【憑依】
── 12番目の扉へようこそ ──
転居した友人との間で起きた体験です。
「引っ越すことになって・・・・」
友人のMからそう聞かされた時、彼女の表情が少し暗いのが気になりました。
「え、どこに?」
「◯◯県」
「ずいぶん遠いね・・・・いつ?」
「来週末には・・・・」
そう言うとMは、ふーっ、と深い溜め息をつきました。
「どうしたの?」
「気が重くて・・・・」
「何故?」
「だってすごい田舎なんだもの、山奥で。歩いて行ける距離にコンビニひとつ無いような所、あり得ないわよ・・・・」
また深く溜め息をつくM。
「へ~・・・・でも何でまたそんな奥地に?」
「ちょっと親の都合で・・・・」
アラサーで経理職、そんな山奥で仕事はあるのだろうか?──そう問うとMは首を降り、「車で2時間くらい走らないと町には出られないし、出たとしてもその町には求人なんて無くて。調べたけど・・・・」
「そう・・・・」
それから1週間後、Mは引っ越して行きました。
ところが──
しばらくしたある日、Mから電話がきたのですが、その内容が妙でした。
「お祓いしてくれる神社で力のある所、どこか知らない?」
「え?」
唐突な質問だったため、私はとりあえず理由を尋ねました。
「理由・・・・ちょっと・・・・落武者が・・・・」
ギョッ、としました。
「落武者?!」
驚きでそう口走った時、電話の向こう、Mの背後で複数の人の声がしているのに気づきました。
「ああ、まあ・・・・とにかく神社でお勧めの所があれば教えて」
落武者発言を曖昧にしつつ、そう言うMに私は「行ったことはないけど、そっちのエリアだと◯◯神社はかなり有名じゃない? 問い合わせてみたら?」と、世間的に認知度の高い、とある有名神社の名を挙げました。
「そうね、有名ね」
そう言うMの背後の声は徐々に人数が増えているかのようにざわつき、それがハッキリと受話器ごしに聞こえてきます。
「今、自宅?」
「そう。1人で留守番」
(1人?!)
テレビなどの音声ではなく明らかにMの周囲がざわざわしています。
が、実際は今、1人で留守番だと──
「問い合わせてみるわ。ありがとう」
本当に1人? などとは口に出せないまま、そして落武者とは? の答えも聞けないまま電話は終わりました。
それからまたしばらく経ち、帰宅すると家電にMからの着信履歴があり、あれからどうしたかと気にしていたこともあり、早速かけてみたところ──
「は・・い・・・・もし・・・・」
(え?)
2コールで繋がったものの、受話器の向こうから聞こえてきたのはMの声ではなく、何やらガサガサする雑音混じりの年配男性の声でした。
「あ、あの◯◯と申しますが◯◯◯さんはいら──」
ガチャ──
(あれ?)
再び受話器を取る音が聞こえました。
「◯◯ちゃん? ちょうど今、かけようと思ってたの」
「え? あ・・・・先に出たのは誰? お父さん?」
「先? どういうこと?」
いや、それはこちらが聞きたい、と、私は雑音混じりの男性の声のことを伝えました。
「何それ、知らない。普通に私が受話器取っただけだけど」
少しぶっきらぼうなその言葉に嘘は感じず、同時に私の中には嫌な疑念が沸きました。
その家、何かおかしい───
「あ、階段っ!」
突如、電話の向こうでMが大声を出しました。
「え? 階段? 階段が何?」
唐突な言葉に面食らった私のその問いに返答はなく、さらに「階段・・・・真ん中・・・・」と呟いたかと思うと、いきなり電話が切れました。
その後は何度かけ直しても通話中となり、山奥なため電波が届かないケータイにも念の為かけましたがやはり繋がらず、何通メールを送っても手紙を送っても返信は来ませんでした。
幾つも県をまたいでの遠方、しかもかなりの山奥──
仕事のある身ではそうそう訪ねても行けず気になっていたところ、ある晩Mの夢を見ました。
真っ暗な中に首を傾げて立つ姿──
目覚めて胸騒ぎがした私はその日の夜、久しぶりに電話をかけてみました。
10回以上も鳴らし続け諦めようかと思った時、ふいに受話器が取られました。
「M?」
「あらっ、久しぶり! 元気?」
「え・・・・うん。Mは?」
「元気よー! 」
拍子抜けする明るさに面食らいながら私はずっと連絡が取れなくて心配していたこと、神社には行ったのか? ということ、夢を見たこと、などを話しました。
すると──
「え? 神社? 何それ。そんなこと聞いたっけ? それに連絡取れなかったって言うけどずっと普通に家にいたよ?」
あまりにもあっけらかんとそう言われ、何がなんだか訳が分かりません。
そこで例の落武者発言について触れてみると──
「そんなこと聞いてどうすんの?」
「え?」
「いい感じなのに」
「え、えっ? いい、って何──」
「どーでもいいでしょ!」
電話はそれで切れてしまいました。
何が何やら、それこそまったく意味が分かりません。
そこで就寝前に私は一応、『さっきは何か変なことを言ったようでごめんね。とりあえず元気そうで良かった』と、軽くメールを送っておこうと思ったのですが──
バチっ!!
バキッ!!
バンッ!!
部屋の中に不穏な異音が響きました。
ラップ音と言われているアレです。
かなり派手な鳴り方です。
これについて私は昔から特に怖いとは思わないため、「何なの?」と思わず言うと──
パッ
枕元のスタンドの照明が消え、同時に──
【関 わ る な】
頭の中に強く、ハッキリと響きました。
それは明らかに私の守護の側からの、ではなく、M側の《何か》からのものだと直感的に感じ、その《何か》の本気も伝わってきたため、私はメールを送ることを諦めました。
幼少期から多々、不可思議現象を体験している身としてのある種のセンサーが関知する危険度の中には『太刀打ち出来ない、関わったら命取り』レベルのものが確実に存在すること、方策として『逃げる』一択しかないこと、は身に染みて分かっています。
そしてこのMの件──間違いなくそれに値する、と感じました。
「どーでもいいでしょ!」
Mはそう言いましたが、私としても『どうにも出来ない』と分かり、以来、どうにかして連絡を取ろうとすることは止めました。
それから半年以上が過ぎた頃、ふいにMからメールが1通送られてきました。
正直、えっ・・・・とは思いましたが、関わることを止めても気にはなっていたため結局それを開けてみると──
画像のみ。
言葉は一文字もなし。
だったのですが、その画像──一見し、凍りつきました。
Mの自撮り画像であるそれの異様さに。
肩までの艶のあるワンレンヘアだったMのその髪はバサバサで、額の真上、センターパートの辺りが幅5センチほどにわたり五分刈りのようになっており──
「・・・・落武者?!」
まさにそれ──そうとしか考えられない見た目に変貌しており、充血した目も本来のMとは異なり文字通り魂が抜けたような様子です。
【憑依】
それ以外の言葉は浮かびませんでした。
ある意味、典型的と言えるほどの《それ》だと思いました。
何故、そんな画像を送ったらきたのか、それは分かりません。
ただ、Mが最後の電話で「いい感じなのに」と私に言った時にはすでに《何か》と同化していたことだけは認識出来ました。
もしかするとMは、限界集落と評しても差し支えないほどの奥地に転居をしたことによってそのような災厄に見舞われたのではなく、むしろ《それに呼ばれて》移転をすることになったのではないか──
その考えが浮かんだ時、私の中でカチッとピースがはまった気がしました。
恐ろしいほどキッチリと──
ごめんなさい、M。
やっぱり私にはどうすることも出来ません・・・・。
それではまた、次の扉でお会いしましょう。
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