車内異臭騒ぎ

 イタリアにも日本の新幹線っぽいものが走ってます。国鉄が民営化されたTrenitaliaトレニタリア社の特急フレッチャと、民間の高速鉄道Italoイタロ。体感ではイタロのほうが遅れや運休が少なく安定してますが、近年はもっぱらイタロが通ってない南にばかり行っているので乗る機会がありません。


 フレッチャには3種類あってFrecciarossaフレッチャロッサが最も早く、最高速度300km/hだったかな。新幹線の速度とか私は全然知らないんですが、山陽新幹線の「のぞみ」と同じらしいです。フレッチャロッサは「赤い矢」を意味し、車体も鮮やかな赤い色をしています。


 ローマから海沿いに南の方へ行くときはFrecciargentoフレッチャルジェント(銀の矢)かFrecciabiancaフレッチャビアンカ(白い矢)がきます。速度は劣るけど乗ってたら分からないし、快適だし、ほとんどは何の問題もなく目的地に着きます。


 で、そのフレッチャでバーリ方面に南下していたときのこと。


 クリスマスシーズンで車内は満席。私は漫然と車窓からの風景を眺めていた……って書いたら無駄に渋い大人の一人旅って感じしますね。いや単に疲れてるだけ。なんせ片道合計8時間あるし、Wi-Fiは使えないし(ある地点を過ぎるとなぜか繋がらなくなる)。飽きるし。好きなんですけどね、列車の旅。


 で、ぼへっとしていたとき、静かな車内に年配の女性の声が響き渡りました。


「すみません、靴を履いてもらえます? 足が臭いんですけど」


 どき。でも脱いだ記憶ないけど。


 すると、

「え? 俺の足は臭くないよ」

 と同じく年配の、今度は男性の声。


 どうやらどっかのおじさんの足が臭いと文句言われてるらしい。座席が四人掛けのボックスなので前後を見渡しにくく、誰がしゃべっているかは見えません。


 どちらも貫禄ある感じの声でしたねえ。


「俺の足じゃないよ。俺の足はめちゃくちゃキレイなんだから」

「きれいかどうかは関係ないでしょ。列車の中で靴を脱ぐもんじゃありませんよ」


 この瞬間、脱いでた他の人は全員急いで履いたんじゃないですかね。足が臭いという指摘を当のおじさんは受け入れられないご様子。車内は終始シーンとしてましたが、近くの席の人は真顔を保つのに苦労したんじゃないでしょうか。


「とにかく靴を履いてくださいよ。空調の風であなたの足の臭いがここまで漂ってくるんです」


 それは辛い。


「臭いのは俺の足じゃないって言ってるだろ」


 確かに、なんでその人だと分かるのかって話ですね。後ろの人の靴下が異臭を放ってたのかもしれないし。自分の足が無臭だって確信もどこからくるのか分かりませんが。いや臭いだろ。


 脱ぎたくなるのは分かりますけどね。


 その後、通りかかった車掌も巻き込んで喧嘩がエスカレートしそうな雰囲気にもなったんですが、最後には「さっきはすみませんねえ」「いやこちらこそ」な感じで和解しつつ同じ駅で穏やかに降りていきました。


 そのあと「ちょっとお時間あります? そこでコーヒーでも」って展開で恋が芽生えたら足臭からはじまった恋ですね。


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