五週目
何もしないでいるのは気がひけるので、政俊は村の仕事を手伝うことにした。といっても病み上がりみたいなものだから、無理はしないでいいと女医先生は言ってくれた。
仕事はいろいろあった。病院内の雑用や畑仕事、どの仕事も常に夏愛が丁寧に教えてくれた。政俊が少しでもできるようになると、夏愛は喜んではしゃいだ。その姿が愛らしい。自分のすることで夏愛が喜んでくれるのが、うれしかった。
仕事の時も夏愛は白い前開きのワンピースだった。よほど気に入っているのだろう。仕事には不釣り合いにも思えたが、手際の良さが不自然さを打ち消した。
またある日は、夏愛と山菜採りに行った。手際が良く、山の近くの出身なのかもしれないと政俊は思った。
政俊には山菜のことなど全くわからない。登山道もない山に入るのもはじめてだ。
木陰で薄暗い山の中。
夏愛は話したり教えたりするとき、政俊に顔を近づけて話すので、山菜のことなど全く頭に入ってこなかった。ただ、自分の間近に夏愛がいるということがうれしかった。
そう。しあわせだったのだ。
そのしあわせを、もっと大きくしたいと思った。それは今のしあわせを壊してしまうかもしれない恐ろしさもあったが、夏愛に近づきたい気持ちを抑えることができなかった。
山をだいぶ登り、もう南の村が見えなくなったあたり。木々が影となって薄ぐらくなっている時に、政俊はわざと転んでみせた。
だいじょうぶ?と声をかけ、腰をかがめ、政俊を抱き起こそうとすると、政俊は逆に夏愛の肩を抱き、グッと力を入れて、その胸に抱いた。夏愛は、それを嫌がらなかった。
夏愛の顔が目の前にある。彼女の息を感じるほどに。
二人はキスをした。一度、二度、三度。繰り返すたびに、その時間は長くなっていった。
そうして何度目かのキスをしたまま、政俊はワンピースのボタンに手をかけた。
その瞬間、夏愛は体を離し起き上がった。
「そういうのは、ダメだよ……先生に怒られちゃうから」
しまった、と政俊は思った。
「ごめん……」
「……ごめん」
ふたりは謝り合った。山を降りる時、夏愛は謝罪の証のように、いつもより強く政俊の手を握った。
「マサ、ナツのこと、嫌いにならないでね。ナツはマサのこと、好きだよ」
突然ストレートに言われて動揺し、政俊は、ああ、うん、とだけ返事をした。
それからというもの、夜更けになると、二人は女医先生の目をぬすんで毎日のように病院を抜け出すようになった。
草むらや農具置き場の中などで、人知れず抱きしめあい、キスをし続けた。
しかしそれでも夏愛は、政俊に自分の体を許さなかった。
そのことを申し訳なく思ってのことか、夏愛の方は、キスをしたまま両手両腕で政俊の体を慰めていた。
政俊にとって、それは自分が夏愛に好かれていること、信頼されていることの証であり、肉体的な快楽よりよほど精神を充足させた。
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