第29話 開戦

南獏の空が見えていた。

蒼い空に沸き上がる入道雲、拡がる海の果て・・・そして。


見えて来たのは・・・ヤシの木が生い茂る飛行場。



ー そこで私は朝日を浴びていた。闘いの前に・・・



聞き入っている若い顔を観て、ヒカルは当時の友の顔に重ね合わせていた。



ー この子達と同じように、未来を語り合った友と・・・



若い聴衆を前にして、ヒカルは南獏に散った友を観ていた・・・






海軍ルゥバラ基地。

整備が進む航空基地に、全機が翼を並べていた。


指揮所ピストのポールに翻る、旭光旗と吹き流し。

掩体壕に引き込まれて整備を受けている機体。

整備を終えられた機に、燃料を給油する燃料車。

機首に備えられた7.7ミリ機銃に、弾丸を込める者。

皆全てが闘いに向けて準備を急いでいるように見える。


それは<戦闘201航空隊>が基地に展開して5日目の朝だった。


「おーいっヒカルぅ!」


ヤシの木陰で横になっていたヒカルの元へ、分隊長が呼びかけて来た。


「ええもん手に入れたで!一緒にやろうや」


振り仰いだ先に居た柏村大尉が小脇に抱えていたのは。


「わぁ!どこで仕入れて来たんですかそれ?!」


ラクビーボールみたいなヤシの実を二つ。

ニンマリ笑う大尉が、得意げに言うには。


「ここの住民と物々交換したんや。ここじゃあ紙と鉛筆でこんなええもん買えるんやで!」


傍に寄った柏村が、一つをヒカルに手渡すと。


「今の内に英気をヤシナウ。つまり、椰子やしnow(なう)って・・・な?!」


下手なダジャレで笑いを誘おうとしたが、ジト目でヒカルはツッコミを返す。


「大尉、笑えませんよ」


「むぅっ、釣れん奴やなぁ」


短刀で頂部を斬りながら、柏村は口を尖らせて見せた。


その仕草に微笑んだヒカルも、椰子を斬ってジュースを一飲みすると。


「で?いつなんですか、X日って」


何もないのに柏村がおどける筈が無いと睨んで、真意を確かめた。


「そやな・・・明後日とちゃうか?」


椰子の木陰から整備が進む機体を見回して、柏村がぶっきらぼうに言って来た。


「明後日・・・ですか」


驚くわけでもなく、高揚するほどもなく。

唯聞き流す様に答えるヒカル。


「そや。今晩にでも搭乗割が貼られるやろ」


二人は朝日を浴びてキラキラ光る<零戦>のキャノピーを眩し気に見ていた。




この当時には知る由も無かったのだが、既に開戦は決定されていた。

X日・・・つまり<フィフススター>と干戈を交える日。

その日を目指して艦隊は出動していたのだ、敵海上勢力の打破を企てて。

島の東側に付随する環礁には<フィフススター>海軍の要衝があり、そこには来るべき本格進攻を企画する敵艦隊が錨を降ろしている筈だった。

それに対して<サンシャルネス>は島の西側は海軍が受け持ち、本島に展開した陸兵達は橋頭堡を維持しつつ、内陸部への進撃を企画していた。


当時サンシャルネス国政府は、この戦争をナシナイチャ国を<フィフススター>から解放する為の戦争だと意味づけていた。両国との和平を模索するのではなく、戦争に踏み切った理由を解放戦争と位置付けたのだ。

それが、如何に自国の大義名分にしか過ぎないと分かっていたとしても。





夜明け前。

暗い中を整備員達が動き回っている。

駐機場に押し出されていく<零戦>と、エンジン始動車。


<搭乗員起し>のブザー音に、微睡む目を擦りながら身支度を始めた。

搭乗員室では眠れぬ一夜を明かした友達が、真新しい衣装に着替えて待っている。


「「搭乗員整列!」」


スピーカーから流れ出た命令に、誰もが勇んで飛び出して行く。

もしかしたら二度とは還れぬかもしれない部屋の中から。


指揮所前で壇上に上がった中村 八兵衛司令が、訓示を行う。

唯、黙って訓示を聴いていたヒカルだったが、その中の一文が耳に残った。


「かかる戦争に於いて、諸氏の働きは如何にも重い。

 海空軍によっては戦争自体が様変わりするものと心せよ。

 一命を以ってと皆が言うが、本官はそう考えない。

 生き残ってこその勝利と心せよ。死して良いのは勝利を納めた後と肝に命じよ」


生きろと司令は命じられた。

生き残ってこその勝利だと。


それこそが戦争のことわりなのだと、初めて聞かされた気がした。


司令の訓示が終わると、飛行隊長が時間の整合を始めた。


「よぉーいっ・・・てっ!」


掛け声と共に航空時計の時間が定まる。

夜光塗料を塗られた時針は、0540(まるごよんまる)を指していた。

攻撃開始時間まで、残り1時間もない。

目標までは1時間弱かかる。

つまり、敵が開戦を知った直後の攻撃になる。


飛行隊長は続けて司令と飛行長他に敬礼すると、直ちに命じた。


「かかれっ!」


挙手の礼を上官達に捧げて、直ちに乗機へと走る。

出撃前に、心づくしの別杯を口にしたヒカルの頬は上気していた。


<零戦>に駆け寄る前に、部下の二人に声を掛ける。


「今日は私から離れたら駄目ですよ。何が何でも付いて来てくださいね!」


小隊長であるヒカルから掛けられた二人が、揃って頷く。


「敵がどうであろうと、司令が仰られた様に帰るだけを心掛けてください」


「ついて行きますっ、願いますっ!」


短く交した言葉だけで、二人の心は繋げた筈だ。

二人に頷いたヒカルは<レイ>の元に走る。


「小隊長、帰って来てくださいよ!」


受け持ちの整備員が、操縦席に入る時に願ってくれた。


「勿論!まだ初日なんだから!」


戦争は始まったばかり。

初日に未帰還になるなんて御免こうむるとばかりに笑ってみせる。


「帰りにでもやってください」


笑い返した整備員が、操縦桿横に置かれてある小袋を指差した。

中には航空糧食でも入っているのだろうか?


「ありがとう!」


安全ベルトを固定しながら、感謝を述べて別れとした。

既に発動機は入念な整備を終えられて、オイルも温められている。

まだ暗い朝の事とて、計器盤を照らす為に室内灯を点灯した。

ざっと見廻しても異常は感じられない。


翼の上から整備員が、部下へと命じた。


「発動機始動!慣性発動機エナーシャ廻せっ!」


そこ彼処から発動機の唸りと始動音が飛び交い始めた。


「前離れ!促進棒抜けっ!」


整備員棒の顎紐を締めた整備班長が、ヒカルに促す。


「火を入れろ。コンタクトォ!」


声に併せてヒカルがスイッチを跳ね上げた。



 バッ バッ バババッ!



黒煙と排気炎が、集合排気管から噴き出される。

プロペラが廻り始めて、轟音と共に風を吹きつけて来る。


「しっかりと!帰って来てくださいよ!」


整備班長が手を差し出して来る。

それは、帰ると約束したヒカルへの想いでもあったのだろう。


「はい!必ず戻りますから!」


固く握り返したヒカルに頷いて、整備班長が翼から降りて行った。


まだ明けやらぬ朝、27機の<零戦>が駐機場エプロンから進み始めた。

それを観た指揮所のポール係が、旭光旗の下に<Z旗>を掲げ始めた。

半分まで掲げられた赤青緑黄色の記念旗が、全揚されれば発進が始る。


それぞれの受け持ち機に手を振っていた整備員達が、滑走路わきにまで足を延ばして来る。



 ポンッ


指揮所から白色の信号弾が打ち上げられた。

と、同時にZ旗も高く掲げられていく。


「帽ぉ~ぉっふぅれぇ~っ!」


飛行長の音頭で、皆がうち揃って手を振り見送りの配置に就いた。


「がんばって!帰って来てくださいよぉ!」


口々に呼びかけてくる声。割れんばかりのエンジン音の中でさえも届いて来る。


「必ず!ここに戻ってきます!」


ヒカルは見送る人達へ向けて頷いて応えるのだった。


中隊ごとに編隊を組むべく飛び立つ。

最後の柏村中隊、その第3番目。中嶋小隊の3機が飛び上がる。


編隊を組み終えると、左旋回で上空を廻って基地に別れを告げた。


最早戦争は始まったに等しい。

空中へ駆けあがった戦闘機乗りには、闘いに向かう騎馬の心と同じだった。


空の闘いは覚悟しかないのだと。






飛行隊長に率いられた26機は、一機の落伍もなく進み征く。

腹の下に着けられた増槽も、半ば近く無くなった頃。


漸く明けて来た朝日の中に、一つの影が浮かんで観えた。

海上に浮かぶ影が示していたのは。


「我がヒカルよ、いよいよだな」


点灯していないOPL照準器に座っているレイが、


「今の内に言っておくぞ、ヒカルよ。

 空戦が始ったら、余計なことは一切考えるな。闘う事だけに集中しろよ」


ヒカルの心を見透かすように、忠告を与えて来た。


「それが出来ない限りは生きて帰れぬものと覚えておくが良い。

 喩えこの聖獣<零虎>だとしても、負ける時には負けるのだから」


紅い瞳を半眼に構えて、異世界の<零戦>が操縦者に警告して来た。


「覚えておくわ。でも、私は負けたりしないしきっと帰る。

 それが飛空士になった私の約束なのだから・・・」


明けゆく空に目を向けて。

魔法を秘めた戦闘機は征く。


聖獣<零虎>と共に、ヒカルは生きる道を掴もうと眦を決していた。





航空攻撃・・・

それは互いの命を凌ぎ合う場であった。

空戦の最中、ヒカルが目撃したモノとは?!


次回 火の玉


君は生きて大地を踏めるのか?

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