義姉の話


「ボクは……自分のことはあまり話したくないんだけど……」


 、語って上げるかと思った。

 思い起こせば、この子フルティカルの兄……あいつアトルシャンと初めて会ったのは、いつぐらいだろうか?


「ボクみたいな、戦闘しか興味がない女を妻にするなんて、普通の男じゃ思わないだろ?」

「今日は……いえ、あなたはキレイです。だから兄も――」

「あいつがボクの容姿で決めたとでも?」

「金色の瞳、銀の髪もそうかもしれませんが、兄はそんなことでは――」

「言わなくていいよ。あいつのことは十分すぎるぐらい知っている」

「アタシは子供の頃の兄しかしれません。義務任務のために子供の頃しか一緒に暮らしていなくて……」


 ここの兄妹もボクと同じような家庭環境なんだろう。

 当時はボクは姉上にとっての駒でしかなかった。

 でも、あいつはボクを駒とも思っていないようだ。


 使い捨てに背中を預けるような、大馬鹿者か?


 そのように育てられたボクを、引き抜いた。

 ましては、いつ牙を剝くかもしれない猟犬をつれて、世界中を。


「あの時は、幸せが逃げて行く気がした……」


 ※※※


 ボクの生まれた国は、山間にある小さな国だった。

 貧しい国で、まともな産業もない、魔法学も錬金学も劣っていた。

 あるものは人ぐらいだろう。そのために、若者のほとんどは軍人になるか、海外に出て傭兵として働き、国を支えていた。でも、何度も山を下りて他の国を見て回ったが、ボクの国ほど美しく穏やかな世界はなかったとおもう。

 突き抜けるような青い空、谷間を抜ける涼やかな風、春から夏にかけて広がる碧い草原に、秋や冬への白銀の世界。


 そんなボクの国にはひとつ、不思議なことがある。


 王位継承者には必ず双子が産まれるというものだ。


 そして、伝統に則り、産まれた順番でその子には役割が決まっていた。

 表の政治を取り仕切るのは最初に産まれたものの役目。次に産まれたものは裏を……つまるところをおこなう習わしだった。


 それが、男だろうと、女だろうと……。


 それに倣い、姉上が君主となるべく社交界や表の政治で活躍して、妹であるボクはその後ろで隠れて政治工作汚れ仕事で活躍するととなった。そのためにボクは子供の頃からずっと、感情とやらも殺し、跡継ぎとは育てられず、ただひたすらとして育てられた。


 どうしてそんなことをするのか。


 こんな小さな国、取り囲む大国が本気になればすぐにでも潰されるだろう。でも、それが起きないのは、政治工作してるボクらがいるからだ。


 そう信じている。


 ボクが信じれた理由は、各国はボクらを利用していたからだ。優れた工作技術……暗殺やら裏工作など、汚い仕事を請け負う代わりに国が保証されていた。

 最初は、そんな仕事は嫌だった。だけど、国が保たれるのなら、ボクはこの身を捧げようと誓った。


 愛しの祖国、愛しの姉上のために……。


 しかし、協会君達は現れた。


 ボクらの国の未熟な錬金学では分からないものが、この国に見つかったらしい。ただの石の塊に目の色を変えて飛びついてきたのには驚いた。


 そして、ボクらの国をあっちこっち掘り返しはじめた。

 ボクが出来るのは国を守ることだけだ。つまりは姉上の考えのままに。そのように育てられた。だが、君達は抵抗するものがあれば、豊かな資金源で黙らせ、それでも抵抗するものがあれば、優れた錬金学で造り出したで火を噴く鉄筒で排除してきた。


 君等の言葉を使えば、軍靴で踏みつける、と言う感じだろう。

 近隣諸国が手を出さなかったボクの国に、ズカズカと踏み込んできたのだから。


 それは微妙なバランスで保たれていたこの国を変えてしまった。


 儲け話とばかりに君等に組いる者。君等を拒否し静かな祖国を取り戻したい者。それは近隣諸国を巻き込み、内戦状態に落ち込んでしまった。

 混乱した国に君等はチャンスとばかりに、実権を握ろうとした。


 姉上は君等を利用することを決めた。

 勿論、反対意見は多かった、それは内戦の原因となった者と手を組むことだから。

 ボクは……よくは分からなかった。だが、他の陰の代表者が反対するのは、マズかったのだろう。ボクを賛成者に回すために、あまり顔を合わすことのない姉上が、ボクの前にわざわざ現れたのだ。そして、話をした。

 君等を内戦の沈静化に利用するだけ利用しよう。そののちに君等から国を取り戻そう、とボクに話してくれた。

 ボクは愛しの姉上の言葉を信じた。信じる者はそれぐらいしか無いから。


 そして、姉上は言葉通り実行をして内戦を鎮静化した。完全な平和とまでは行かないまでも、目立った戦闘は起きてない。

 あの時までは……。


 君等が姉上の考えに気が付いたのか、先手を打ってきた。

 すでに結婚適齢期に達した姉上に、婚姻見合い話で取り込もうと考えたようだ。国家同士で親戚関係を結んで繋がりを結ぶのはよくあることだ。

 だが、君等は国家を母体とはしているが、あくまでも複合組織だろ?

 まあ、君達がそんな組織ではなく、もっと複雑怪奇なものだというのは知ったが――その時は、その程度でこの国を乗っ取れると舐められたものだと、姉上は言った。


 手始めに、それで頓着しないでのこのこやってくる婚約相手馬鹿を反抗の狼煙としよう、と。


 その時、初めて君の兄上……あいつの顔を見た。


 光画フォトグラフとかいう目で見たものをそのまま写し取る紙に、あいつの顔が切り取られていた。

 最初は……正直に言うと、姉上には相応しくない、よくもまあ、姉上の婚約相手にこんな男を選んだ、と思った。同年齢の男が他にいなかったのだろうか、はたまた行きそびれているだけたろうか。

 ボクの国にだっている。図書館か、研究室にいそうな、神経質そうな……胃が逝かれたような顔――昔みたいに肖像画だったらもう少しまともに描かれていただろうが、如何せん光画はありのままを写し取る。

 ただ……ただ、生気のないその目は、ボクはよく知っている。

 光画とは人の心の中まで写し取るものなのかと関心をした。


 ボクと、同類の目だ。この男は……。


 ――ゾクゾクした。感情を表に出さないよう訓練されていたボクでさえも。


 でも、姉上はただひとつ。君の兄上、あいつが油断したときに暗殺する仕留めることを命じた。


 前に言っただろうけど、姉上とボクは双子だ。

 容姿は瓜二つ。影武者になって暗殺を起こしたことは幾度もあった。同じような手はずで仕留めればいい。

 ボクの一時の動揺など問題はない。


 だけど……ボクを見た瞬間、あいつは見抜いた。ボクらが入れ替わっていることを……。


 そして、自分に牙を剝こうとしていることに気が付いた。

 姉上とボクの計略考えなどさしずめ華の棘。一時は痛いかもしれないが、気をつければどうでもないことだ。


 あいつは姉上とボクのとの間に踏み込み込んできた。表と陰の関係を断ち切るように……。


 でも、ボクの手を先導のばしてくれたのは、あいつが初めてかもしれない。

 今までボクは、黙って人の命令に従っていただけだ。

 自分で考え、行動するなど、ボクにとって未知のことだ。


 ※※※


 フルティカルはボクの話を黙って聞いていた。


「その後のボクとあいつとの関係は、報告書を出しているから知っているだろ?」

「はい。困難と思われる任務を次々と達成……というか、ふたりで暴れたんですね」


 その後、ボクは協会にスカウトされた。

 培ってきた技能がいかせられる。

 協会のキメラ法の監視任務。

 あいつはそれを邪魔するというのなら、直接的な力の執行はいとわない、という。

 ボクはただ邪魔者を排除するだけだ。


 それに……


「――楽しいよ。そう実に楽しい!」


 ボクは自分の両手を見つめた。

 白い手袋をしているが、この下の手はいつも汚れているそうだ。

 人を何度も殺してきたのだ。あいつと会う前から。

 普通だったら……いや、普通というのがよく解らない。あいつもそんなことを教えてくれなかったが、何度となく任務の時に言われたこと。


 あなたの手は汚れている。と……。


 でも、汚れているけど……ボクは興奮した。

 陰の者として生きてきた自分には感じられなかった、いろいろなものを手に入れたし、体験もした。

 これは辞められない。実に愉快で心地よかった。


「あいつだって、そうだろ? それに君だって……」


 同意を求めるつもりだった。

 フルティカルも同じようにキメラ法の監視任務をしてきたのだ。だが、フルティカル彼女の顔は言葉が詰まっている……触れられたくないものを、見せられたような顔をしているではないか。


(ボクには何故なのかよく解らない……)


 前にも……そう、手が汚れているといった話をされたときも、その人にそんな顔をされた。


 フルティカルは、しばらくして絞り出すように口にしはじめた。


「――こんな日にいう言葉ではないですが……。

 正直言っていいですか? あなた方は似たもの同士です。争いの時なら英雄かもしれませんが、今は……」


 似たもの同士……言われてみれば、あいつとボクはそうかもしれない。

 争いもしていない世の中では、ボクらのような人間は表舞台に顔を出すべきではないだろう。


「――ボクもそう思う。だから、こうして決めたんだ……」


 ずっとボクは姉上の陰にいた。それを君の兄が光を見せてくれた。いろいろな人の心も……。


 少しぐらいいいではないか、光を浴びたって。


 でも、今でもボクの心の中にこびりついていることがある。

 姉上の命令……それは絶対だ、と子供の頃からすれ込まれてきた。


 拭い払うことは出来ない。


 そう、ボクはいつか……あいつが油断するまでは、味方でいるつもりだ――だから、その瞬間までは、光を浴びたって……。

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記憶を踏みつけて愛に近づく……またはボクに如何にして片寄った愛が生まれたか 大月クマ @smurakam1978

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