マルタ旅行記③メラ、メラ

 翌朝、カーテンをあけると目の前に海が広がった。


 思わず感嘆の声を出しそうになる。昨夜は真っ暗で何も見えなかったが、今はふたつの島が見渡せた。ああ、地図で見たマルタにきたのだなと思った。


 マルタは「マルタ」、「ゴゾ」、「コミノ」の3つの島からなる。最も大きいのがマルタ島で、ホテルはそこにある。ゴゾ島では夕方になると花火があがる。一番小さいコミノ島は住人が3人しかいないらしい。


 空気は生暖かくて湿った匂いがする。時差はないし、1時間半移動しただけなので外国にきた感じがしなかったが、この湿度だけでそれまでと違う国にいる実感が湧いた。


 朝食はビュッフェ形式でパンや卵、果物、ケーキなどから好きなものをとる。飲み物はドリンクバーがある。イタリアの大きめのホテルとあまり変わらない内容だが、いくつか特産品らしい品があった。アニス風味のビスケット。イタリアのビスケットに似てシンプルな食感。オレンジマーマレード。パンにつけてもビスケットにつけてもおいしい。

 私たちはこのふたつが大変気に入り、ほぼ毎日食べ続けた。


 6月下旬でも日差しの強さは相当なものだ。プールサイドは風が心地よく吹き抜け、暑さも気にならない。滞在客はデッキチェアで寝たり水に浮いたり、ペーパーバックを読んだりして思い思いに過ごしている。肌の色や装いは多様だ。ヨーロッパ系だけでなくアジア系や中東系もいる。イタリアの海辺のホテルでは見られない光景だ。

 ひとりだけタブレットを持って絵を描いているらしい人がいた。どんな作品か、ちょっと興味がわく。


 地元の人はたいてい大人数でやってきて、プールで輪になって賑やかに雑談する。


 その言語は不思議な響きをもっている。


 英語が話されているのは知っていた。来てみると英語のほかにマルタ語も話されていて、このふたつが公用語だということを知った。マルタ語は語彙の約半分をイタリア語とシチリア方言から取り入れているが、文法はアラビア語なので、イタリア人が聞いてもさっぱり理解できないらしい。もちろん私も全然わからなくて、イントネーションの多い奇妙な言語に聞こえる。


 いくつかのマルタ語を覚えた。

 Noを意味する「レ」。

 イタリア語のVa bene(OK、いいよ)に相当する「メラ」。メラはいろいろなニュアンスを持ち得る便利な語で、OKというのもたくさんある意味のひとつでしかないようだ。


 「メーラー、メーラー」


 と口にしてみるだけで、なんとなくマルタ語が話せるようになった気分になれて楽しい。それほどマルタの人たちの会話にはメラが実によく出てくる。


 *


 三食のうち宿泊代金に含まれているのは朝だけなので、昼と晩は自分たちでどうにかしなければいけない。しかし、市街地から離れていて周辺に店がほとんどない。さいわいホテルの中にカフェがあるので、ランチタイムに行ってみた。


 ハムとチーズのトーストや、イタリア風のパニーノ、みじん切りの肉と野菜をトルティーヤで巻いた「ファヒータ」など、種類が豊富でおいしい。値段は一番安くて6.8ユーロなのであまりお財布に優しくないが、レストランに入ったら倍以上かかる。昼はここで食べるかテイクアウトが習慣になった。


 問題は、どれを頼んでも結構な量のポテトチップがついてくることだ。旅行中はただでさえ太るし、カロリーが心配だが、捨てるのはもったいないし、炎天下で食べる塩味がたまらない。結局、毎日完食した。


 後日、体重計に乗ると2キロ太っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る