マルタ旅行記⑦レバノン料理に恋をする

 ある晩、レバノン料理の店に行った。波打ち際を5分ほど歩いたところにある隣のホテルに併設されている。


 観光地のホテルに入っているレストランは味も内装もぱっとしないものだが、ここは例外だった。中東風のカーペットが敷かれ、異国情緒たっぷりなランプが柔らかい光を放っている。テラスの暗がりで客が水煙草を吸っている。本格的な店らしい。

 私はアラブの食べ物といえばケバブとクスクスぐらいしか知らず、メニューはちんぷんかんぷんだったが、出てきた料理はぜんぶ美味しくてたちまち虜になった。


 マルタで一番美味しかったものは何かと聞かれたら、迷わずここのフムスを選ぶ。フムスはにんにくを効かせたヒヨコ豆と白胡麻のディップで、それをピタパンというもっちりした薄いパンにつけて食べる。

「タブーリ」はパセリとトマトを刻み、レモンとオリーブオイルで仕上げたさっぱりしたサラダ。赤と緑が目に鮮やかだ。

 ビネガーに浸した米と挽肉をブドウの葉で包んだ「ドルマ」。

 牛肉の串焼きはハリッサという辛いディップをつけ、ピタパンにはさんで食べる。肉汁が染み込んだバスマティライスがおいしい。バスマティ米は中東料理によく合う細長いお米だ。


 色とりどりの料理が並んだテーブルは華やかで楽しい。


 2度目にこの店を訪れたときは料理が出てくるのが遅かった。店員に聞いたところ、この辺りのレストランは夜9時半に厨房を閉めるのだという。それ以降も注文は受け付けるけど、準備に時間がかかる。


 この習慣にはなかなか慣れなかった。イタリアでは一般的に食事の時間が遅い。昼食は2時か3時頃、夕食は8時頃で、遅ければ10時を過ぎる。その癖を引きずって夜9時半以降に店に入ると、注文しても前菜さえ出てこないまま40分以上待たされるはめになる。


 そして日本ともイタリアとも違うのは、どこの店も1人前の量がすごく多いこと。普通の感覚で人数分頼んだら、テーブルが見えないほど大量の料理が目の前に並ぶ。スパゲティは2人前くらいあるし、肉料理にはご飯やピタパンや圧倒的大盛りのフライドポテトがついてくる。普通の人なら半分で撃沈だろう。


 それを考慮してか、店によっては「スターター」といってパスタなどを1人前より少ない量で注文できるところがある。価格も安いし、小食の人ならそれ1品で充分だと思う。


 マルタにきたのに、郷土料理を食べる機会がない。店を検索すると遠い市街地にしかないのと、レバノン料理にハマったのが原因だ。なんだかマルタ島の本当の魅力を見逃しているような気分になってくる。海鮮スープとウサギのグリルが名物らしい。


 *


 滞在が終わりに近づいたが、まだ見ていないものがたくさんあった。ゴゾ島も首都のヴァレッタも行っていないし、同居人はトンネル水槽のある水族館に行きたがっていた。宿泊を1日延ばそうか。帰りのフライトの変更料を調べると240ユーロという料金が提示されたが、それでも長く滞在したい気持ちのほうが強くなっていた。


 明日の朝、延泊できるかどうかフロントで聞いてみることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る