マルタ旅行記④コミノ島とコミノット

 コミノ島は、かつて香辛料のクミンが栽培されていたことからその名前がついた。「ブルー・ラグーン」と呼ばれる美しい浅瀬がある。今日はそこへ行ってみようと決まった。


 地図では、ブルー・ラグーンは鮮やかなエメラルドグリーンのインクを流したように見える。どうしてそんな色になるのか不思議だった。


 島へはフェリーで渡る。フェリーといっても、定員15人くらいのボートだ。ラテン系の音楽にのって洞窟を観光しながらブルー・ラグーンに到着すると、船着き場は大混雑だった。どこを見ても人、人、人。狭い砂浜も人だらけで、ビーチパラソルとチェアのレンタル料は20ユーロ。私たちにはやや贅沢な値段だった。前日に行った別の場所は7ユーロでパラソルだけ借りられたからなおさらだ。


 対岸に「コミノット」という小島がある。人が少なくて、切り立った岩肌に日陰がありそうだ。そちらへ渡ってみることにした。ボートは1時間ごとの往復で、帰りの便の最終は16時だという。


「それに乗り遅れたら、ここで寝てもらうことになるからね」


 と、操縦するお兄さんが冗談めかして言ってきた。


 コミノットは島というより岩のかたまりで、垂直な断崖がある。砂は粒が大きく、硬い。浅瀬の水は淡いマリンブルーで、泳いでいる魚と海底の白い砂が見える。今までに見たことがないほど透明な海だ。


 私たちはそこをボートで渡ったが、頭に荷物を載せて泳いでくる人もいた。


 帰りのボートを逃したら、自分たちもそうやって帰らないといけない。


 同居人はシュノーケリングを楽しんでいた。私はシュノーケルが苦手だ。水が入りそうで怖いし、顔を出して泳ぐほうが気持ちいい。水中の生き物とかをそんなに見たいわけでもない(本当はちょっと見たい)。

 といっても、浅瀬はウニだらけの岩があったりするから下はちゃんと見たほうがいい。


 ときどき巻貝を渡されるが、たいていヤドカリが入っている。手のひらにのせると足が出てきて歩きはじめ、またポチャッと水に戻っていく。


 念のため、少し早く最初の岩場に戻った。お兄さんは16時より前にやってきて、私たちだけを乗せてさっさと出発した。他の人を待たなくていいのかと思ったが、細かいことは気にしないらしい。


 マルタに戻る船を待つあいだ、船着き場にはいろいろなボートがやってくる。「赤いチケットの人、乗って!」「こっちは緑のチケットだよ!」と係員が叫ぶ。ルートごとに色分けされているらしい。

 私たちのチケットは青なので、行きの船でいっしょだった人たちと気長に待つ。みんなが持っている、パイナップルをくりぬいた飲み物がおいしそうだった。でもどこで買えるのかわからない。坂の上に売店が見えるが、暑すぎて辿り着くまでに死にそうだ。


 青のボートは客が満員になるのを待ち、30分遅れで出発した。こういうところはのんびりして、いかにも海辺という感じ。


 しかし、ボートはいったんエンジンがかかると水面から浮くほどのスピードで進んだ。


 思わず船のへりにしがみつく。急カーブで海面が45度傾く。遊園地のジェットコースターみたいだ。お客は大喜びで歓声をあげ、到着すると拍手があがった。


 船長のおじさんは拍手にも顔色ひとつ変えず、飄々として妙にかっこよかった。


 *


 この日は焼けた。結構歩いたし、炎天下で待つ時間が長かったのだ。シチリアより南にあるマルタの日差しは強烈で、次の日には両肩と脛の皮膚が薄くはがれてきた。皮が剥けるほど焼けるなんて小学校のとき以来ではなかろうか。


 シャワーを浴び、dopo soleドポソーレを塗る。焼いたあとの乳液で、肌を保湿してくれる。これと日焼け止めは絶対に欠かせないが、ライアンエアーは預け荷物に追加料金がかかるのでボトル入りの液体を持ってこられず、着いてからホテルの売店で買うしかなかった。それがまた足元を見た価格で、全身にたっぷり使わないといけないのにケチってしまう。


 水着は毎日洗う。しかし乾きにくい。イタリアの海辺なら2、3時間でカラッと乾くのに、ここでは翌朝も湿ってごわごわしている。洗面所の栓が壊れていて水を溜められず、ちゃんと塩を洗い流せないのも一因だ。湿度は毎日80パーセントほどで、日本の夏のようなベタベタした蒸し暑さはないものの、ビーチタオルや洗濯物が乾かないのは気持ちが悪い。

 

 夜は風が強い。飛んでくる砂が目に入る。なんとなく、ここの気候は合わないなと思った。

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