ep2.『愛情のカタルシス』

錆びれた恋をしていた。


絶対に彼女が振り向くことはないのに、彼女からの愛を求めてしまう。

つくづくこの感情は嫌になる。


だけど、そんな錆びれた恋はいつのまにか、心から崩れ去っていた。






♦︎


夜の中にある春。これが三好夜春みよしよはるという俺の名前の由来だった。


「うー。寒っ」


手を擦り合わせて、ブルブルと震える度に寒さが増していくのを感じる。

夜の信濃川と最上川を冬に泳いでいるような気分だった。


「なんでもいいからあったかいもの欲しい…」


周りは、一定の間隔で街灯が設置されているが、稚拙なメダカのように弱々しい光しか発していない。町の地方議会に依頼すれば直して貰えそうだ。


現在、高校一年、冬の2月28日午後9:29分。この日は雪が降る予定


チリチリと手が悴んできて、ムズムズしている手をスリスリと擦ってなんとか温めていたが結局ポケットに手を突っ込んだ方が早いと思いそのままポケットに手が隠れた。


家に帰宅する時の虚しさはいつもよりも増していた。ポケットが手を暖かくしてくれても心は冷えたままで足に疲れが乗っている感じで重い足取りだった。


高校になったら一人暮らしがしたい。親にそう言っても理解がある親ではない為に高校での一人暮らしは認めてもらえなかった。


コツコツという足音を立てて足を動かしている。周りは静寂が支配していて人の声が一つもしない。そのまま歩いていたらいつのまにか家についていた。


ドアノブ捻って、玄関を開けて暖かい我が家に帰宅した。


「ただいま」


返事はしない。だけど当たり前の事だ。シングルマザーで両親は俺が2歳の時に離婚して妹の親権は父親で、母親は僕を引き取った形になった。俗に言う生き別れだ。


「母さんは今日も仕事か…」


家の扉を閉めると外の寒さと隔絶されたようで一人の寒さが身を襲ってくる。

でもこれはどうしようもない寒さ。孤独を紛らわす為には孤独に慣れるしかない。


無音が場を満たす中で、居間のテレビを見ないにも関わらずつけた。


バラエティー番組を適当にかけた後に、リビングにある冷蔵庫から麦茶を取り出して居間に戻った。


「コーヒー無かったの忘れてた…またコンビニ行くのも面倒だしいいや」


およそ八畳の部屋にナチュラルのローテーブルとブラウンのソファベッドに大きさ40インチの液晶テレビが置いてある。テレビの下にはスタンドテーブルが置かれていて更にしたにラグのカーペットが敷かれている。


どれもこれも母さんが選んだものだ。


ローテーブルの上に麦茶が入った麦茶ポットとコップに、ポケットから取り出したスマホを置く。テレビでは相変わらず、音と映像が流れている。


そしてソファベッドに寄りかかっていたら瞼が重くなっていて、そのままゆっくりと暗闇に意識を傾けて落ちていき、いつのまにか眠りについていた。






♦︎


とんとんとん。こんこんこん。とんとん。


刻みのいい音が耳に届いてくる。


「よっしゃぁ!ナイス!」「ナイスシュート!」「一点取られたー」


ぼうっとしているなか、どこからかそんな声が聞こえてくる。

外で遊んでいて、誰かがシュートを決めたらしい。


突然、頭にポンと何かが乗せられた。


「ん、なに?」


「ちぇー、そのまま顔上げたら筆箱が頭から落ちて筆記用具がバラけるところだったのに…おもしろくな〜い」


頭に置いてある何かを机の上に置いてから、「んー」と伸びをして起き上がった。


「寝てたと思ってたから、いたずらしてやったのに」


「意味がわからない…」


目を開けて、話している相手を見た途端、驚いて言葉を失った。

小学校の頃好きだった女の子で、俺の人生で初めてのの相手で初めての相手でもあった。


もう綺麗さっぱり忘れていたと思っていたのに、やっぱり自分自身の頭をことはできないんだな。


だって、波枝冬華なみえだふゆかという名前を今でも覚えているのだから…


「なにぼぅーとしてるの?そういえば、夜春君は外で遊ばないの?」


「え?ああ。俺はいいんだ」


柔らかい一重の目に、小さい鼻、少し火照った頬の真ん中には薄く微笑んでる唇が視界に入ってきて鎖骨あたりまで伸ばしてる髪を三つ編みにして縛っている彼女はまさしく小学6年の頃の冬華だった。


「遊んできなよ〜男の子じゃないなぁ。体なまっちゃうよ?」


「ほっといて。それに冬華だって中でダラダラしてるじゃん。それじゃあ人の事言えないよ。それに、遊ぶ相手がいないんだからしょうがないだろ」


「じゃあ、一緒に遊ぶ?」


首をコテンと横に傾げてそう聞く冬華はやっぱり優しかった。


「………いい」


「遊ぶってこと?」


「遊ばないってこと」


「えー」


こんな風に話してる間も外からは大きな遊んでいる声が聞こえてくる。


「うわぁ、楽しそう…私も遊びたいなぁ、誰かさんが遊んでくれたらなぁ」


「俺以外に遊ぶ相手いるでしょ。てか誘われたじゃん」


「誰かさんって言ったのに夜春、反応した〜」


きゃっきゃきゃっきゃ騒ぐ、冬華が小6の外見の時点でこれがなんなのかが理解はしているけどはっきりとそれを認識してしまうと終わってしまうように思えた。

だから、素っ気ない態度を取ってでも冬華と一緒にいる時間を共有したかった。


「俺と話してる間にも昼休みの終わりは刻一刻と近づいてきてるよ」


「そうだねー。このままだと遊べないねー。遊べなかったら夜春罰ゲームだけど」


「それは知らない。ましてや俺は遊んでこいと何度も言ってるし」


「夜春と遊びたいの…」


甘えた声に上目遣いを使ってそう頼み込んでくる。時計を見れば昼休みの終わりの時間である1:30分まで後10分くらいだった。


「ふーん…」


「うわ!冷た!それはそうとさ、5時間目席替えだよ!?誰の隣になりたい?」


キラキラと表現できる目をこちらに向けてくる冬華はそう聞いてきた。


藤浪ふじなみ


「え?そ、そうなんだー。花音かのんちゃんねぇ、なに、好きなの?」


「まさか。大嫌いだ」


冬華と同じでちょっかいしかかけてこない。まぁ大嫌いというのは嘘だけれども。


「大嫌いな人と隣になりたいの?」


「いや、なりたくない。本当のこと言うなら男同士が一番の本望だ」


「いや、女子だって女子同士が一番いいよ」


「そうなんだ」

「うん」


会話が途切れて、気まずい雰囲気になった。秒針が進む音と同じクラス内で話している女子の会話しか聞こえてこない、そう思っていたら隣の席で冬華が歌を小声で歌っていた。


「……とう、君がいてくれて、ほんとぅ、よかったよ〜どんなときだって、いつも笑っていられる〜例えば〜」


そんな呑気に歌ってる冬華は目をつぶりながらニコニコして歌っていた。


「あーもう。うるさい」


「あはは、もう、うるさい。だってー。私は歌を歌ってるだけですー」


「それがうるさいって言ってるんだろ。地味にうまいから下手って言えないし」


「そう?上手い?ありがとお。下校中も歌ってあげるよ?」


「俺がいない時になら幾らでも」


もうすぐ、昼休みが終わる。ポツポツと教室に戻る生徒が増えてきた。だからこの教室にも少しずつ人が戻ってきていた。


終わる。そう直感した。


「あ、そろそろ昼休み終わるね。席替え楽しみだよー!今回はどうやって決めるんだろうね。やっぱりくじかな?それとも好きな席に座らせてくれたりとか」


「なぁ、冬華」


「ん?なあに?」


「一緒になれるといいな…」


「……うん。そうだね」


笑ってそう答えてくれた冬華を見ると、あの好きだった頃は嘘じゃないと、好きだった気持ちは嘘ではないと思えた。だって、こうして俺は冬華を好きになったのだから。


昼休み終わりのチャイムが鳴る。この後の席替えの結末は知っている。



結局、一緒になることはないという結末を。

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