第2章 そして私は生きて還る

第27話 二つの国

士官候補生が集った講堂で・・・


教壇に立つヒカルへと、皆の視線が注がれていた。


ある者は興味本位の眼で。

またある者は言葉から何かを学ぼうとして。


壇上に立つ、嘗ての<撃墜王げきついおう>から語られる真実まことから・・・




3百人からの生徒と同伴者達の眼が、ヒカルの声を詰まらせてしまった。

どうしても最初の一言が出て来ない。


壇上から観てしまった。

集う若人の眼に映った、<生きている自分>を感じたから。



ー 話さなくては・・・それが、亡くなった方々への慰めになるのなら・・・



想いは募れど、何から話せば良いのだろう。

これから国に務められる若人達へ、何を知らせれば良いのだろう・・・と。


壇上に上がってはみたものの、想いが空回りして言葉を思いつけずにいた。



「うおっほん!」


静まっていた講堂に、女性の咳払いが聞こえた。


「あ、これは失礼やったな」


言葉端が柔らかい、件の女性が謝罪を述べる。

その声にヒカルは聞き覚えがあった。


「・・・あ、柏村さん」


言葉を出さないヒカルへ向けた助け舟だったのか。

臨席していた元上官に、ヒカルの目が向けられる・・・と。


ー しっかりせぇや、ヒカル


軽く瞬きして魅せる、柏村飛行長の表情に気付かされた。


ー そうですね柏村さん。私以外に誰が真実を話せるんでしょうね?


柏村に眼を伏せて感謝を告げると、ヒカルは講堂の天井を見上げた。


ー みんな・・・忘れてなんていないから


空戦に入る前の様に、深呼吸を数回繰り返して息を整えて・・・

若人を前に、マイクへと進んだ。


「蒼き光溢れる空へと、飛び立たれる皆さんへ・・・」


300人の聴衆を前にしたヒカルから、第1声が零れ出た・・・






_____________





<サンシャルネス王国>と<フィフススター国>


この世界にある東と西の国。

西の<サンシャルネス>は4つの島嶼からなる本国と、付随する島々からなり立った海洋国家。

東にある大陸国家<フィフススター>は、大陸をほぼ手中に収めて海洋に進出して来た。


二つの勢力は陸と海に分かれていたのなら、問題は起こらずに済んだだろう。

だが、二つの国の間にはもう一つの国が存在していた。

いいや、国とは言えなかったのかもしれない。そこは二国間の真ん中に位置した島だったから。


両国政府は、島の利権は自分達にあると譲らなかった。

古くから海洋国家であった<サンシャルネス>は、彼の地との交易をおこなって移民も多かった。

一方、大陸から覇権を狙う<フィフススター>は、同島を自らの領土だと言い張り始めた。

数百年も前の歴史を盾に取り、現状を破壊してまで領土拡張を目論んだのだ。


当然両国の意見は折り合わず、互いの主張を繰り返すだけに数十年も懸けられた。


大陸国家である<フィフススター>は交渉を継続させるふりを見せ、歩み寄る代わりに同島に居住権を認めさせた。

居住民の保護を名目とした進駐が始るのは、火を観るより明らかだったが。

島の自治政府は圧力に屈し、島の東側に居住地を与えてしまった。

当時の<サンシャルネス>政府は抗議したのであったが認められず、島の自治政府に対し自国の権利を保護する為に、島の一部を割譲するように迫ってしまった。


国論は乱れた。

<フィフススター>に対して強硬論を唱える者。

対して、利権を放棄しても和平を希求する者。

先の者は政府関係者に多く、後者は女王の派閥が多かった。


国民には秘密裏に閣議が執り行われ、日夜激論が交わされた。

そして、その日が来てしまった。


国難に際し、非常の措置として国民に訴えたのは。


平時にはあり得ない<招集>という、戦時における国家の暴力。

今迄国民に知らされずに来たが、敵国<フィフススター>の侵略という形で発評された。

侵略と圧力に屈するか、それとも自衛自存の為に干戈を交えるのかを問うたのだ。


平和裏に交渉する手など、もはや尽きたとでも言わんばかりに。


<闘うも亡国。闘わざるも亡国。

 同じ亡国と謂えど、闘わざるままの亡国は、魂の亡国なり。

 而して、干戈を交えて後に破れども、亡国に在らず。

 闘った後に残る魂は、民族の礎ならん>


時の新聞紙面には、こうした戦争へ向けた強論がもてはやされていた。

やがて国民の間でも、戦争に訴えてでも事態の打開を求める声が主流となり出してしまった。


双方の国家間での交渉は、とうとう頓挫する事態にまで悪化した。

利権と主張が絡んだ交渉がまとまる訳もなく、遂に突発的暴走を招いてしまう。


それまで島国として独立を維持していた両国の間に位置したナシ島で起こされた新政府は、ナシナイチャ国と改名しフィフススターの傀儡政権が取って代わったのだ。


軍事政権となったナシ島新政府は突如、サンシャルネス居留地に銃撃を加えて騒乱を起こした。

発端は軍部の暴走であったのかもしれないが、銃撃事件を発端にサンシャルネス政府とナシナイチャ新政府との関係は破綻状態にまで悪化した。

どちらもが相手に責任を擦り付け合い、関係を修復しようとはしなかった・・・


元ナシ国は、東西2000キロ、南北1500キロに渡る島で、周り付随する大小さまざまな島とで形成されている島嶼国であった。

西側に位置した島々にはサンシャルネス贔屓の島民が多く、反対に東部には傀儡政権軍が支配を広めていた。


その島国で、軍同士の紛争が勃発する。

互いに譲らず、互いに嘘偽りの情報に振り回された結果だった。

サンシャルネス王国から海路で400里離れた島で、両国は戦闘状態に陥ってしまったのだ。



謀略を企てた<フィフススター>の狙いは、本格的戦争に突入するまでの時間稼ぎと、敵国の弱体化を兼ねた一石二鳥の計略だったのだが・・・


まんまと戦闘状態に貶められたサンシャルネス王国であったが、事変の拡大を危惧する人々も存在していた。

その中心人物たる方は、当時まだ即位して幼き女王マリーンであった。

憂う女王は、親書を<フィフススター>大統領に贈ると言い、戦禍を拡げないように欲された。

だが、時の内閣には干戈を交えるべしの声が蔓延した状態であり、女王独りの力では止める事さえも出来なかった。


此処に居たりサンシャルネス王国政府は、敵本国<フィフススター>との戦争準備に邁進する。

両国の間にある海洋を乗り越えて、敵にダメージを与えられるかの研究も急ピッチで行われたという。

その原動力になったのは、突如降って湧いたような計画が立ったから。


海洋での戦闘を重きに於いていた両国。

当然の事海軍が主流であり、その最たるモノは戦艦であった。

しかし、世界に飛行機が現れてからは考え方も替えられた。


 <<航空戦力こそが国運を担うべき存在>>


如何に戦艦巡洋艦なれども、闘う前に航空攻撃に晒されれば戦闘能力の維持すらままならぬ。


当時の海軍は、航空戦力をも独自に装備していた。

<主人公ヒカルが<海空軍所属>と言っていた謂れである>


その航空戦力を飛躍的に高めた事件が起きたのだ。

それまで軍用機とは如何に発展すべきかを考察して来た軍に、突如異変が起きた。


それは或る日突然に。


スカヨコ工廠の一角に、観た事も無い飛行機の姿が溢れていたからだ。

そのどれもが観た事も無い識別標デカールの赤い丸を付けていた。

単発機もあれば、双発機もあった。

戦闘機と思われる機種もあれば、攻撃機と思われる双発機もあった。

そのどれもが観た事も想像すらした事も無い新型機だと知れた。


工廠の設計官やエンジン開発者達は挙って驚喜した。

この機体を分解して、設計をし直せば・・・と、考えたのだが。


件の航空機たちは<<拒んだ>>のだ。

まるで意志が潜んでいるかのように、機体は分解され尽すのを拒んだのだ。


整備は受け付ける。

だが、飛び立たない。


機銃は交換できるし、装弾も可能だ。

だが発砲できない。


まるで闘いに赴くのを拒むかのように。


そこで技師達は、ある程度の参考として飛行機たちから学び取った。

全く寸分違わずコピー出来る部分は機体周りとエンジンぐらい。

材質の超超ジュラルミンは、技術が追い付かず、性能の落ちるジュラルミンを使わざるを得なかった。


そうやって出来上がった始まりの新型機は、誰言うともなく<零戦>の名が冠された。


始まりの1機に書かれてあった製造識別表にある型番から採って。






_____________






ヒカルの脳裏には、あの日初めて乗り込む事になった愛機の雄姿が映し出されていた。




「中嶋少尉、試験飛行をお願いするよ」


飛行服を纏って操縦席に座ったヒカルへ、堀越中尉が頼んで来た。


「ええ、飛び立てるかは分かりませんけどね」


飛行帽に跳ね上げていたゴーグルを目元に降ろし、地上の整備員達と共に見上げる勲へと返す。


「「おいおい・・・お前でなくて誰が飛ばせるんだよ?」」


他の誰にも聞こえない声が、耳に入る。

OPL照準器に座り、ヒカルを見ている<零虎レイコ>からの言霊が。


モフモフの髪、紅き瞳。緑色の巫女服に似た見慣れぬ衣装を纏ったケモ耳少女。


「「コッチでは確かに初飛行だから。慎重に飛ばせよな我があるじ」」


ケモ耳少女はヒカルの操縦技術を疑いながらも、なにか期待を込めているようだ。


「「巧く飛べたら、見せてやるよ。

  この聖獣たる者の謂れって奴を・・・さ」」


ニヤリと哂うケモ耳少女が、振り返って機首に目を向けた。


「見せるって・・・何をよ?」


「「それは・・・後のお楽しみって奴さ」」


はぐらかされたヒカルが、計器盤のチェックを完了して。


発動機エンジン始動っ、エナーシャ廻せ!」


機首下に取り付いていた整備員に慣性始動機エナーシャの旋回を命じた。

起動機に差し込まれたハンドルを、二人の整備員が力一杯廻し始める。


「おおっ?!やっぱりだ。廻るぞ!」


整備員が驚喜して叫ぶ。



 グオン グオン グオン・・・



回転が早まると計器盤の発動機回転計が、僅かだが振れ始める。

音が高まり、電力計の位置を確認したヒカルが手を上に突き出して。


「前離れっ!」


整備員の安全を図る。

抜き取ったハンドルを掲げた整備員が二人共プロペラ前方に来て。


「前よろしっ!」


安全を確かめヒカルに応える。

声と目で確認したヒカルが、手を引っ込めてす発動機切り替えスイッチが<正>であるのを見て。


「コンタークっ!」


すかさず点火ボタンを跳ね上げた。




 バッ! ババンッバッバッバババッ!




発動機カバー下部から突き出た2本の集合排気管から、黒煙が勢いよく吹き出して来た。


「やった!動いたぞっ、廻り始めたぞ!」


今迄何をしても誰が操縦しても、火が点らなかった発動機が動き始めたから。

整備員達は挙って喜び合っている。

その輪の中で、勲だけがまだ安心しきれていないようで。


「これからが本当の勝負だぞ。飛べあがれなきゃぁ意味が無いんだからな」


発動機が廻っても、飛行機は飛べねば話にもならない。

機体周りの設計がおかしくない事は、量産に移った同型機から知れていた。


だが、このオリジナルがどんな飛行を見せるかが、今後の製造に及ぼす意味は大きいと思われた。



プロペラが廻る。

同じ3枚ぺらでも、今迄乗って来た96艦戦とは重みが違った。


明け放たれた密閉式の涙滴型るいてきがた風防キャノピーからは、排気の匂いが鼻を掠めていた。


「「ああ・・・本当に火が点いたんだな。

  我が主に因って、この<零戦虎徹>が蘇ったんだな」」


クンクン匂いを嗅ぎ、ケモ耳少女が感動している。


「何を感動してるのよ。

 飛空機なら、発動機が回らなきゃ意味ないじゃない。

 こんなことで感動してるのなら、あなたの性能なんて多寡がしれてるわよ?」


ブスリとケモ耳少女に棘のある声を投げかける。


「「言ったなあるじよ。

 ならば上空で見せてやるから、<零虎>たる謂れって奴を!」」


振り返ったケモ耳少女が、モフモフの髪を靡かせて哂って来た。


「ふ~んっ、面白いじゃない。見せて貰おうかしら、あなたの見せたい物って奴を!」


嗤われたヒカルが、鼻で笑い返す。


スロットルにかけていた手を離し、両腕をキャノピーから突き上げる。


「試験飛行に発進します。タイヤ止め(チョーク)外せ!」


手を両側に広げながら、タイヤに噛まされていた留め具を外させる。

合図に整備員二人が紐に繋がれた留め具を引き払った。


翼の陰から整備員が抜け出たのを確認し、再びスロットルレバーに手を載せて。


「発進っ!」


レバーを前方に向けて押し出した。



 バッ バララララッ!



回転計が跳ね上がるにつれ、プロペラも回転を速める。

プロペラが空気を巻き込み、後方に向けて旋風と換えて吹き飛ばした。

初めはゆるりと、徐々に回転を上げていく。


待機所エプロンから進み出した<零戦>は、メインの滑走路にまで出る。


機首を滑走路に平行に向け直したヒカルが、ブレーキを踏みながらスロットルを一吹かしさせる。

こうすることでプラグに着いたカーボンを吹き払い、発動機の負荷を減らす意味があった。


回転を一旦下げたヒカルが、待機所に居る整備員と勲に向けて手を振ると。


「さてと・・・行きましょうか?」


照準器に座るケモ耳少女へと声を掛けて・・・



  グンッ!


スロットルを押し込んで行った。


「「往け!我がヒカルよ」」


プロペラ角度ぴっちが、より空気を噛む低速位置にあるのを目の端に捉えて。


「黙っていないと舌を噛むわよ!」


半腰態勢のヒカルがスロットルを全開にした。






飛び立つ<零戦>


その雄姿は大空に舞う獣王の如し。


今蘇る記憶の中で、ヒカルは戦地に戻っていた・・・


次回 第28話 逃げられない運命に


空中戦の後、君は生きて大地を踏めるのか?




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