マルタ旅行記⑨港町マルサシュロック

 スリーマを散歩したあと、マルサシュロックに行くことにした。


 マルサシュロックは南東にある漁師町で、港を意味するアラビア語のmarsaマルサと、シロッコを意味するマルタ語のxlokkシュロックから名付けられた。シロッコはサハラ砂漠からやってくる熱い風のこと。アラビア語とマルタ語があわさった、なんともマルタらしい名前だ。


 Boltのアプリでタクシーを呼ぶ。アプリ上で車のアイコンが動くから楽しい。私たちを乗せて目的地に向けて出発するとドライバーが唸った。渋滞のせいで予定のルートを通れないらしい。マルタには鉄道がない。車が主な交通手段だからか、夕方の時間帯はとくに混む。大通りに車がひしめく風景は、同居人によればヨーロッパというよりベイルートのような中東の都市を思わせるという。


 マルタの文化は多くの要素が混ざっているように見え、とてもひとことでは言い表せない。車が右ハンドルでバスとトイレが分かれているのはイギリスの影響。料理はイギリスやイタリアに似ていて、音楽にはスペインの要素があるらしい。さまざまな文化が溶け合って発展してきた結果が今のマルタなのだろう。


 渋滞を抜け出して20分ほどで「南風シロッコの港」、マルサシュロックの街に着いた。ここにはマルタでいちばん大きい魚市場がある。採れた魚はヴァレッタで売られる。今の時期はメカジキとマグロが旬で、マグロは遠く日本にも輸出されるらしい。


 湾内には赤や青や黄色に塗られた伝統的な漁船が浮かんでいる。ルッツと呼ばれるこの極彩色の船は町のシンボルだ。船首に描かれた魔除けの目は古代フェニキアに起源があり、漁師を悪天候や危険から守ると信じられている。


 港沿いにレストランが並んでいた。テラス席がいっぱいに広がっていて、道路を挟んだ向かい側の船着き場までせり出している。

 ラバトでの失敗を繰り返さないように、今日は食べる店をあらかじめ選んでおいた。候補に挙げた2軒のうち1軒が休みだったので、もう1軒に入って魚介のパスタと海老のビスク風パスタ、マグロのグリルを注文した。パスタは濃厚な味で、マグロはぶつ切りの身にミニサラダやポテトの付け合わせが山ほどついてきた。マルタでの最後の夕食を飾るにふさわしいボリュームだった。


 食後に船着き場を散歩した。通り沿いのバルコニーに年配の人が集まってパーティをやっていた。フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」が大音量で流れている。別の方向からはどうみても80年代ポップスな曲が聞こえてくるし、何十年か前にタイムスリップしたような気分だ。


 この感覚はマルタでずっとつきまとった。寂れた温泉街にいるような、時代に取り残されたような、昔の情緒みたいなものをどこにいても感じる。それは近代的なキャリアショップやカフェが並ぶスリーマでも変わらなかった。でも、それが悪いわけではない。むしろそういうところがマルタの魅力なのかもしれない。


 明日はこの島ともお別れだ。

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