第21話 悲しき空
横山は一人グラスを傾ける。
記憶の中で微笑む彼女を思い起こして
・・・そこには悲しき空が広がっているだけだった・・・
「明美・・・僕は君を護る事が出来なかった・・・」
横山はグラスを手に独り想う。
今日観たエイミーの微笑んだ顔に、昔喪った人を重ねて。
「明美・・・栄美ちゃんの顔を観て思い出したよ、君の事を。
僕に微笑んでくれた・・・君の事を・・・さ」
酒を一口呑んで呟く。
その瞳に映るのは、エイミーの微笑なのか。
それは昔に観た想い人なのか。
懐かしい想い出は悲劇を呼び覚ます。
「ああ・・・そうだね、明美。君との約束は未だに果せていないんだ・・・」
横山の耳に17年前の爆音が聞えて来る。
グオオォンッ
空を圧する爆音が響き渡る。
「こちら横山一番!突入するっ」
バンクを振って機体を横転させる。
高度8000。
酸素マスクから流れ込む空気が肺を刺す。
眼下を群れ飛ぶ敵爆撃機編隊へ向けて乗機を急降下させる。
サンシャルネスは戦争に破れつつあった。
王都周辺の街はフィフススター連合国による爆撃を受け灰塵に帰そうとしていた。
敵の重爆撃機による戦略攻撃により、数多の命が喪われ、
それを防ぐ者達との闘いは何時果てるとも無く続けられていた。
グオオオオオォーン・・・
数百の敵機に対し味方防衛隊は数も少なく、
重爆撃機と共に現れた護衛戦闘機隊によって、近寄る前に火を噴き墜とされてしまう。
今、正に横山機と共に突入を図った味方機が<マスタング>の一撃を受けて墜とされてしまった。
「ちくしょうっ!」
横目でその光景を確認し叫んだ横山の前に、
群れる<空の要塞>から防御機銃が撃ち上げられてくる。
12.7ミリ機銃弾が数十機から放たれて全て自分目掛けて飛んでくるように見える。
十字砲火に晒されても、横山は狙う只一機目掛けて突っ込んだ。
距離はグングン近寄る。
敵重爆撃機に対して背面飛行になった横山機は、まだ発砲しない。
機首に装備されている筈の13ミリ機銃は機体を軽くする為に一門しか装備されていない。
しかも、装弾数は僅かに50発にも満たない。
こんな軽装備で重爆撃機を墜せるのか・・・
「まだだ!後少し・・・ぶつけてやる!」
<震天特別攻撃隊>と
横山は眼前に迫った重爆めがけて一門の機銃を放った。
ダ ダ ダ ダ
片銃から放たれた弾が重爆の機首からコクピット周りに命中するのが目に入る。
ー これなら普通装備の<雷電>や<紫電改>だったら墜とせていたな
ちらりと過ぎる想いを振り払って、横山は体当たりを敢行させた。
フッ
重爆と横山の<隼>が行き交わしたが。
「しまった!当てられなかったのか!?」
てっきりぶつかり、死ぬものと目を瞑った為に、寸での処で当てられなかったのだ。
思わず当て損なった重爆を振り返った横山の眼に写ったのは、
ガクリと機首を下げて墜ちてゆく重爆の姿だった。
「僕の撃った13ミリで・・・墜ちたのか?」
煙も噴かず墜ちゆく重爆を眼にした瞬間。
ガガンッ!
編隊の他機の弾幕に捉えられた機体に、敵弾が当る。
ボワッ
撃ち抜かれた右翼から、炎が噴き出る。
「くそっ!やられたっ」
翼から炎を噴き出した機を、横滑りさせて弾幕を避けつつ消火を試みるが、炎は消えない。
ー 残念だが・・・今はもうこれまでだ・・・
横山の脳裏に思い出されるのは今迄生きてきた記憶。
父母の姿、友の姿。・・・そして。
「明美・・・」
想い人が記憶の中で笑いかける。
栗毛の髪、鳶色の瞳、華奢な
そのどれもが愛おしく、その想いが心に響く。
「「保さん・・・必ず還って来て」」
笑顔で送り出してくれた愛しい人が、願ってくれた一言。
「まだ、死ぬ訳にはいかない・・・彼女を護る為にも死ぬ訳にはいかない」
横山は機体を操りながら、もう一度彼女の名を叫んだ。
「明美!僕は生きて還る・・・還ってやる!」
グラスを置く横山が呟いた。
「僕は生き残った・・・終戦の日まで。
ヒカルさんがアイツを墜として闘いを終らせてくれたあの日まで。
でも、僕は約束を果せなかった・・・明美を護る事は出来なかった・・・」
横山は一つの箱に手を伸ばす。
手にした箱をそっと開けると、その中には一枚の写真が入っていた。
若き飛空士姿の自分と、寄り添う様に立つ女学生の姿が写っている。
栗毛の髪を束ねたその女学生は、写真の中で微笑んでいた。
「明美・・・どうして・・・死んでしまったんだい?」
悲しげに写真に話す横山は、明美の姿を指でなぞる。
「どうして戦争に行った僕が生き残って、君が死んでしまったんだ。
どうして内地に居た君が殺されねばならなかったんだ?」
悲しき想い出は思い起こす事すら罪の意識を横山に与える。
「僕が君の死を知ったのは・・・
僕が君の家に行った時・・・いや。家の跡に着いた時だったよ」
横山はグラスに残った酒を一気に呑んで写真に語った。
「海空軍の少尉さん。
この家の人は誰も生き残っちゃいないよ・・・可哀想な話だけど」
焼け野原となった街にやっと辿り着いた時には、ここが終戦の月に大空襲を受けた事を知った。
「この辺りは特に酷くてね。
避難所に居た者も、防空壕に入っていた者も皆焼け死んだんだよ。
ここの娘さんも、ご両親と共に行方不明になっているんだよ」
行き擦りの女性が憔悴しきった瞳で横山に話す。
「おばさん、ここの御家族は・・・唯の独りも生きては居ないと?」
「ああ・・・この町内では誰一人生き残れた者は居ないよ・・・可哀相な事だけど」
横山は耳を疑った。
自分の眼で確認するまでは、どうしても信じられなかった。
いや。
信じたくはなかったのだ。
方々を訪ね、どこかに居てくれる事を願い、探し回った。
そして行き着いたのは・・・
「願いは叶わなかった・・・僕はその事実に打ちのめされたんだ・・・明美」
写真を見詰める瞳から、涙が零れ落ちる。
「君が生きていてくれると信じていたのに・・・
君と御両親が最期を迎えた処に残されていたんだ・・・これが」
ポケットから取り出した青い涙のような・・・涙滴型に変形したガラス玉を観て写真に翳す。
そのガラス玉の中心には、飛行機を模した飾りが燻りつつも残っている。
「僕が飛空士士官に任官した時に賜った恩賜の玉。
君にあげられた唯一つの贈り物・・・
これは、あの焼け爛れた防空壕の中で見つけられた唯一つの君の存在。
これが僕に教えてくれた・・・そう想っているんだ・・・明美」
写真の中で微笑む彼女の声が再び聴こえたように思えた。
「「保さん・・・生きて。私の分まで生きて・・・
そして私達みたいな人が出ない世の中を創って。
私達戦争で喪われた者が居た事を、若い子達に教えていって欲しいの・・・」」
写真の中で微笑む彼女が、そう話しかけてくるように思えて、横山は何度でも誓う。
「ああ・・・絶対に明美の願いを忘れたりしない。
僕は君との約束を果せなかった・・・だけど。
この誓いは果すつもりだよ。
必ず生き抜いて、若い子達に教えて行く・・・そう。
それが君に出来る僕の誓いなのだから・・・」
手にした形見の青いガラス玉を写真に見せて、横山は改めて誓いを起てた。
横山の呟いた名を聴いたエイミーは、両親に訊いた。
そして・・・
エイミーは横山にそんな過去があった事を知る。
いつも優しく接してくれていた
次回 第22話 ドジっ
君は恋心も知らない
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