第20話 優しき男性(ひと)

校舎の陰で佇む人影。


夕闇が近付く中、横山が出てきた・・・




 夕暮れ時、飛空士学校にも夜のとばりが訪れようとしていた。


横山の眼に一人の女生徒が誰かを待っているのか、ずっと俯いて立ち尽くしている姿が映った。


「なんだ栄美ちゃんじゃないか。こんな処で誰を待っているんだい?」


気安く少女に話し掛けると、此方を向いたエイミーが顔を挙げて、


「横山校長先生。待ってたんです、先生を」


ほっとした様な表情を浮かべて駆け寄ってきた。


「うん?僕をかい?何か言いたい事があるんだね」


横山は直ぐにエイミーが何を言いたいのか解ったのだが、敢えてとぼけてみることにした。


「あ・・・あの。ここでは話し難いので・・・歩きながらでも聞いて下さい」


少し表情のかげったエイミーに微笑んで、


「そう?じゃあ宿舎に帰る間にでも・・・」


促して一緒に歩き続ける。


「あの・・・横山校長先生・・・実は・・・」


言い難そうなエイミーが畏まって話し出すのを、


「栄美ちゃん・・・もう学校の外だから、気を遣わなくていいんだよ。

 いつもの栄美ちゃんの話し方でいいからね」


横山はポンとエイミーの頭に手を載せて笑う。


「え・・・と・・・うん。あの・・・ね・・・同級生のバルクローンさんの事なんだけど」


促されたエイミーが思い切って話しだす。


「彼女・・・ランナさんの処分はどうなるの?」


気になっている友達の今後を訊ねた。


「ああ・・・8組の娘の事だね。

 多分、始末書を提出させる事になるよ。

 それと御両親にこの件を説明しなくてはならないと考えている・・・」


少し真面目に処分方法を話す横山に、エイミーが聴き直す。


「じゃあ、田中教員が言われていた退校処分にはならないんだね、横山のオジサン」


ぱっと顔色を明るくしたエイミーが、いつもの調子で訊き直した。


「はっはっはっ、やっといつもの栄美ちゃんになったね。

 そんな事を田中教員が言ってたのかい?心配したろうに・・・

 ごめんね栄美ちゃん、これは僕の監督不行き届きだった・・・謝るよ」


意外な事を横山が言ってくる。


「えっ・・・えっと?どう云う事なのオジサン?」


突然謝ってくる横山に、驚いたエイミーが見上げる。

その横山はm少しだけ難しい顔になって話した。


「あのね栄美ちゃん。

 僕は教官教員に生徒を託す校長という立場なんだ。

 でもね、全ての教官教員を完全に監督することなんて無理がある・・・

 だがそれは言い訳にしか捉えられない。

 大切な生徒を預かる者としては言ってはならない事なんだ。

 けど、現実としてこんな事件を起こしてしまう。

 これは学校の長の責任でもある・・・そう僕は思っているんだよ」


話す横山を見上げて黙って聴いているエイミーに、


「解るかい?今回の件はどう調べてみても田中教員の方が悪い。

 バルクローン君に落ち度は見当たらない事が判明した。

 しかも、あのは何も言い訳がましい事を言わなかった。

 実に見事な態度だったと思う。

 そこで僕はバルクローン御両親とランナ君本人に謝罪するつもりなんだよ」


始末書を提出させ、処分するのが誰なのかを滲ませた答え方で教える。

そして、その処分を下した自らもランナに謝罪すると言うのだった。


「お・・・小父おじさん・・・横山のオジサンは・・・

 嬉しいっ、やっぱり横山のオジサンは違う。ありがとう!大好きっ!」




涙を滲ませたエイミーが20も歳の離れた男に抱き付いた。


「わっ!栄美ちゃん!誰かが観ていたら大変だよ、止めなさい」


腕にしがみ付かれた横山が慌てて停める。


「あ・・・そうだった。嬉しくて・・・つい・・・」


エヘヘと苦笑いを横山に魅せて腕から離れると、


「栄美ちゃんは本当に友達想いの善いなんだね。

 ヒカルお母さんに益々似てきたんだね」


エイミーのおでこをツンとつついて笑いかける横山の瞳が、少し寂しげに観える。


「あれ?横山のオジサン・・・どうかしたの?」


ジッと見上げて小首を傾げる顔を観た横山が呟いてしまった。


「そっくりだ・・・あのに。

 その嬉しそうに微笑む瞳も・・・明美あけみに・・・」


ポツンと呟いた横山の声をエイミーは聞き逃さなかった。

寂しげな瞳をして自分を見詰め、聴きなれぬ人の名を呟く横山の声をエイミーは黙って聞き、敢えて聞き返さなかった。

只、いつも自分を想って優しく接してくれる大人の男性ひとが呟いた女性の名は、エイミーの心に少しだけ棘の様に刺さっただけだった。



「あ・・・そうだ。ランナさんの件・・・誰にも話さない方が良いよね、たもつオジサンっ!」


鞄を手に、クルっと一回りしておどけてみせるエイミーに、

ハッと自分が昔の事を呟いてしまったと気が付いた横山が、


「あ・・・ああ。そう願いますか、栄美様」


エイミーに併せる様におどけて呼んだ。






___________






「むう・・・何か善からぬ事の前触れか?」


勲がヒカルと一緒になって食卓のエイミーを観て呟く。


「あなた・・・それは言い過ぎよ。

 ・・・でも、帰って来てからずっとこうなのよ・・・」


勲を嗜めながらも、同じ様に娘を見て心配する。


「学校で何かあったのか?なぁエイミー?」


勲が心配しても・・・


「・・・はぁ・・・うん」


上の空の返事しか返さない。


「うむむ・・・こりゃ重傷だぞ。

 食意地の張ったエイミーが、食事を摂らないなんて」


勲が箸を持ったままため息を吐くエイミーに驚く。


「また、あなたは・・・でも、どうしちゃったのかしらねぇ?」


2人は夕食も食べず、ため息を吐くだけで何を考えているのか解らないエイミーを観ているだけだった。

只、エイミーが呟くまでは。


明美あけみさんって・・・誰なんだろ・・・

 綺麗な人なんだろうな。たもつオジサンの恋人さんなのかなぁ・・・」


    <<明美あけみ>>


その名を聴いた時、勲とヒカルの手が停まった。


「ねぇ、お父さんお母さん知らない?

 横山のおじさんが呟いた明美って女性ひとの事を?」


ふっとエイミーが両親に顔を向けた時、2人の顔は重く沈んでいた。






横山が呟いた名は・・・


勲とヒカルの悲劇の記憶を呼び覚ました。


次回 第21話 悲しき空


君は護り通せると思っていた・・・その人を




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