第33話 帰れぬ者

飛行場が望見出来る程の場所で遭遇した敵F4F編隊。


ヒカル小隊3機とグラマン4機との空戦が始った・・・



「レイ?!こっちは燃料も弾薬も残り少ないのよ?!」


OPL照準器の上で仁王立ちになって敵を睨むレイが、毛を逆立てて叫んだ。


ヒカルよ。あいつらをこのまま見過ごしてはおけない。

 奴等が空の上を飛んでいる間は、地上へ降り立つ事は叶わんのだぞ!」


ケモ耳をピンっと張ったレイが、振り返りもせずに喚く。


「それに、グラマンこそが我が宿敵。奴等も海軍戦闘機なのだ、見逃す訳にはいかんのだ!」


敵機を追うレイの眼は、見た事も無い敵意を剥き出しにして紅く染まっている。


4機は降下スピードを活かして、一旦は離れて行くように見えたが。


「そら、観てみろ。奴等もその気の様だぞ?!」


敵4機は2機づつに分離し、互いに連携するように距離を執り始める。


「こちらが3機だけで、しかも帰投途中だと認識しているらしいな。

 機動空戦に持ち込めば、その内燃料が足らなくなると踏んでいるようだぞ?」


全速での巴戦に持ち込まれれば、あっという間に燃料が枯渇する。

特に燃料の不安を報じて来た3番機においては、いつまで空戦が出来るのかも分からない。


「でも、敵だって同じ事じゃないの?

 ここまで飛んで来て、帰投できるだけの航続力があるとは思えない」


ヒカルは敵機の航続距離に疑問を呈したのだが。


「まだ分からないのかヒカルよ。奴等が何処から飛んで来たのかという事に。

 奴等は空母艦載機なのだ、この海のどこかに居る空母から飛んで来たということに」


レイがやっと振り向いた。

同じ海空軍機でも、グラマンは海上に展開した機動部隊から飛んで来たのだと教える為に。


「機動部隊?!敵艦隊が近寄って来ているの?」


「近寄っているかは分からん。だが、間違いなく1隻からではない。

 海上に向かった部隊と飛行場を襲った奴等は別の部隊だと思う」


一隻で2隊に別れて攻撃を仕掛けられる程、一回に出撃させれる運用数は多くない。

部隊の規模から考えられるのは、空母の数が最低でも2隻はいると思えた。


「もしかすれば、敵機動部隊は波状攻撃を行うかもしれない。

 そうなれば味方が飛行場へ降りられなくなる惧れだってあるんだ。

 そうならないようにするには、奴等を追い払うか・・・叩き墜とすより方法がない」


輸送船団に向かった味方機へ一瞥を投げかけ、レイが空戦を促した。


「分かったわ、やりましょうレイ。でも、追い払えれば降りて補給を受けなきゃならない」


せめて迎撃戦を行えれる分だけでも・・・補給を受けなければ。

レイが忠告して来た意味を深刻に受け止めるヒカルが、列機を振り返る。

2番機の小多一飛曹は問題が無さそう。3番機の大林二飛曹は眦を決して着いて来ている。


「一つだけ訊きたいのレイ。

 もし、あなたの力で性能が上がったら・・・ついて来れるかしら?」


心配は、列機を置き去りにしてしまわないか、二機を危険に晒さないかという一言に尽きた。


「無理だろう。普通の21型では、スピードが違い過ぎるからな」


初めからそのつもりだったのだろう。レイは列機を切り離せと言っているのだ。


「それじゃあ、指揮を放棄するようなものじゃない?

 4対1の空戦なんて逃げ回るだけに終わらないの?」


いくら性能が上がっても、いくら敵機を追い回せれても。

目の前に捉えれるのは唯の一機だけ。目の前に追い詰めれた、その一機にだけしか射撃できない。

残りの3機から妨害されれば、射撃するなんて考えられないと思ったから。


「ふふふっ、それはそうだ。

 だから、彼等にこそ射撃して貰うのだ。

 主は追い詰めた敵機1機だけを墜としてしまえば良い!」


2機づつに分かれた敵機を、逆に手玉に取ればいいと。

<零虎>がニヤリと口を歪めて教えて来る。


「つまり列機とは距離を置いて、ヒカルの後ろを護らせればいい。

 奴等がする事を手玉に取ってやれば良いだけの事だ」


異世界から来たというケモ耳聖獣が教えることとは。


「それがズーム・ダイブって呼ばれた奴等の常套手段を手玉に取る空戦方法。

 <零戦虎徹>が、敢えてそうした撃墜王たる空戦方法!」


列機に背後を任せ、長機が敵と渡り合えるようにして、尚且つ後続機に撃墜数を稼がせる戦法。


「うん・・・やってみましょう。小多一飛曹なら、後ろを任せられるわ」


部下の腕に疑いはないと信じている。

飛行時間も、戦闘経験も彼なら背後を託せると思った。


「でも、どうやって戦法を知らせれば良いのか?」


海空軍機全般に言える事だが、飛行中の無線状態は聞こえないにも等しい程劣悪だった。

声を直接届ける方法がない今、列機にどうやって知らせれば良いのか。


「列機の2番機が判れば良いのだな?

 それなら見せる他なかろう?自分達の<零戦>とは桁違いなのを。

 追従できなければ、自分で考えるだろうさ」


心でも読んだのか、ケモ耳を列機に向けて・・・部下の腕を信じているヒカルへ答えた。


「よし・・・じゃぁレイ。見せてやって、敵にも味方にも!」


決断した<零戦>の主に、魔法の聖獣が機体を司る。


「エン、キー!やるぞっ<54型>だっ!」


OPLに火が点る。

照らし出されたケモ耳少女が配下の妖精に命じた。


「グラマンを叩き墜とすぞ!相手はF4F、野良猫野郎だ!」


相手を識別して、戦法に鑑みて機体を選んだ。


「了ーっ解!」


二人の妖精が同時に復唱する。

紅い煙火服のエンが、エンジンを1500馬力級の<金星>に。

碧い煙火服の機体妖精キーが、翼端を11メートルに縮めて応える。


一瞬・・・機体が光に包まれた。


光が消えた後、<零戦>は姿を変えていた。

エンジンカバーが一回り大きくなり、集合排気管が単排気管となって現れる。

機体が幾分伸び、垂直尾翼も増積された。



 ズンッ!



機体自体が重くなり、身体が沈み込む様な感覚と共に高度が僅かに墜ちる。


「これが。今、放っているのが<昇華>と呼ぶ進化の魔法だ。

 我が主との契約により成し遂げられた<零戦虎徹>の姿だ!」


振り向いたケモ耳レイが、ヒカルに見せたのは・・・


ヒカルよ、お前の力を示せ!

 我が蒼空そらを舞う理由を、その手で示せ!」


紅い瞳、白銀の髪・・・そして。


「いけっ!我を空戦の神と崇める者達へ見せてやれ!」


濃緑色の魔法衣姿となって、敵に向けて吠える姿を!


左手がスロットルレバーを押し出した。

今迄に無い程の加速を見せる<金星>発動機エンジンの大パワー。

水平全速570キロを誇る<零戦54型>に変わった機体が、列機を置き去りにする。


「すっ、凄い・・・まるで別の機に乗ってるみたい」


今迄に無い加速感、今迄の<零戦>では感じられなかったスピード感。

急激な加速は、レイの思惑通りに事を運ばせるのだろうか?


バンクを振って知らせるだけに留めた。

熟練とも言える二番機小多一飛曹に、自分が何をしようとしているかを示す為に。

長機が、列機を置きざるにする理由を分からせる為に・・・


一機がのめり出て来たと知った敵編隊が、取り巻く様に左右に廻り込んでいく。

どちらに向かわせるかを躊躇させる機動だったが、ヒカルに迷いはなかった。


「左空戦に持ち込むわよ!」


<零戦>が最も得意とする機動、空戦で一番力を発揮出来る左の巴戦に持ち込んだ。


瞬間瞬間で勝負が決まる空戦だが、一旦旋回戦闘に入れば相手の後ろを盗った方が勝ちになる。

相手の後方に陣取って、機銃の軸線に捉えれば勝負は決まる。

それは重力と遠心力に耐えて、相手が根負けするのを待つ長丁場だとも言えたのだが。


「残念だったな野良猫よ。今は21型じゃないんだよ!」


グラマンF4F-3の馬力は千馬力級、対して今の<零戦54型>は1・5倍近い離昇馬力を誇っていた。

しかもグラマンにとって不幸なことに、ヒカルの精神力は半端じゃなかった。


頬の筋肉が垂れ下がる程のG(えんしんりょく)にも耐え、貧血状態で眼が眩むのにも耐え。


速力で圧倒する<零戦虎徹>は、瞬く間に一機を捉えた。


左の人差し指と親指が、機銃発射把柄とボタンに添えられる。

OPLのガラス面に映し出された円環に、手を伸ばせば届きそうなくらい近寄ったF4Fが大写しになった。

もう、偏差射撃も必要ない。照準器を覗く必要だってない・・・



 ドドドッ!ドルルルッ!



20ミリ機銃と13.2ミリ機銃弾が一連射された。

それで十分過ぎた・・・撃墜するには。


左翼に2発の20ミリが炸裂した。

太った胴体上面に13ミリが穴を穿った・・・



 ボッ!



左翼から黒煙が噴き出し、補助翼エルロンが噴き跳んだ。


衝突しそうな程の距離でグラマンは錐揉み状態に陥る。・・・つまりは。


「一機目撃墜!つづけて前の一機だ!」


2機編隊の2番機を撃墜し、ケモ耳を立たせたレイが旋回半径から振り出された長機を追えと指示を下した。


「待ってレイ、後ろにいるわ!」


左空戦を早期に切り上がれたから、射撃は受けずに済んだ。

だが、別れた半数の2機がつけ狙っている。


「むぅ・・・列機は手を出さないのか?」


振り返って追われている状況を見たレイが、小多一飛曹と大林二飛曹が手を拱いているのかと眉を顰めた。


「いや、待て!ヒカルっ、あれは・・・」


二機を振り返っていたレイの眼が、上空から降って来る<零戦>に目を停めた。


水平飛行で追い縋るグラマン2機に、一機の<零戦21型>が襲い掛かるのを。

降下しながら機首の7ミリ7だけで射撃して来る一機に目を見開いた。


追って来たグラマンに7ミリ7の射線が被さる。

命中したかは分からないが、奇襲だったのか二機は慌てて回避する。


「今の内だ!逃げるグラマンを叩くんだ」


追手は味方によって蹴散らされた。因って、目の前を逃げる長機を追いかけられると踏んだ。


「よしっ!」


後方に居たグラマンが追撃出来なくなった今なら・・・

スロットルを叩き出したヒカルがグラマンを追う。


降下しながら逃げるグラマンマイルドキャット。

21型だったら制限スピードに迫る400ノットでも54型は耐え抜く事が出来た。


背中を見せて逃げるグラマンに、ヒカルの54型は追い迫った。


眼前に海面がグングン迫る。

降下を辞めて海面上を這うグラマンが逃げ惑っているのが判る。


機体の性能差は敵機を追い詰めるだけでは無かった。

グラマンの操縦者は逃げきれないと分かり、死を恐れたのだろうか。

それとも単に混乱してしまっただけだろうか?


急激な横滑りを見せ、射撃を回避しようとしたのだ。

海面すれすれである事さえ忘れて。急機動が高度を落とすのを失念して。



 バシャッ!



水柱が建ちあがり、グラマンの姿が消えてしまった。


ヒカルの指が発射把柄から離れる。

一発の銃弾さえ撃たずに。


「自爆してしまいやがったな・・・」


水柱の跡には、海面に激突して果てたグラマンの尾翼だけが浮かんでいた。

衝撃でバラバラに成り果てた敵機を見て、レイが眼を閉じ冥福を祈る。


「レイッ!加勢に行くわよ!」


ステックを牽き、上昇に移させるヒカルが指した。


「あの機は何処かをやられているみたい!」


追撃して来た2機を追い散らしてくれた21型から薄く煙が吐き出されているのを見つけたヒカルが、応援に向かおうと上昇を続ける。


左右に展開したグラマンと渡り合う21型は、どこかで損傷を受けたようだ。

それとも発動機でも故障しているのか、十分な速力が出せていない。


「今度は、私が助ける番よ!」


54型の<金星>が唸りをあげてプロペラを廻す。


グラマン一機と渡り合う21型が追い詰められそうに見え、片やもう一つの空戦空域では、列機達がもう一機と巴戦に入っているのが見える。

どちらに向かうべきか・・・答えは端から決まっている。


「間に合えっ!」


スロットルを叩く様に押し出し、オーバーブースト状態に持って行く。

件の21型は薄く煙を曳き、僅かながらグラマンより速力が遅い。

このまま放置しておけば、まず間違いなく墜とされてしまう。


ヒカルの射撃は、その直前だった。

21型を追い詰めたグラマンが、機銃を発射する直前に気付いた。

自分の後ろにも敵が居るのだと。

流れ飛ぶ曳光弾に目が行ってしまった結果。

目前の21型への射撃を諦め、回避しようと舵を切ってしまった。


「喰らえっ!」


発砲するヒカルよりも先に、ケモ耳レイの方が叫んだ。




 ドドッ! ダラララッラッ!



20ミリは握るか握らないかの一瞬、13ミリは軽くボタンを押し込んだだけ。


両翼の20ミリ機銃からは、各々4発。同じく13ミリは20発程射撃されただけで・・・




 バガンッ!




当り処が悪かったのか、良かったのか。

グラマンの燃料タンクが爆発して、空中分解して果ててしまった。

脱出してパラシュート降下も出来ず、操縦者は愛機と共に還らぬ人になった。


「二人はどうしたかしら?!」


列機の心配を口にしたヒカルへ、ずっと状況を見守っていたレイが指を立てると。


ヒカルの部下はちゃんとやる事をやったぞ」


後ろを任せていたレイが、指を立てたまま教える。


「奴等も共同撃墜を果したってことさ」


指し示された空中には、列機2機の姿と、黒煙が棚引いているだけだった。

あの煙の濃さから観ても、敵機に致命的な損害を与えられたに相違ない。


「もう敵機の蔭は無い。通常状態へ戻らなきゃならんぞヒカルよ?」


襲い掛かって来たグラマン編隊は共同で全て叩き墜としたのだと。

満足げな顔と、揺らしてケモ耳を見せて笑い掛けて来る。

それは、空の闘いで宿敵を破った者だけがみせる勝利の笑顔だった。


「うん、エン君、キーちゃん。ご苦労様」


機体に宿る妖精二人に、ねぎらいの言葉をかけてから。


「で、どうすれば元に戻れるのかを聞いてなかったんだけど?」


ふんぞり返っているモフモフ髪のケモ耳少女に問い直した。


「あ・・・そうだっけ?言い忘れてたか?」


ガクンと肩を落としてヒカルを観る顔は、気が抜けたかのように脱力して間抜け顔になっていた。





基地上空での遭遇戦を終えたヒカル小隊。

突然現れた21型は手酷い損傷を受けていた。


その機に乗っていたのは・・・


次回 守勢

空戦を終えた時、君の耳に届いたのは慟哭・・・







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