マルタ旅行記⑤パスティツィ

 プールにいるマルタ人の男性は大抵お腹が出ている。お腹がぽっこりした中高年の男性は南イタリアにも多いが、マルタのおじさんたちは別格だ。折った座布団が入っているかのようで、貫禄からして違う。2022年の記事によるとマルタの肥満率は28.7%で、EUでもっとも高いらしい。

 その理由のひとつかもしれない食べ物に出会った。


 *


 その日は夕方にホテルを出た。イムディーナという街を観光して食事する目的だ。


 路線バスに30分ほど揺られてしばらく歩くと、イムディーナの門が見えてくる。石造りの街並みは蜂蜜色で、曲がりくねる路地が奥へ続いている。住んでいる人はいるのだろうかと疑うほど静かで、時が300年くらい止まっているような錯覚に陥る。イムディーナはかつて栄えていたが、聖ヨハネ騎士団がヴァレッタに首都を移してからは廃れてしまったという歴史がある。そのため「サイレント・シティ(静寂の街)」という異名がついた。


 滞在も後半に差しかかり、そろそろ思い出になるものを買いたかった。けど午後だからか、カフェやレストラン以外はどこも閉まっている。


 ひととおり歩いてまわったあと、城壁にのぼってみた。見晴らし台からの景色は息をのむほど美しかった。


 イムディーナの外にはラバトという地域が広がっている。もとはひとつの街だったが、砦が建設されると同時に切り離されたエリアだ。そちらにも足を運ぶ。ラバトも活気に欠けていて、時代から取り残されたような空気が漂っていた。


 ラバトへきた目的のひとつは夕食、もうひとつは「パスティツィ」だ。


 パスティツィはパイ生地に具を詰めて焼いたもので、マルタ名物のストリートフード。有名なパスティツィ屋がラバトにある、とホテルのフロントで教えてもらったのだ。しかし店の名前は知らないと言われた。そのフロント係はイタリア人で、マルタのお店は「アラビア語みたいな変な店名ばっかり」なので覚えていないそうだ。


 そこで歩きながらネットで検索し、適当に評判の良さそうな店に入ってみた。


 店内は暗くて狭く、地元のおじさんがひしめいていた。カウンターの真横で巨大なオーブンが燃えていて、熱気がむんむんしている。パスティツィという語感からおしゃれなスイーツ店を想像していたのだが、焼き鳥屋みたいな雰囲気だ。


 パスティツィはリコッタチーズ、チキン、豆の3種類から選ぶ。注文を伝えると、トングを持った男が真っ赤なオーブンからパスティツィを掴み出し、慣れた手つきで紙袋に入れて渡してくれる。1個50セント、日本円にして70円程度。


 店内は息苦しいので、外に出て食べる。


 見た目は油ギトギトだが、味はあっさりしていた。パイは熱くてサクサクで、中はほろほろのリコッタチーズがぎっしり。手のひらにおさまるサイズで、歩きながらでも食べられる。空腹だったら何個でもいけそうだ。


 ボリューミーなおじさんが多いのは、ひとつにはこれのせいかもしれないと思った。おじさんたちのお腹がパスティツィだけでできたわけではないと思うけど、肥満率トップも納得できるおいしさだった。


 *


 夕食を食べられる店を探す。パスティツィを食べたばかりだったが、夜遅いと料理が出てくるのも遅くなるらしいと気づいていたので、早めに店に入りたかった。


 ところが、もっと早くてもよかったと思うほど、ここでのレストラン探しは難航した。

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