットにしまってTSUTAYA、言う所の本屋に歩みを進めた。



家に帰ったのは9:30台だった。こうして暈されて日常は過ぎて行く。

大事な物さえも隠して。


そして、睡魔に襲われ、抵抗する力もなく静かにゆっくりと目を閉じていき1日の終わりを示すカーテンが閉ざされていったのだった。

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