満月の夜

 夜中、夏愛と二人で病院を抜け出していることに、先生も薄々気づいているかもしれないという気がしてきた。

 先生に止められる前に、想いを果たしたい。

 政俊は、ある決意をする。


 満月の夜、政俊はいつもと変わらぬ様子で夏愛を病院から連れ出した。


 いつもなら、待ちきれなかったという様子で抱きしめあい、キスをはじめるのだが、この日はその気持ちをおさえ、夏愛の手をひいて、早足で歩き出した。


「どこかへ行くの?」


 小声で夏愛が問う。


「一緒に観たい景色があるんだ」


 その場所は、海辺の岩場。大きな岩がいくつも重なっている。その一番高く、海向きの岩が平になっている場所へ二人は着いた。


「この場所は知ってる?」

 政俊が問う。

「うん。ここ、景色がいいから。ナツも時々来る」


 満天の星空に目を奪われる二人を、明るい満月が照らす。


「座ろうか」


 座った二人は、またいつものように、キスを繰り返した。


 やがて二人はお互いに手を肩に乗せる。


 そしてこの日は、意を決したように、政俊の手が夏愛の肩から首筋へ滑り、そのまま指を下ろすとワンピースの前ボタンを開こうとした。


「だめだってば」


 夏愛が政俊の手を素早く止め、真剣な目で政俊の目を見つめる。


「なんでさ」


「なんでも」


「僕は、ナツが好きなんだ。これからもずっと一緒にいたい」


 ずっと考えてた、頭の中にあった想いを、政俊はそのまま口にした。

 夏愛は、イエスでもノーでもなく、ただ黙ってしまった。


「だから、ナツのことは、全部知りたいし、僕のことも全部知っていて欲しいんだ。ここでなら、それができると思った」


 まさに、ここには海と星と月しかない。二人を阻むものは、何もない。


「僕は、小さい頃から、まわりの人が何を考えてるかがよくわからないんだ。僕が良かれと思ってしたことで、相手を傷つけたり怒らせたりすることがよくあった。僕のことをわかってもらおうとすればするほど、みんな僕から離れていった。あいつはオカしい。気がヘンなんだって。幸い、学校の勉強はできたから、普通に登校はできてたし、就職もできた。でもみんなは僕のことをヘンだって、オカしいって思ってるから、誰も近寄ってこなくなった。僕から近づいても迷惑がられるから、僕も一人でいることを選んだ」


「ずっと、ひとりだったの」


「うん。会社でも、上司や同僚から何を求められてるかわからなかった。確認すると、なんでわからないんだっていう顔をされた。仕事のできない、職場の足を引っ張る迷惑な存在になっていた。でも自分でもどうしたらいいかわからないし、助けを求める相手もいないんだ。みんなは僕が何を言いたいのかが、わからないみたいだから。それで、もう三十にもなろうというのに、仕事もロクにできず、誰からも必要とされず、愛しあえる人も無く、この世に居場所なんてないんだって思うようになったんだ」


「愛しあえる人は、いなかったの」


 夏愛の、無邪気ゆえの残酷な問いに、それまで夏愛の目を見つめて話してた政俊は、その時だけ目を伏せて「いなかったんだよ……出会えなかった」と言った。

「それで、東京から出て遠くへ行く船に乗って、そこから身を投げたんだ。この世に居場所が無いことに耐えられなくなったんだ」


「それで、この島に流されてきたの」

「そうなんだ」


 政俊はあらためて夏愛の目を見つめて話しだした。

「この島で、はじめて僕を嫌わない、離れていかない女の子に出会えたんだ」


 夏愛は、それが自分のことだとわかってはいた。


「そうだね。ナツも、もっとマサに自分のことをわかってほしかった。でも言えなかったの。言ったらマサが遠くへ離れちゃいそうな気がして」


「離れたくない。ナツとはもう離れたくない。ずっと一緒にいたい」


 そう言われた夏愛は、戸惑いつつ、時々政俊から目をそらせたりしながら「本当に?」と訊いた。

 これは軽い問いではない。それは政俊にも伝わった。それでも政俊は「ああ」とはっきり答えた。


「マサが自分のことを話してくれたから、ナツも全部話すね。驚くだろうけど、本当のことを言うね」

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