第28話 逃げられない運命に


ー 初めて空に駆け上がった時・・・

   レイは笑った、蒼空に向かって・・・


教壇に立つヒカルには、あの日の空が見えていた。

試験飛行の日に観た、どこまでも蒼い空とレイの笑顔が・・・




あるじよ、そろそろ引き込み足を格納したらどうだ?」


高度300になっても主脚を格納しないヒカルへ忠告して来た。


他の誰にも姿を晒さない、ケモ耳でモフモフの髪の零虎レイが振り返った。


「主脚?あ、そう言えば<零戦>は足を格納出来たんだったわね」


今迄の96式艦戦では、固定式の主脚だった。

今乗っている<零戦>は引き込み足。

つまり空気抵抗を無くしてスピードを載せられるって訳だ。


座席左下にあるハンドルを引きあげると、油圧に因って足が格納されていく。

翼上にある指示棒と計器盤に灯るランプが、正常に格納された事を示している。


「よし、格納終わり。先ずは正常に整備されているのかを調べるわ!」


主脚の格納を終えたヒカルが、スロットルレバーを引き絞って速力系に注意を払った。

それに併せてプロペラ回転も落ち、減速された機体を水平状態へと操っていく。


低速での舵の効き方を確認する為、操縦桿スティックを右左に動かしてみる。


「ふーむっ、低速では96式の方が舵の効き方は良い様ね」


「「ふふんっ、実際の戦場ではこんな遅い速力なんか使わんだろうに」」


旧式の戦闘機より舵の効き方が悪いと言われたレイが、明け透けに嫌味を言う。


「・・・次は滑らせてみる!」


フットバーと呼ばれる足下の横棒を蹴り込んだ。

途端に機体がスライドする。

その速さたるや96戦を遥かに凌いでいた。


ー 足が出ていない分、空気抵抗がないって訳かな?


これだけ素早く横滑りできるのならば、咄嗟の襲撃にも対応できると踏んだ。


「次は速力を出して特殊飛行に移るわ!」


上下左右を確認し、周りで飛行している機が居ないのを調べてから。


「それじゃあ、先ずは縦の軌道!」


スロットルを押し出して回転を高め、おもむろにステックを手前に引き寄せる。

上昇に移った<零戦>は、それまでの96戦よりも上昇率が良かった。


「ふぅ~んっ、量産機より良く回るんだね?」


スロットルに反応するエンジン回転は、他の同型機よりも調子が良いと思える。


「「なんだ主よ、知らなかったのか?

  この<零虎レイ>様には子分がいるんだぞ?」」


「子分?そんなの何処にも居ないじゃないの?」


上昇を終え、高度を5000メートル付近に執ったコックピットでヒカルが周りを探す。


「「今に分かる・・・その時が来れば・・・な」」


モフモフ髪を靡かせるレイが、ニヤリと笑うと。


「「先ずは基本からだろう。

  我が巴戦能力を知らねば、話にもならんのだからな」」


腕をグルンと廻して、突っ込めと促した。


「言うじゃないの。どれ程の物か・・・見せて貰うわよ!」


スロットルをいきなり引き絞り、続けてスティックを押し込んだ。



 フワッ!


失速したかのように、<零戦>が一瞬空中に停まったかに見えた。

次の瞬間、機首を下にした急降下が始る。



 ビュウウウウゥッ!



プロペラ音よりも翼が空気を切り裂く音が勝った。


「只今、対地速度300ノット!」


グングン高度計の針が地上目掛けて墜ちていくのを指す。

もう十分速力が付いた頃、ヒカルの左手がスロットルにかかる。


「引き起こす!」


物凄いGで、頬が後方に引っ張られている。

スロットルを押し出したヒカルが、すかさず両手でスティックを手前に引きつけた。



 ギュワワワワァーン!



それまでとは異なったエンジンの轟音と翼が撓むくらいの風斬り音が鼓膜を突く。


エンジンの馬力と降下スピードが相まって、<零戦>は空中に弧を描いた。


それまでのGとは違い、血が足まで下がっていくような貧血状態に堕ちてしまう。

やがて風斬り音がエンジン音に掻き消された。

涙滴型の風防に地上が映る・・・一回転し終えたのだ。


「機体周り、発動機に異状なし。

 このまま更に特殊飛行に入る!」


スロットルが押し込まれた状態を確認して、半横転に入る。

機首を軸にして横倒し状態になる。


「水平面の軌道も特段に異常は認められない」


馬力を使っての横転性能にも次第点を付けて。


「最期に、半横転錐揉みからの回復に移る」


ヒカルの手がイキナリ引き付けられる。

急激な舵を充てられた機体は、飛び上がるように機首を上空へと向けたが。


「失速!これより回復作業に入る!」


行き足を停められた機体が、浮力を失い枯葉の様に舞い落ち始めた。


キリキリと駒の軸の揺れ動く様に、機体が激しく舞い落ちる。

暴れるスティック、蹴り手繰られるようなフットバーを力でねじ伏せる。

グルグルと廻っていた地上の景色が、やがて一方行に落ち着いて来ると、ヒカルの左手がスロットルを押し込んだ。

錐もみ状態から復元させると、馬力を生かして上昇に転じた。


「はい、これにて異常の無い事が確認出来たわよ?」


戦闘機における試験飛行手順を終えて、水平飛行に戻してからレイに告げた。


「で?あなたの言う力ってのと、子分を教えて貰いましょうか?」


未だに聖獣たるレイの力が示されていない。

飛び上がる前に言っていた力を見せられてはいないと感じたから。


「「ふむ。それでは見せてやろう・・・出て来いエン、キー!」」


「なにを言ってるのよ?・・・誰かがこの中から現れるって言うの?」


ふざけられたのかと思った。それを見せられてしまうまで。

紅い直垂の少年と、緑の直垂を来た少女の・・・妖精が現れるまでは。


「「あははははっ!びっくりしたか我がヒカルよ!」」


高らかに笑うレイの顔。呼び出された発動機妖精と機体を司る妖精。

<零戦>に宿る魂を感じた時、ヒカルは青空の中に居た・・・








― あの日。

  確かに運命を感じた。


  闘いに向かう前、確かにレイと心を交わし合った・・・



目を閉じても目前に見えて来る。

あの蒼き空が、闘いに明け暮れた空が。


ー そして、私は生きて帰る事になった。

  あの地獄のような島から・・・ナシナイチャの西にあった煉獄の島から・・・


教壇の上でマイクに話しかけている飛空士ヒカルに、皆の眼が向けられていた。







紛争が膠着状態になってひと月が経った頃。


「えっ?!堀越中尉が私達の分隊士に?」


飛行服に身を包んだ中尉に、ヒカルは戸惑いを隠せなかったのだが・・・


内地で整備と補給に明け暮れていた間に、部隊は再編されていた。

6空と呼ばれていたヒカルの部隊は、厳しくもその名を<戦闘201>航空隊に改められ、進出する地名から<海軍ルゥバラ航空隊>と総称される事になる。


驚いたヒカルが件の中尉と編隊を組むと、意外な事に堀越の操縦技術は新参者とも思えない程だった。

粗削りな面もあったが、自分が初陣を果した時より余程落ち着き払っていると観えた。


「これなら、中隊を任されてもそこそこいけるでしょうね?」


他の古顔達にも納得されて、堀越はヒカルの所属する第3中隊に収まった。

一時内地へ戻っていたヒカル達に、出動が命じられたのは帰還してから僅かひと月後の事だった。


「完熟飛行も終えられた今、我々201空にもお鉢が回って来た!

 本航空戦力を以って、新たなる目標に当たる。

 進出するのはこの島になる、各位粗漏の無きよう・・・」


飛行長から渡された航空地図に目を配った面々は、小首を傾げて囁き合った。


「どこだよこの<ルゥバラ>っていうヘンテコな名前の島は?」


「地図を観たらナシ島の西の果てだぜ?」


敵の本拠からも近く、味方艦隊の支援なんて期待も出来なさそうに映るのだが。


「諸君!このルゥバラから敵の増援部隊を叩くのが我々航空隊の使命である。

 味方の攻撃部隊も近く展開するだろう。

 ここに至り、我が軍は<敵>との<決戦>を企画せんとするものである!」


飛行長は敢然と言い放った。

<敵>と<決戦>だと・・・


ヒカルは深く考えていなかった。

進出してもこれまで同様にナシナイチャの傀儡政権が相手だとばかり思い込んでいたから。


「今度の<敵>は、陸上機だけではないと心せよ。

 我々がそうであるように、<海軍機>にも遭遇すると肝に命じよ」


付け加えられた注意事項に、はっきりと教えられていたのに・・・だ。


傀儡政権のナシナイチャ国には、<航空母艦>なんて存在しないから。

海軍機・・・それが意味していたのは。



飛行長から出発は明朝だと告げられ、一時解散になった。

三々五々、隊員達は出発に向けて荷造りに掛かったが・・・


「中嶋っ、おいヒカル?!」


分隊長の柏村大尉が呼び出した。


「お呼びですか大尉。なんでしょう?」


南方に向かうからと、薄手の下着を買い込んだヒカルの手を掴んだ柏村が。


「なんだじゃないで!大変なこっちゃ!」


宿舎の陰迄引きずり込んで言う事は。


「今度こそアカン。この出征がウチ等の運命を決めたんや」


「はぁ?どうされたのですか大尉?!」


泡を喰う柏村に、ヒカルが問い質してみる。

周りを見回し、誰にも訊かれていないのを確認してから柏村がポケットから紙片を取り出す。


「昨日参謀連中が来てたやろ?

 その時暗号を改変するって言うてたんや。なんでやと思う?」


「はぁ?!使い慣れ過ぎたから傍受を防ぐ為でしょう?」


話された意味が分からず、戸惑って当たり障りのない受け答えをしたが。


「そうなんやが。なぜ今やと思う?」


そう言ってから紙片を突きつけて。


「見てみぃ、その訳はこれやで!」


紙片と思われたのは<通信欄>だった。

しかも、書きなぐられた文面に見えたのは。


「発、海軍長官。宛て全指揮下部隊。本文、X日を以って開戦と為す。部隊配置を完了せよ」


目の前がクラッとしてしまう。眩暈のような、貧血を催したような・・・


「ええか、これは戦争に突入すると言われたんや。

 もうウチ等に逃げ場なんて無くなっちもうたんやで?!」


耳鳴りが襲い掛かって来た。

これから向かう敵はナシナイチャなんかじゃない。


「干戈を交える相手は、あの<フィフススター>なんやで?!」


強国であり大国。しかも無尽蔵の工業力を誇っている国が相手なのだと教えられた。


「どうするって・・・どうなるんでしょうか?」


最早、頭は真っ白。どうするとも考えられなくなっていた。


「決まってるやろ、帰っては来れんっちゅぅだけや」


聴いてはならない一言に、ヒカルの頭は更に混乱をきたしてしまう。

返す言葉を喪い、黙って紙片を柏村に返す。


「せやから、ヒカル。これからは生き残るだけを考えるんや。

 今迄みたいに敵を叩き墜とすだけを考えるんやない。

 どうやったら一日でも永く生きておられるかを考えるんや!」


漸く飛行長の言っていた<敵>と<決戦>の意味が分かった。

今から向かうルゥバラは、南国の楽園なんかでは有り得ないのだと。

今から飛び征く先は、決戦の空なのだと。


柏村に諭されたヒカルには敵愾心など微塵もなく、唯これからの運命に悲観するだけだった。







翌朝・・・0600(まるろくまるまる)時。


列戦に並んだ<零戦>21型のプロペラが廻り始めていた。

機体下には増槽と呼ばれる使い捨ての燃料タンクが吊り下げられている。


飛行隊長下川大尉に率いられた3中隊全27機が、中隊ごとに発進を開始する。

中嶋輝なかじまひかる少尉は、第3中隊3小隊長の配置にあった。

小隊長を拝命しているヒカルの部下は、2番機に小多一飛曹、3番機に新参の大林二飛曹が着いている。


中隊の分隊士として堀越中尉が2小隊長、そして柏村が中隊長兼分隊長として率いていた。


1中隊と2中隊が滑走路から飛び立った。

砂煙が棚引く前方を見据えて、ヒカルが柏村機に注目していると。

左手を突き出していた柏村が、前方へ向けて薙ぎ払うのが見えた。


「発進!」


鋭い瞳で指揮所ピストに掲げられた旭光旗こっきを振り返る。

もう二度とは踏めない母国の大地に立つ旗を。


「「さよならなんて言うんじゃないぞ、我が主よ」」


グングン加速する操縦席の中で、白銀の髪を靡かせるレイが忠告した。


「「飛び上がればいつだって同じだと思っておくが良い。

  喩え戦場へ向かうにしても、大地へ帰るのは<生きて>なのだとな」」


腕を組んで蒼空を睨むレイが言った。


「「生きて戻らねばならない。それが飛行機乗りの心意気だと覚えておくが良い」」


「ええ、覚えておくわ」


車輪が大地を蹴った。

上昇する機体の中で、聖獣とヒカルは約束を交わした。


「必ず、必ず帰って来るから・・・故郷に」


上空で旋回していた2中隊と編隊を組んだ柏村中隊も、やがて進路を目的の島へと向けて行った。


Xディまで、残った時間は僅かでしかなかった・・・





遂に全面戦争へ。

サンシャルネス航空隊が辿ったのは?

ヒカルは始りに何を想うのだろうか・・・


次回 開戦

君は戦い往く空に何を思うのだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る