マルタ旅行記②出発~到着

 結局、彼は出発することを選んだ。待っても回復するかどうかわからないし、フライトやホテルの変更は面倒。なら行ってしまったほうがいい。現地に着いたらデッキチェアで寝ていればいいのだし、具合が悪ければホテルの部屋にいたっていい。


 そうと決まったので大急ぎで準備した。オンラインチェックイン(※)を済ませたところで問題発生。搭乗券を印刷しないといけないのに、できない。家にプリンターがないのだ。そこで同居人の父親に職場で印刷してもらった。仕事中にもかかわらず、彼は私たちをバス乗り場まで送ってくれた。


 空港までは1時間ほど。割とギリギリである。


 着いてみると、マルタ行きのライアンエアーは25分の遅延だった。遅れはさらに延びて1時間になった。焦る必要は全然なかった。


 同じ飛行機にはハイテンションな大集団が乗っていた。搭乗前からすでにカクテル片手にいい感じになっていて、陽気に歌ってめちゃくちゃうるさい。なぜかハワイアンなレイを首にかけているやつがいる。これからビーチ、というよりはスタジアムに観戦に行くような熱気だ。こいつらが暴れて飛行機が墜落するのではないか、と少し心配になった。


 うち1人は結婚を控えていて、お祝いを兼ねているらしい。


 イタリアには「アッディーオ・アル・チェリバート(独身にさよなら)」といって、結婚式前の新郎が友達とパーティーをひらく習慣がある。男だけでストリッパーを呼んだりすることもあるそうだが、同じ飛行機に新婦らしき人も乗っていたので、はめをはずして遊ぶというよりは仲間うちで楽しく旅行にきている感じだった。


 飛行機はバーリ(※)を飛び立ち、地中海を一路南西へ。所要時間は1時間20分。


 マルタ島はシチリアの南100㎞ほどのところにある。イタリアと近いけど、「マルタ共和国」というちゃんとした別の国だ。私はイタリアから国境を越えて旅行したことがほとんどなく、飛行機でシェンゲン内を移動するのも今回がはじめてだった。


 ひとつ懸念があった。搭乗の際、係員の女性が私のパスポートをじっと見て「ビザはないの?」と聞いてきたのだ。


 は?


 日本国籍ならビザはいらないはずである。もしかして搭乗させてもらえないのだろうか。係員は同僚に聞いたりスマホで調べたりしたあと、納得いかない顔で私にパスポートを返した。


 この一件があったので、飛行機に乗っているあいだずっと不安だった。着いたあと、また頓珍漢なことを言われて足止めされたらどうしよう。知らないあいだに入国条件が変わったのかもしれない。しかし、私たちは飛行機を降りてそのまま、あっけないほど簡単に到着ロビーに出た。シェンゲン領域内の移動だから入国審査はないらしい。


 マルタは夜だった。


 なお、同居人は飛行機に乗っているあいだに元気になった。それまでの数日間ぐったりしていたのが嘘みたいだった。旅行という非日常に身を置いたせいだろうか。旅に出る緊張感や高揚感は癒やしのエネルギーなのかもしれない。


 夜遅かったので、私たちはルームキーを受け取り、イタリアから持ってきたフォカッチャとサンドイッチを食べてすぐに寝た。


 ホテルは島の北端にある。明日からここを拠点に観光することになる。



※オンラインチェックイン:時間が節約できる。ライアンエアーでは出発の2時間前がリミット。

※バーリ:プーリア州の州都。

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