ep4.『私の家庭教師』

ピアノの音が旋律を奏でていて、アレグレットな曲調で私をのめり込ませていく。

キラキラ星変奏曲、八長調K.265、第六変奏。


音のパッセージが澄み渡っているように、綺麗で程よいアレグロな速さで私をときめかせてくれる。


第七変奏に入ると思われたところで、家のチャイムが鳴って私はピアノを弾くのを一旦、中断しスリッパでスバッスパッと音を立てて玄関に向かったのだった。






♦︎


「お邪魔します」


三好夜春みよしよはる君。私、こと。西根茉莉にしねまつりの先生。二月の下旬で外は寒いからか夜春君はコートを着込んでいた。下はテーパードの黒のズボンを履いてる。


ちなみに私は、白のケーブルニットセーターにチノワイドパンツを着ている。家の中でも寒いんだから仕方がない。


「夜春君、今日は遅いですね」


「いつもどおりですよ」


そう言われて時間を見ると、ホントにいつもどおりだった。


「今日は休日なんだけど、どうしてお呼ばれされたのかな?またいつもの?」


夜春君はそう言って私を見てくる。当然疑問に思うのも当たり前。平日の午後を中心に週に3日の内容で契約してるからだ。今回というか、休日に呼び出すのは今までも何回かあった。その度にお母さんがお金を渡そうとするけど夜春君はそれを断然として受け取らない。優しいと思う。


「またいつもの…を…」


「あー。なるほどね。西根さんのピアノを見ればいいの?」


「…うん」


少し俯きがちに答えてしまった。そんな私を見てか、夜春君は


「まぁ、大丈夫だよ。今日も暇だったから」


と言って遠回しにも私が迷惑かけてるかな?と思っていたのを察してくれたのかと思うほど上手くフォローしてくれる。もう、毎度のことだ。


私は、何か人に迷惑をかけるのがとても怖い。些細なことでも。例えば、私の為に何か喋らせてしまったりとかだ。自分が何かしたせいで相手が自分に対して何かを言っている。その時間が相手にとって無駄な時間で私のせいで大切な時間を奪ってるんじゃないかと思ってしまう。


夜春君には、自己評価が低いと、重度の自意識過剰と言われた。最初言われた時はこの人も私を理解できない人だと思った。お母さんが「やってみなさい」と言って何かあったらお父さんに言いなさいと言って連れてきた家庭教師の夜春君。


「んじゃ、今から弾くんで見ててください!いや聞ききながら見ててください!」


「あ、はいよ〜」


そんな夜春君と仲良くなったというか、救ってもらった日のことをピアノを弾きながら少し思い出してみようと思う。


モーツァルト ピアノ・ソナタ 第14番 八短調でも弾きながら…






♦︎


最初会ったのは、5月だった。今は2月だから前の年になるのかな。私は中学3年で夜春君は高校一年生だった。去年の5月であった日は…8日?だった気がする…


受験を控えているからと塾か家庭教師どっちか選べ、とお父さんに言われた。私も勉強を行きたい高校の偏差値まで満たせるようにするために塾に行くつもりだったけどその時は塾がどんなものか全然知らなかった。


私が行った塾は、同じ学校の人や他校の人が居て挙句の果てには高校生や小学生もいる塾だった。結構、人数が居て先生に教えて言っても毎度「他のところをやってなさい」と言われて追い返されていた。


あー。もうダメだ、と思った私は塾で仲間から外されていたのもあって一周間もしないうちに辞めてしまった。


どうしようか、迷ってたらお母さんが「次は家庭教師にでもしてみよっか」と言って私は最初は嫌だ、の一点張りだったけどお母さんの「やりなさい」の一言で一蹴されてしまった。


家庭教師とだって反りが合わないとダメだし、一対一で教わることの緊迫間の方が私にとってはものすごく嫌だった。そして、やりなさいと言われた後日に連れてきた家庭教師は男の人で高校一年生。しかも、見つけた子と言った。これが夜春くんとの出会いだ。


高校一年生なんて、中学から一年上がっただけじゃん。そう思っていた私は嫌々でも一度だけ授業を受けてから、適当にお母さんに馬が合わないとか言って辞めてもらおうと思っていたのけど今はやってよかったと心から思っている。


でも、やっぱり最初は怖かった。男の人っていうのもあるけど二人だけの状況というのが。まぁ、でもそんな心配は杞憂だったのだけれど。


わからない所は、わかるまで教えてくれて、変な雑談を加えて話も盛り上がった。塾なんかよりとってもいいと思った。それでも嫌だというつもりだった。


理由は単純。男性だったから。それだけだった。このことを両親に言ったら両親は驚いた顔をした。そして、お父さんがこんなことを言った。


「夜春君はいい子だよ。そこらの男や俺見たいな男じゃない。優しすぎる子であんな子が今のうちからバイトを二つ掛け持ちしてるのはきっと理由があるんだろう。だが、夜春君は勉強を教えてくれるし一緒にやってて楽しかったろ?

それにあの子、ピアノも弾けるって言ってたぞ。ついでに教えてもらえ」


そう言われて、私は夜春君にこれからも家庭教師をお願いします、と言ってニコリと笑って「こちらこそ」と言った。


それから、一ヶ月くらい過ぎたあたりにこんな会話をした。


「夜春君〜。ここわかんないです。教えてくださーい」


学校の部活で疲れていたんだと思う。夏の大会が近かったから家に帰った安心からか緩みきった声で名前を呼んでしまった。でも、夜春からはあんまり気にした様子はなくて普通に二次方程式の解の公式をわかりやすく教えてくれた。


この時ふと思った。私、夜春君に名前を呼ばれたことないと。だから、名前呼びしても怒られなかったから怒られるまで名前呼びしてたら私のことも名前で呼んでくれるだろうなぁ〜という思いから夜春君というようになった。


「夜春君は、私の名前どう思いますか?」


結局最後まで、指摘もされず名前でも呼んでもらえずこんな聞き方になってしまったけど夜春君がこの時言った言葉が私を救ってくれたんだ。


「茉莉って名前?うーん。俺の感想なんかおもしろくないかもだけど…その名前にはジャスミンっていう意味があるんだ。ジャスミンは白か黄色で咲いてすごく綺麗なんだ。だから、君みたいな子に茉莉って名前をつけた両親はすごく考えてその名前をつけたんだと思うよ」


それに、と続けてこう言った。


「温順。それが白いジャスミンの花言葉だよ」


その時は、よく分からなかった。けどお母さんに名前のことで聴いたら本当にそういう意味で付けたと言っていて私は驚いた。自意識過剰とか自己評価低いとか夜春君は言ってたけどそれは悪魔で主観的に見た私の様子なんだ。



夜春君から見た私は、誰かを気遣える優しい女の子。夜春君はそう伝えたかったのだとその時分かって私は無性に嬉しくなったのを覚えている。


こんな周りから見たらしょうもない事でも、私にとっては嬉しい言葉が私を救ってくれたんだ。確かに、自己評価は低いかもしれない。その分、本当に私を理解してくれる人は私に本当の評価を下してくれる。


自意識過剰かもしれない。でも、相手を思いやる心が強すぎるからなんだ。


「そっか。私は優しいんだ…」


まぁ、夜春君も自己評価は低いんだけど。






♦︎


言葉の裏側には必ずその言葉と逆の意味がある。悪い人間の反対は良い人間だ。

善と悪がいい例だろう。善だった人間が悪になる様に、悪だった人間が善になることもある。これはまた一つと摂理だ。だが、例外がある。


それが………………善でも悪でもない人間だ。


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