第18話 【呪い?】

     ── 18番目の扉へようこそ──  



 念力なのか、呪詛なのか、偶然なのか・・・・な体験です。


 小学6年の時、クラスにNという意地の悪い男子がいました。

 いわゆるイジメっ子なのですが、ジャイアンのような見た目も含めて単純で分かりやすいタイプではなく、子供のくせに狡猾というかズル賢く立ち回りが上手く、先生や保護者受けは悪くなく、けれど女子や大人しく弱い系の男子には隠れて卑劣な意地悪をするような実に嫌な奴でした。


 いわゆる底意地の悪いタイプです。


 Nは町の某医院の息子で、そのことを特に鼻に掛けており、その言動に『俺は医者の息子だからお前らとは格が違うんだ』という、だから何?的な自己顕示欲の塊といった俺様で、ロックオンした被害者に対してはネチネチ嫌みを言い精神的に弱らせるような陰湿なイジメをしていました。


 注意や抗議をするクラスメートもいましたが、それによりロックオンされると逆恨みでしつこく粘着されることが分かっていたため、正直、みな関わらないようにしている状況でした。


 ある日の放課後、Oという、幼児期の火傷の痕が顔から首にかけてある男子にいつにも増して嫌みで絡み、それはいくら何でも言い過ぎだ! という暴言(バケモノ扱い)を吐いているのを見かねた私とB子、C子の3人がかなり強めに抗議をしたところ、猛烈な逆ギレで私たちの容姿や何やらを口汚く罵ってきた上、イスを投げつけてくるという暴挙までやらかしてきました。


 そこで激昂したB子が、Nが捨て台詞で出ていったあと私とC子に「ちょっとついて来て! あいつ許さない!」と怒りの表情のまま言ったため、とりあえず従うかたちで校庭の隅まで3人で歩いて行きました。


 桜の大木が並ぶ裏側のスペースに着くと、B子がランドセルの中から鉛筆を取り出し、尖っていない方を使い無言で土に何やら線を描き始めました。


 何なのか? という私の問いに対しB子は「まあ見てて」と言い、やがて出来上がったそれはかなり大きめの人の形をしていました。


「ヒトガタ、って言うんだよ」

 不思議そうな顔つきのC子と私に対し、B子はそう言いました。

「ヒトガタ?」

「そ。で、これに──」

 続いてB子はそのヒトガタの顔の部分に目鼻口をざっと描き、そして胴の中央にあのNのフルネームを力を込めて書き込みました。

「?!」

「??」

 何をするんだろう──私とC子は顔を見合せ小首を傾げました。


「えーと・・・・あ、これとこれがいいや。はいっ」


 B子は地面に落ちている石を2つ拾うと、ポカンとしたままの私たちの目の前に差し出しました。


「え? 石で何するの??」


 私からの当然の問いにB子はニヤリとすると、「こうするの!」と強めに言い、自分用に拾った石でヒトガタをガンガン叩き始めました。


「このクズ男っ! 弱いものイジメばかりすんな! 人の悪口ばかり言うな! 馬鹿のくせに人を馬鹿にすんな! 医者の息子だからっていばるな! 不細工なくせに女子にブスブス言うな! 可哀想なOをイジメるな!」


 B子は日頃そうとうNに対し鬱憤や怒りが溜まっていたらしく(クラス内にそういう者は多数いたとは思うけれど)、悪口雑言を吐きながら猛烈な勢いでそのヒトガタを叩き、仕上げに足で力任せに踏みつけました。


「さ、2人もやりなよ!」


 B子にそう促されすぐに動いたのはC子でした。

 実はC子は母子家庭で、しかも母親が新聞配達とスーパーのパートを掛け持ちしており、そのことをNに馬鹿にされたことがあるのです。

 貧乏人! と──


「このクソッタレっ! よくもお母さんのことを悪くいったな! 許さない! 絶対許さないっ!」


 B子に負けず劣らず、C子も目一杯の力で石を打ちつけ、そしてやはり仕上げに足でガンガン踏みつけました。


「さ、早く!」

「やっちゃえ!」


 次は私の番、と、息が上がるほど力を出し切った感の2人に促され、私はすでにボコボコになったヒトガタを見て、一瞬の躊躇を感じましたが、Nが私の家が借家であることや容姿のことを馬鹿にしたこと、そして何より障害のあるOのことをバケモノ呼ばわりしたことなどが一気に脳裏に蘇り、私はグッと石を握りしめました。


 そして、すでにボコボコな胴体ではなく、何故か2人があまり打たなかった頭部をガンガンやりながら、「お前みたいなクズはこうしてやる!」と、特に簡易に描かれた目の所を掘るほどに石を打ち付けました。


 仕上げにその石を右目の部分に埋めるように足で踏みつけ、そして3人の鬱憤晴らしは終了しました。


「効果あるといいなぁ」


 帰り道、B子がふと、そう言いました。


「効果? って?」


 クズ男Oに対する怒りの爆発、鬱憤晴らし、ストレス解消──そういう行為と思っていた私はB子に尋ねました。


 すると──


「ストレス解消じゃないよー。あれは、の・ろ・い」

「えっ?!」

「の、呪い?!」

 

 唐突なその言葉に私とC子は驚きを隠せませんでした。


「いいじゃん、あんな奴、どうなったって」


 もともと強気で持論を曲げないところのあるB子でしたが、それ系の話をしていたことはなかったため、正直とまどいを感じはしましたが、あれほど性格の悪い嫌な奴もそうそういないだろうと思うほどにNは性悪でしたから、結局は「ま、そうだね」で話は終わりました。

 

 が、驚きで唖然とする事態はすぐに、その翌日に起こりました。


「痛ってぇ、くそっ」


 悪態をつきながら始業時間ギリギリに教室に入ってきたNの姿を見た時、私もB子もC子も瞬時に顔を見合せました。


 Nは──眼帯をしていました・・・・【右目】に。


「どーしたんだよ、それ」


 Nの取り巻きのHが早速ツッコミました。


 するとNは──


「昨日の夜、父さんに瓶ビールあけてくれ言われて栓抜き使ったらさぁ、蓋が目を直撃したんだよ!」

「うわ、危ねぇじゃん!」

「ほんっとだよ! 痛てぇーよ」


 その会話を聞きながら私は内心ビクッとしました。

 右目・・・・そこを攻めたのは私、という自覚があったからです。


 すぐに先生が来たため口には出しませんでしたが、

斜め前の席のB子が振り返り私に向けてピースをしました。

 少し離れた席のC子に目をやると含みのある表情で同じくピースをしています。


「すごいよ! 効いたよ!」 

「効いた!効いた!」


 1時間目が終わり2人は私の所に速攻でやって来ると嬉しさを隠せないという様子で口々に言いました。


「いや、偶然じゃ・・・・」


 教室の隅に移動し、私がそう言うとB子は「んなことないよ、絶対あれが効いたんだよ。だって右目だよ? しかもビールの蓋が目を直撃なんてさ、普通ないでしょ!」と嬉々とした表情で言い、次いでC子も「最後に石、埋めたじゃん? 右目のところに。どう考えても偶然じゃないよ、凄いじゃん!」とノリノリな様子。


 私の、もし本当にそうだったなら、むしろ私としては気味が悪いんだけど──という気分は2人にはまったく伝わりませんでした。


 ところがその日、Nにさらなる災厄が降りかかりました。


 それは5時間目、図工の時間のことです。

 その日は4回にわけて作成してきた版画の仕上げの日で、バレンを使って刷りあげる作業を、各自行っていました。

 そしてある程度その作業が進んだ頃、突然「うわぁ

っ」という声が教室内に響きました。


 N──でした。

 

「痛ってぇぇー」


 皆が一斉にそちらを見ると、Nは眼帯をしていない方、つまり左目を押さえて呻いています。


「どうしたの!」


 先生が近寄り声をかけると、Nは目を押さえたまま、「バレンが、目に入って──」と苦しげな声で言いました。


「ええっ? バレン?! 何でそんな?!」


 はああ?!──先生同様、まさにクラス中がこんな

感じでした。

 バレンが目に入る??

 いやいや、ビールの蓋が目に飛び込む以上に有り得ないでしょ。

 バレンを手につけたままブンブン振り回していたならともかく──あまりに不自然。


 Nはそれから保健室に行き、結局その日は教室には戻らず、家族の迎えで早退をしたようでした。


「あれ、消した方がよくない?」

「まあ・・・・そうしとく?」

「だね」


 放課後、ひとしきりまた盛り上がったB子C子も少し冷静になるとあのヒトガタがあのままになっているのが気になり出したようで、私の提案をすんなり受け入れ、早速あの場所に向かうことにしました。


 一階の下駄箱の所でスニーカーを履いた時、外からOが入って来ました。


「あ、O君」

「帰ったんじゃなかったの?」


 私とB子が声をかけるとOは「うん、ちょっと忘れ物」と言い、上履きを出すと「あ、そうだ」と、外に出かかっている私たちの方を向きました。


 そして──


「ありがとう」


 Oが唐突に言いました。


「ん? え、何?」

「あ、Nに怒ったこと?」

「あいつ、あれは酷いよねー」


 私たちのそんな言葉に対し、Oはただ嬉しそうな笑みで、「ん~・・・・とにかくありがとう」とだけ言い、バイバイと手を振り校内に消えました。


 大人しいOの精一杯の御礼なんだろうな──と思い、私たちは例の場所に向かいました。


 が──


「これ・・・・」

「・・・・・こう、だっけ?」

「え・・・・違う」


 ヒトガタ、はそこにまだ形をそのまま残してはいました。

 太陽光も差さない、生徒たちも滅多に来ないような暗い校庭の隅──そんな場所の、誰にも気づかれてはいないはずのそれの"ある部分"が明らかに変わっていました。


 両目──

 そこに彫刻刀が2本、突き刺さっていました。 

 上から真っ直ぐ、ブスリ、という状態で。


「私がやった石がどけてある・・・・」

「あ、ほんとだ。右目に埋めた石を取ってこれ刺したんだ」

「え、でも、誰が──」

「あれ? ちょっと、これ・・・・」

「あっ」


 しゃがんだB子が彫刻刀を1本抜き、私とC子に見せた瞬間、全員が"察し"ました。


「これ・・・・O君の、だよね」


 B子の言葉に私もC子も無言で頷きました。

 何故なら、その彫刻刀は持ち手のところが赤く塗ってあり、そんな特徴の彫刻刀を使っているのはO以外にはいないことを私たちは知っていたのです。

何でもそれは骨董品で、Oが祖父から譲り受けたものだと授業中に先生に話していたのをたまたま聞いていたからでした。


「て、ことはさ──」

「・・・・O君がこれをやったってこと? つまり私たちのやったこと見てたってこと?」

「うーん・・・・」


 昨日、私たちがボコボコしたヒトガタに、Oが自分の大事な彫刻刀を使って"仕上げをした"──そうとしか思えない状況と、さっき私たちに「ありがとう」と謎の御礼を言ったOの笑みが重なり、何とも言えない空気が3人の間を流れました。


 結局、ヒトガタは消し、彫刻刀はハンカチで軽く拭いたあとティッシュで包みOの下駄箱にそっと返しておきました。


「じゃあNの両目の件はO君の──」

「呪い?」

「だってそうとしか・・・・」

「まあ、あいつ呪われても仕方ないくらい酷いこと言ったりやったりするじゃん、O君に。そうとう恨んでると思うよ」

「そうだよね、熔岩オバケとかさー、顔面妖怪とかさー、何であんな酷いことが言えるんだろ、あの馬鹿」

「ほんと最低だよ!」

「人間のクズだよね!」

 そんなことを口々に言い合いながら私たちは帰路につきました。


 翌日、Oの様子を伺うと特に変わった様子はなく、彫刻刀のことを言ってくることもなかったため、私たちもそれには触れず、もうヒトガタの件はなかったことにしようという暗黙の了解が成り立っていました。


 ただ──


 Nは来ませんでした。

 

「N君は体調不良で本日はお休みです」


 先生が朝礼のあと、そう報告をした時、私は何気なくひとつ後ろの列の端のOの席に目をやりました。

 何故か自然と視線が動いたのです。


 そしてその一瞬──見てしまいました。

 普段おとなしい彼が右手を胸の前で小さくグッと握る姿──よっしゃー! のポーズをするところを。


 そして確信しました。 


 Nの両目を攻撃したのはOの呪い、怨念だったんだな、と。

 一時はてっきり私の力かと錯覚したけれど、OのNに対する怒りや憎悪はそんな生半可なものではなく、たぶん殺意といってもいいほどのものなんだろう、と──


 普段おとなしい人物が怒るとそうとう恐い、とはよく言いますが、大人になった今、思い返しても、あの頃あの時のOのNに対しての恨みのストレスは相当なものだったのだろうと察せられますし、面と向かって反撃が出来ない分、内に溜まりに溜まった負のエネルギーがああいった形で放出されたとしても不思議はないと、そう感じます。


 ただ、今もって謎なのは、私たちのヒトガタ所業をあの時Oは何故知っていたのか、どこで見ていたのか? ということと、あの赤い彫刻刀が下駄箱に返されていたことを私たちに何も言って来なかったのはどういう気持ちだったのか?──ということです。

 むろんもう知るよしもないことではありますが。


 ちなみに性悪Nは結局どうなったか、といいますと、ビールの蓋が飛び込んだ右目は視力低下、バレンが飛び込んだ左目は網膜剥離で手術──という大袈裟なことになり、それ以降は度の強いメガネ着用で、それまでNから「メガネブス」やら「くそメガネ」やらの暴言を浴びせられていたクラスメートらからは見事なブーメランとして嘲笑されるようになりました。


 そしてOは中学生の間に顔のやけど痕の形成医療を受けたとかで同じ高校で再会した頃にはほとんど目立たないようになっており、表情も明るい爽やか少年に変わっていました。


 ヒトガタ事件? のことは、もちろん互いに触れずに過ごした学生生活でした。

 いわゆる《墓場までもっていく》──そんなところでしょうか。


 といってもこうして書いてしまったわけですが。



 それではまた、19番目の扉でお会いしましょう。


 


 

 






 


 

 


 


 



 


 



  


 

 




 

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