記憶を踏みつけて愛に近づく……またはボクに如何にして片寄った愛が生まれたか

大月クマ

祝うべき日の挨拶

 兄が結婚する。


 最初はアタシ、フルティカル=ミックスは何かの冗談かと思った。

 偏屈で、何を考えているのか解らないあの兄のアトルシャンが……まともに人を愛せるかどうか、甚だ疑問だったからだ。


 兄が人間的な情熱に目覚めたのか?


 自分の兄にこんなことを言うのも何だが、早々あの偏屈が変わるとは思えない。

 神経質そうな顔をして、何を考えているか解らない兄が、急にそれに目覚めるものだろうか?


 アタシの家族は魔法協会――正式名、ミステリウス錬金学魔法士協会――に結成当初から深く関わっている。現、会長は祖父お爺ちゃんだ。

 この協会は錬金学と魔法学の発展と技術共有を目的として設立されたのだけど、それにばかりでなく、各国の軍事協定などを監視する役割も付属されている。

 最新の錬金学や魔法学は、容易に戦争の道具となり得るからだ

 その昔、アタシより数世代前に、それを用いた『錬金生物キメラ』を造り出し、各国はヒドい戦争をしたとか。その反省から『錬金生物拡散防止協定』通称、キメラ協定と言うものを結んで、戦地でのキメラの使用を禁止、所有を制限する条約を締結。そして、協定がちゃんと護られているか監視する任務を魔法協会に丸投げしたそうだ。

 でも、いくら監視しようと、ずる賢い人間はいるもの。


 アタシの家系は代々そんな悪い人間を逮捕する懲らしめる役割を担っていた。

 兄のアトルシャンは、任務の遂行率がトップクラスの人材。だけど、それは兄が人の感情を持ち合わせていない。それは言い過ぎかもしれないが……ともかく、兄という人間は感情に流されないからだろう。

 任務遂行のためなら何でもする、それがあたしの兄、アトルシャン=ミックス。

 たとえ人の命を奪おうと、法をねじ曲げても……。


 アタシにはマネが出来ない。


 この仕事をしていて自分が所属する協会が、絶対正義というわけではないことに気が付いたからだ。全体はいいかもしれないが、その裏では何人もの人が泣かされているし、人知れず命を絶たれることもあった。

 それを思うと、いても立ってもいられなかった。


 そして、抵抗はした。だけど、まだアタシには知恵も権力もない。

 いろいろやってみたが、アタシはまだ浅はかな少女でしかなかった。巨大になった協会の力には遠く及ばなかったのだ。


 そして、会長の親族ということもあってだろう。協会への抵抗の結果は、謹慎という形で本部が置かれている生まれ故郷のミステリウスに閉じ込められている身だ。


 でも、いつかそんなことが無い世の中にしたいと思っている。


 そんなくすぶっていたアタシのところに届いたのは、先程の兄が結婚するというのだ。

 実を言うと兄とは、子供の頃ぐらいしかまともに暮らしていなかった。

 うちは特殊な家系のために、錬金学や魔法学の知識と技能を叩き込まれると、一六歳ぐらいには世界各地を周り、任務に就く事になっていたから。

 もちろん、旅先で会うこともある。

 だけど、優秀な兄と比べられることがあり、アタシは苦手だった。


 一緒にやる任務も、このも……。


 そして、アタシの姉になる人物は、一度だけ会ったことがあった。

 兄の補佐役だという。しかし、兄のような人は単独行動を好んで、助手や補佐などは必要としない、そう思っていた。


 その義姉になる人の名前は、レディ・レックスという。


 その時の第一印象はキレイな人だと思った。

 よく言えば潤んだ悪く言えば眠たげな、宝石のように透き通った琥珀色の瞳。癖の強い腰まである銀髪を長い一本の三つ編みに括り、陶磁器のような白い肌をみれば、誰だってそんな感想を抱くんじゃ無いのかな?

 どこかのお姫様か、はたまた天使のような、神秘的な感じのする人だった。


 ひょっとして一目惚れ?


 確かにアタシの目から見ても、レディさんはキレイだと思う。


 だが、彼女の容姿は見かけ上だけの話。

 レディさんは、何というのか……肉弾姉さんだった。

 それは明らかに幼い頃から、暗殺業やら様々な戦闘技術を叩き込まれている戦い方だ。振りかざす武器は確実に急所を狙い、肉体はゴムのように跳ねる。数人の野盗などは、表情を変えず……いや、むしろ、レディさんは絶対楽しんでいるだろう、暴力を。


 兄もそんなところがある。


 報告書が出されて閲覧する限りでは、ふたりの任務は万事上手く遂行しているようだ。あのふたりの戦闘スタイルでは、彼女が物理的に、兄が魔法で任務の障害を排除する……排除と、言っているが実際は一方的な暴力だろう。もちろん、キメラ協定を守るために作られた『錬金生物キメラ協定監視法』の範疇でのことだ。そのはず……で、なければ人を傷つけ、殺めることは犯罪だ。

 だからといって、どれだけの犠牲が出ているか解らない。


 求めるものが一致したと言うことか?


 協会の名を借りて、協会の任務の範疇で、暴力をふたりは楽しんでいる。だとしたら、アタシの嫌いなことだ。それでアタシは協会ともめて、今は謹慎の身だ。

 真意は本人達にしか解らない。


 結婚式にそんなことを考えるべきではないのかな?


 祝うべきなのだろう。兄が結婚を決めたということだし、相手にも失礼だ。

 気になることは確かだ。


 気になる。

 気になる……。

 気になる…………。


 ああ……気になって兄の結婚式なんて、まともに出席できない!

 大体、あの兄の求婚プロポーズに、よくもレディさんという人は承諾したものだ。


 兄に聞きたいが、うちの宗教上、結婚式間近の新郎には女性は近づけない、何て決まりがある。そのために兄は半ば監禁状態だ。魔法でチョチョッと――転送魔法で――部屋に入ってしまえばいいが、絶対にバレる。

 アタシも、謹慎中でもめ事をこれ以上起こすのは避けたい。

 反対に新婦は男を近づけていないので、アタシがいっても問題にはならないだろう。それに、義姉になる人の事をもっと知らなければ……。


 曲がりなりにもになるのだから。


 ※※※


 新婦の控え室にやってきたアタシが、顔を出したことにレディさん義姉は、


「――何か用……」


 と、式を前にして緊張しているのかと思ったが、そのハスキーボイスは落ち着いている。

 むしろ、すこし不機嫌そうな顔をしている。


「――結婚、おめでとうございます」

「はあぁ……朝からそればかりだ」


 アタシは形式的に挨拶をしたが、レディさんは大きくため息をついた。どうやら朝から挨拶ばかりされていて、疲れているのであろう。

 

 そして、着ている純白のスカートをちょっと持ち上げた。


「それにこんなチャラチャラした服は、ボクは嫌いだ」

「花嫁なんですから、そういうのを着ないと……」


 そういえば、前にあったときは素朴というか、ピッチリとした堅い革製の服を着ていた。動きやすくするためにプロテクターも最小限。戦闘スタイルが肉弾戦なのだから、そちらの方が気に入っているのだろう。だからといって、それで結婚式に出るのはどうかと思う。その場所には、その場所に相応しい服装がある。

 アタシだって、裾を引きずるような長いスカートは嫌いだ。


だとはいっても、これは……」


 と、レディさんは部屋にある大きな姿見で自分の姿を観察している。

 今は肩の開けた純白のウエディングドレス姿。肌の色が白いので、どこからどこまでが素肌なのかよく判らないところがある。これにテーブルに置かれたティアラ――ウチの家宝――を頭にベールを顔にかけ、ネックレス――これもウチの家宝――も首に飾る。


 やっぱり、この人はキレイだ。元々の素材がいいんだ。

 肉弾姉さんでなければ、もらい手はいくらでもいそうなのに、なんであんな兄のプロポーズを受けたんだろうか……。


「で、ボクに何か用なの?」

「えっ、ああ……」

「みんな、ボクに挨拶したらすぐにいってしまうのに、君はずっといるけど……」

「えっと……こういうときに、聞くのは何なんだけど……」


 どうして兄と結婚することを決めたのか、それを聞くためにここに来たのだ。

 それとアタシの疑念も解決しなければ……。


「――どうせボクが結婚する理由を聞きに来たんだろ?」


 アタシが口ごもっていると、心の中を見透かされたように彼女は口にした。

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