第7話 【土産】

    ── 7番目の扉へようこそ ──



 友人からもらった土産物にまつわる体験です。


「はい、お土産」

 国内旅行から帰宅の途中、家に寄ってくれた友人から手渡された箱。

「ありがとう。何かな~?」

「幸せを呼ぶとか何とか。ま、あとで開けてみて」

 まだ渡してまわる所があるらしく、その日は玄関先で友人は帰りました。


 彼女が帰ってから早速その箱を開けてみると──

 (?!)

 せっかく頂いたのに申し訳ないながら中身を出した途端──


 ゾッ!!!!!!! 


 としました。

 いえ大袈裟ではなく、本当にそれを見た瞬間、一気に全身が粟立ったのです。


「何これ・・・・」


 それは一見、単なる木製の人形でした。 

 荒削りな手彫りの、見慣れない形の人形──

 

 20センチほどのその人形が醸し出している雰囲気は妙にどんよりとし、見ているとだんだん不安になってきます。

 いわゆるスピリチュアル系の方々ならば、さしずめ『波動が悪い』とでも言いそうな実に陰な感じです。


 そして落ち着かない気分のまま、何気なく人形をひっくり返し底の部分を見た時──


「あ・・・・」


 声が出ると同時に私は固まりました。


 【⚫⚫刑務所】


 クッキリと押された判──


 受刑者の方が彫ったものだということがすぐに理解できました。

 あらためてよく見れば、その雑な彫り方に心情が現れている気もしてきます。

 そして何の根拠もないことですが直感的に脳裏に浮かんだイメージ──


《この人、おばあさんを殺してる》


 手作り物には大なり小なり作り手の雰囲気や色、念、あるいは制作時の心理状態などがこもっていると感じることはままあります。

 が、この人形からは彫った当人の存在感に加え被害者の方の存在感も感じ取れ、私の気分は重く沈みました。


 その刑務所は特に凶悪犯が送り込まれると耳学問で知っていましたので、その人形を彫った受刑者が人を殺めていても意外ではないわけですが、当然のことながら生まれてこのかた殺人犯はおろか作製した物にさえ接したことはなく、興味も関心もなかったため、私の中に消化しきれない感情が沸きました。


(嫌だな、これ・・・・)


 かといってせっかく買ってきてくれた物をすぐに捨てることにも抵抗があり、といって飾っておく気には到底なれず、結局、箱に入れたまま、しばらく台所の棚に置いておくことにしました。


 その夜、眠りが浅かったのか、何となく目が覚めると、どこからか微かな音がしています。

 

 コツ  コン  コツコツ コン


 何だろう? と思いながら起き、電気を点けると台所の方からしています。

 一人暮らしなので自分以外に音を立てる者はおらず、耳を澄ましてみても隣室ではなく間違いなく自分の部屋の中、やはり台所から聞こえてきます。


 その時点では怖いというより、何だろう? の気持ちの方が前に出ていたので、私は台所に入りました。


 コツコツ コン コン コツ


 音の出所は──棚の箱でした。


(やっぱり・・・・)


 心のどこかでそんな気もしていたため、恐怖心は沸きましたがとりあえず私は箱を手に取りました。

 すると、ふっ、と音が止みました。


 何とも言えないどんよりとした雰囲気が箱全体から漂っているため躊躇はしつつも、結局は開け、私は人形を取り出しました。


 あらためて見ても嫌な感じは変わりません。

 嫌、というより、邪悪という表現が合うほどです。


(やっぱりこの人、老人を殺してる・・・・)


 初見と同じイメージが浮かびます。

 すると瞬間、そのイメージに被さるようにしてハッキリと『言葉』が浮かびました。


『俺が何でこんなことやらなきゃなんねぇんだよ!』


 ああ、この人、まったく反省してない──

 

 暗澹たる気分になりました。

 と同時に気付いたこと・・・・コツコツコンコンという音の正体──

 この人形の製作中の音だ、と。


 むろん、受刑者の皆が皆、罪の意識や反省心もなく嫌々に作業をしているわけではないとは思います。 

 贖罪の気持ちで日々を過ごし、心を込めて作業をしている人も多数だとも思います。


 ただ、たまたま私の元にやって来たこの人形を作った人物が、たぶん悪意の強い者だったのでしょう。

(申し訳ないけど・・・・)

 私はそれを処分することにしました。


 早速、こういう系統の話が通じる(体験もある)母親に連絡し訳を話すと、『人形供養のお寺に納めに行きましょう』と即答でしたので、翌日、私は近距離の実家にそれを持参しました。


 すると、一見し母が──


「あっ、嫌だそれ! しまって!」

 と瞬間的に嫌悪感をあらわにし、「分からないから仕方ないけど、わざわざそれを買ってくるとは・・・・」と言い、眉間に皺を寄せました。


 そして一緒に、以前もとある件でお世話になった某寺に出向き、社務所で訳をお話ししお焚き上げをお願いしたところ、出てきて下さった宮司さんが一言──


「あ、駄目ですね、これは」


 と、おっしゃいました。


 駄目=やばい 

 ということだとは、宮司さんの瞬時の表情を見ればすぐに分かりました。


 丁寧にお願いをした帰路、母が、「お土産を買ってくれる気持ちはありがたいけど、人形はね・・・・ましてやああいう手作りは・・・・」と呟き、私もうなずきながら一も二もなく同意の気分でした。


 帰宅後、念のため例の棚をきれいに拭いて塩で清めておこうと、絞ったタオルを手に近づきました。

 そしてタオルを乗せようとした瞬間、(あれ?)と、違和感を覚えました。

 箱を置いてあったスペースに粉? のようなものがパラパラと撒いたように少し落ちています。


 拭いてみると──


(木屑?!)


 どう見てもそんな感じです。


 箱から漏れていた?

 いやいや、それはない。

 人形はつるん、としていましたから、出荷前に洗われ拭かれていたようでしたし・・・・。


(見なかったことにしよう・・・・)


 考え想像することで変に引き寄せてしまうのも嫌でしたから、キュッキュッと拭き清め、忘れてしまうことにしました。


 以来はその件に関しては何事も起きてはいません。


 ただ、後日、母があらためて例のお寺に出向き、御礼を申し上げた際、宮司さんからこんなことを聞かされたそうです。


「あれね、1回の焚き上げで燃えきらず2回でやっと、だったんですよ。たいていは1回なんですけどね」


 と──


 木製なのに・・・・。


 それが加害者である受刑者の邪気によるものなのか、あるいは被害者の怨念の強さによるものなのか・・・・それは分かりません。

 

 ただ、生涯もう2度と、あの【⚫⚫刑務所製作・◯◯人形】は見たくない触れたくない──

 

 私の中でその気持ちが強烈になったことは言うまでもありません。




 それでは、また次の扉でお会いしましょう。

 


 




 




 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る