【教会】
── 17番目の扉へようこそ ──
幼少期、近くにあった教会での体験です。
幼稚園児の徒歩で数分のところにわりと大きめで敷地も広く草花の手入れも行き届いた白い教会がありました。
そしてそこは信者でなくても近所の人たちが気軽に訪れ、散歩や花見などをするようなオープンな教会で、特に近場の子供たちはよく遊びに行っており、私もその1人でした。
ただ、母親からはいつも「日が暮れる前に必ず帰りなさい」と言われ、幼いながらもその言い方の真剣さに(絶対に守らなくちゃ)と思っていました。
ある時、たぶん夕方近かったとは思いますが何となく行きたくなり、日暮れが早い季節でもなかったため、私はまた教会に向かいました。
1人で行っても誰かしら近所の子供や大人たちがいるので恐さもなく、教会の人たちも声をかけて遊んでくれますから、その日も気楽に出かけて行きました。
が、ゆるい坂道を上がり、開かれた教会の門を入るとすぐ、私は妙な違和感を感じました。
子供ながらに何か雰囲気がおかしいな、と。
誰もいないのです。
夕方の、たぶん時刻は16時くらいだったと思います。
いつ行っても誰かしら必ず人がいるのですが、その時はまったく1人もいません。
変だな、と違和感を感じながら教会の礼拝堂に近づきましたが、いつも開いている入り口の扉もやはり閉まっています。
その扉は観音開きでかなり大きく、素通しの厚いガラスが8枚嵌め込んであり覗くと中がよく見えます。
私はそこに近づき顔をつけてみました。
(?!!?)
木製の長椅子が祭壇に向かいズラーッと並んでいます。
その長椅子が人で埋まっているのです──ギッチギチに。
一瞬、(あ、中にみんないるんだ)とは思ったものの、どうも様子が変なのです。
よく見ると全員が坊主頭で座高も切って揃えたように同じ高さで、しかも、ゆっくりと左右に揃って揺れています。
祭壇に牧師さんもおらず讃美歌も流れていないのに。
そして相変わらず周囲に人は誰もいません。
すると──
「あっ」
それまで右に左にゆっーくりと揺れていたその動きが急に早くなり、右左右左右左──と、異常な動作が加速し止まらず、尋常ではない恐怖に襲われた私は猛ダッシュでその場から逃げ出しました。
家に帰ると母親が、「明るいうちに走って帰って来たの? 偉いね」と笑顔で言ってくれましたが、その時の私は教会での状況を口に出すことが出来ず、たぶん話すことすら無理なほど、あの光景が怖かったのだと思います。
それから間もなく我が家は違う市に引っ越しをし、教会と離れたことで恐怖の記憶も次第に薄れていきました。
時は経ち、高校生になったある日の夜、母親とテレビを見ていた時にかつて住んでいたエリアの店がたまたま紹介され、懐かしく思った途端、脳裏にあの光景が蘇りました。
「そういえば教会があったでしょ? あそこで──」
当時は口に出せなかったあの件を、私は一気に話しました。
すると、母親は「あら、見ちゃったのね」と、驚くことなく平然と言い、「日が暮れてから、って聞いてたけどね」と謎発言をするのです。
「聞いてた? って何?」
「いや、あの教会ね、出る、って有名だったのよ」
「えっ?!」
初耳すぎるその言葉に私は母親を凝視しました。
「近所の人たちが何人も見てて、子供たちも含めてね。で、日暮れてからは絶対に行かない方がいいって話で通ってたのよ、あの辺りじゃ。昼間はまあ大丈夫だけど、って」
「いや、それ、聞いてなかったし」
「だって幼稚園児にそんな話したってしょうがないじゃない。昼間はみんな遊びに行ってたんだし」
「うーん・・・・じゃ、やっぱりあれは──」
「礼拝堂の中でしょ? 戦争被害者の人たちかもしれないね」
「戦争被害者?」
「そう。聞いた話だと戦争の時にあの辺り一帯が空襲で爆撃を受けて大勢亡くなってね、遺体を集めてまとめて荼毘をした場所が市内に幾つかあるそうで、あの教会の敷地もその1つだった──って」
「あそこが・・・・」
「それで供養のためかは分からないけど戦後すぐにあの教会が建ったってことだから、もしかしたらまだ成仏出来ない人たちが礼拝堂に集まってたのかもね」
「なるほど・・・・そういうことだったのかな・・・・」
聞けば切ない話で、また、有り得る話として私はあの光景に感じた恐怖感を申し訳なく思う気持ちになりました。
ただ、それでもなお、あの長椅子にぎっしりと並び座る人たちが何故、右に左に全員がまるでメトロノームのように正確な動きで揺れ続けていたのかは不思議でなりません。
周囲に誰もいなかったあの静寂も謎です。
ましてや、もし、あのまま見続けていたとしたら、徐々に早まっていたあの揺れが最終的にどうなっていたのか──
きっちり揃った坊主頭と速度を早めるあの動き──やはり、思い起こすと今でも恐ろしく感じます。
あの人たちが本当に戦争被害者の方々であるなら怖がって申し訳ない、と思う気持ちはありながらも・・・・・・。
それではまた、次の扉でお会いしましょう。
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