第15話 【黒い男】

    ── 15番目の扉へようこそ ──



 地元の横断歩道での体験です。


 その日、私はとある小説のアイデアを考えながら遊歩道を歩いていました。

 前方の横断歩道の信号が青から黄色になったため、ゆっくりと近づきながら何気なく道路の向かい側に目をやると数人の人が立っており、その中に上下黒づくめの大柄な男性がいるのに気がつきました。


 半袖の人も多く見かける5月の晴天日の服装にしては、長袖でフードもかぶったいかにも暑そうな見た目です。

 しかもうつむき加減で妙に目立ちます。


 やがて信号が青になり人々が渡り始めると、真ん前からその男性が近づいて来ます。

 もちろん、立っている位置はたまたまだったはず、ですが──


 ところが!

 まさにすれ違う瞬間──あまりにも想定外すぎることが起きました。


「「やめとけ! 諦めろ」」


 言われたのです。

 ふいに。

 すれ違うほんの一瞬に。

 低い声で、本当にこう──


(?!!!)


 一瞬、固まりました。

 横断歩道の上で、2秒。

 

 ハッ! として振り返ると消えて・・・・はおらず、黒づくめのその大柄な男性の後ろ姿が遠ざかっていきます。

 つまり、ちゃんと人間なわけです。


 しかしあの声、あの言葉──


 本当にすれ違うほんの一瞬、私と男性が横並びになった瞬間に低音で「やめとけ! 諦めろ」と、ハッキリ言われたのは紛れもなく自分です。


 そして渡りきった私は遊歩道脇のベンチに座り、すでにかなり遠ざかったその男性の姿に目をやりました。

 追って、「何なんですか?」と聞いてみればいいのに、と、思う人もいるかもしれませんが、実はそうしなかった私には《何に対して言われたのか》の心当たりがあったのです。


 遊歩道を歩きながら考えていたこと──それはとある【黒魔術】についてのことでした。

 小説の軸にそれを用いようか・・・・と、考えを巡らせており、ただしそれ系はかなり《取扱注意》であることも承知でしたので、どうしようか・・・・と歩きながらの思案中だったのです。


 ですので根拠はないながらも、その思案へのタイムリーな回答のように感じられ、しばらくそこに座り込んだまま私の頭の中は混沌としていました。


 そして、ふと、第三者の客観的解釈を求めたくなった私は友人Kに連絡を入れてみることにしました。

 Kはクトゥルフ神話やネクロノミコンで有名なラヴクラフトの大ファンで、魔術系の話題にも詳しいため、何らかのコメントを得られるだろうと思ったのです。


 LINEをすると幸い『10分後に電話をかけて』との返信が来たため、私はそのままベンチで時間を待ちました。

 そして10分後、電話にすぐに出てくれたKに私は黒づくめの男の件を一気に話しました。


 すると──


『それ、どれを書こうと思った? どの黒魔術?』

「えっと・・・・ア○○○○ン」

『は? よりによって何でそれ?!』

「んー、たまたま思い出したというか・・・・」

『いや、たまたま、って。そんなのに手を出そうとしてたんなら、止めとけ! ってストップがかかるに決まってるじゃん! 怖いもの知らずにも程があるよ』

「え、じゃ、やっぱりあの男の人は・・・・」

『その男の人というより、その人の口を借りて止めようとした存在がいる、ってことでしょ。間違いなく。

悠長なお知らせの仕方じゃ駄目だと思って、それこそたまたまその人を使ったんじゃない?』

「なるほど・・・・」

『それにしたってア○○○○ンて・・・・。原書の復刻版を買った人の家を全焼させたり、中途半端に試した人を発狂させたりしてるからね。普通の人間が防御なく接していいシロモノじゃないから。名前を言うだけでも怖いわ』


 じゃないか──とは自分でも感じたものの、Kからあらためて言われ、私は身が縮まる思いがしました。


 にしても、思えば何故、黒魔術の中でも最強と言われるそれを私は"たまたま"思い出したのか。

 そしてそれを話の軸にしようとしていたのか。

 Kの言葉通り、取扱注意であることや安易に接するのは恐ろしい世界であるという認識はそれなりにはあとあったはずなのに──


 もしかすると、"思い出した"時点で既に引き込む負の力が働いていたのかもしれません。

 何故なら、これはKには言わなかったのですが、その頃、自称・魔女のとあるブログをよく見ており、内容が嘘か本当かは分かりませんが、その人物のさまざまな魔術実践リポートを読んでは(世の中こんな世界もあるんだなぁ)などと妙に好奇心を引かれていたのです。

 

 ゆえに、たぶん──無意識に波長を合わせてしまったのかもしれません。


 にしても、魔的な危険に踏み込むことを見知らぬ男性の口を借りてまで止めてくれた存在は、むろん私の側の守護の方なのでしょうけれど、その大胆な力技的なやり方も、客観的に考えてみるとかなり怖・・・・いえ、何でもありません。



 それではまた、次の扉でお会いしましょう。



 

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