第19話 通わぬ想い
一学期も半ばを過ぎた頃の事だった。
サンシャルネスに夏が来ようとしている・・・そんな中での授業中に起きた。
そう・・・8組の飛行訓練中に・・・
「くぁーっ、暑いぃぃっ!」
堪らず上着のジャケットを
「お疲れぇー、はいっこれっ」
リョビが差し出したコップを受け取り、一気に飲み干す。
「くぁーっ、生き返ったっ、ありがとうリョビ!」
一息吐いて、礼を言う。
初夏を過ぎ、夏が近いこの時期。
上空と下界の気温差は20度を超えていた。
「だーっ、どうして地上はこんなに暑いのよ。もうずっと上空に居たくなっちゃう」
噴き出す汗を拭ってエイミーが零すと。
「あはは、しょうがないよ、夏なんだから」
待機所に居た
「このムシィーと暑いの、空の上と比べたら天と地って、感じ・・・」
待機所のベンチに座ると、其処に居た仲間が、
「それは言わない約束だろ・・・エイミー」
汗を掻き掻き、エイミーを叱る。
「ひぃっ!・・・ごめんっ」
謝るエイミーに、汗を垂らして待機する仲間の視線が冷たかった。
初歩練習機教程を全員がパスした今、離発着訓練から専修機教程への中間訓練が始まっていた。
練習機体も初歩練習機から、ある程度の
「ねえエイミー、メガネ教員・・・どうだった?」
たった今、同乗訓練を終えたばかりのエイミーに、興味津々のリョビが訊いた。
「えっ?どういう意味?」
訊ねられた事がイマイチ解らないエイミーが聴き返すと、
「だって・・・皆言ってるもの。偏屈おじさんだって・・・」
リョビが真面目な顔で答える。
「偏屈?なにが?」
またまた意味が分からずに、小首を傾げて聞き返す。
「リョビが訊いてるのは、メガネ教員・・・いや。
田中飛空士が訓練飛行中に、直ぐ怒る事さ」
漢が中に入って訳を教えた。
「うん?そうかな?私が乗ってる時には、そう感じなかったけどな・・・」
小首を傾げたまま、エイミーが言うと。
「やっぱりクラストップとなると怒られないのかな。
私なんてちょっとミスっただけで、操縦桿をグリグリ廻されたけど・・・」
リョビが思い出して右手をグルグル廻して説明すると、
「ああ・・・そうなんだ。あれって怒られていたのか・・・」
ポンと手を叩いてエイミーが答えると、呆れたようにリョビと漢が同時に言った。
「鈍感娘・・・」
その時、エプロンに還ってきた中間練習機から、生徒と教員が連れ立って・・・と、いうより。
教員が生徒を引っ張って待機所へ向かってくるのが見えた。
「あれ?私の後って、ランナさんだよね。何かあったのかな?」
エイミーが立ち上がって2人を観ていると。
「あの様子じゃ、只事じゃなさそうだぞ。
観ろよメガネ教員を、頭から湯気を噴いてるぞ!」
漢がおっかなびっくり首を竦める。
「ランナさん・・・何か悪い事をしたのかしら?」
リョビも首を竦めて小声で言った。
待機所の前までランナを曳いて来た田中教員が叫んだ。
「搭乗員整列っ!」
明らかにその声は怒りに震えている。
待機所のクラス全員が
「皆訊け!
只今、この生徒に因って一大事故が起きる所だった!
本教員が同乗していなければ確実に失速墜落事故となっていた。
何故だか判るか!」
イキナリ田中教員が怒鳴ったが、生徒達には何の事やらさっぱり訳が解らない。
皆が黙っていると更に教員の怒りが爆発する。
「解らんのか!この生徒は教員たる私の言いつけを守らなかったからだ。
上級者の教えを聴かず、己が意見を通そうとしたからだ。
経験も未熟な者が、
こんな空の掟を守れんような奴は即刻退校させてやるっ!
いいかお前等!今日の飛行訓練は中止するっ!」
怒り狂う田中教員は一方的に通達すると、
「貴様っ、昔の軍隊なら罰直を喰らわせてやっていた処だぞっ!
今から教員室へ行く、付いて来い!」
ランナを睨んでそう喚くと、さっさと校舎へ向ってしまった。
皆の前で青ざめた顔をしていたランナが、俯いて仕方なく田中教員の後を追う。
「ランナさん・・・」
思わずエイミーが声をかけたが。
ギリッ
歯軋りの音が聞こえるみたいなランナの睨み返す顔が、エイミーへと向けられる。
「ランナ・・・さん・・・」
それ以上、掛ける言葉を失ってしまったエイミーが、田中教員に連れられていくランナを見送った。
「やっぱり・・・メガネ教員は偏屈男なんだ・・・」
誰かが呟く声をエイミーは上の空で聴いていた。
その日、それから後の授業にランナの姿は見られなかった。
エイミーはカラになった席を見ては心配していた。
「本当にバルクローンは、退校処分になるのかな」
「良い気味だ。さんざん他人を馬鹿呼ばわりしてきた罰さ」
休憩時間に級友達が話すのを聞いて、エイミーは悲しくなってくる。
「どうして、そんな酷い事を言うの!?」
エイミーの横でリョビが言った。
「そうだよ!そこまで言う事ないじゃないか!
彼女は確かに高慢だけど、同じクラスの友達じゃないか!」
漢が悪口を言う級友に言い返すと、
「漢君の言う通りよ。
口は悪いけど私達に彼女が何かした?
他人の邪魔をした事があったの?
いいえ。私は知っているのよ。
彼女は、皆の後ろ盾になって手伝っていた事を」
リョビが真剣に悪口を言う者に怒っているのを見て、エイミーが嬉しく想った。
「リョビ・・・どう言う事だよ、それって?」
一人がリョビに訳を訊き返した。
「私は見たの、空の上からね。
・・・まだ私が単独を許されていなかった頃。
彼女は中間練習機教程に進んでいた筈なのに、初歩練習機の整備を手伝っていたわ・・・
自分に必要の無い事なのに・・・よ。何故だか判る?」
リョビが悪口を言った者達に問い掛ける。
「それは皆の為。
単独を許されない私だけの為ではないわ。
みなが揃って単独を許されるのを願って、
少しでも多く乗る時間を増やそうと思ってくれていたからだと思うの。
本当に自分独りを考えている人だったら、そんな必要も無い事を行う訳がないもの!」
リョビの話を聴いた全ての者が、頭を垂れる。
ある者はリョビの話しに自分の浅はかさを悔い、
またある者はランナの好意が、自分に出来たのだろうかと改めて考える。
「皆から気付かれない様に・・・いいえ、彼女は気付いて欲しかったのかも知れない。
私も悪口を言った君達と同罪かもしれない。
だって知っていながら皆に言わなかったのだから」
リョビがうな垂れて告白した。
「そっか。それじゃあ私も同罪だよね。
ランナさんに睨まれて声も掛けられなかった・・・この私も」
エイミーが皆に向けて話す。
「ランナさんが私を眼の仇にしているのにはきっと何か訳がある筈なのに、
訊く事もしてこなかった私にも責任がある・・・そうでしょ?」
エイミーの言葉にみなが顔を挙げて、
「それはエイミーの所為じゃないよ。
あれ程露骨に厭味を言われていたんじゃ・・・」
「そうよ、堀越さんの所為じゃないわ」
口々にエイミーを庇った。
「ううん、違うわ。喧嘩は一人じゃ出来ないし、一人の所為でもない。
相手が在るからこそなんだよ。相手の意見に耳を貸さなければいけなかったの。
私にも責任があるから・・・」
エイミーの言葉に皆は目を見開き頷いた。
「じゃあ、どうするの?私達は?」
リョビが皆に言う。
「決まってるじゃないか。友達を辞めさせない様にお願いするだけさ」
漢がみなを見回す。
「教員室へ!」
誰彼とも無く足は職員室へと向かう。
「良いクラス・・・善い友だな」
独り呟くエイミーは仲間を頼もしく感じ、先頭を切って歩んで行った。
教員室まで後少しの処で、土浦教官が立っていた。
「どうした、休憩時間が終るぞ?」
19人の教え子達が揃っているのを見た土浦は、そう忠告しながらも嬉しそうだった。
「土浦教官。私達、お話があって職員室へ参りました!」
エイミーが開口一番そう告げると、
「お話があります!」
全員が一斉に土浦に話し掛ける。
「バルクローンの事なら私に任せておけ。校長に頼んであるから」
気勢を制して土浦が皆に話すと、
「はい、ありがとうございます」
一安心した様に皆が答える中、エイミーだけは違った。
「いえ、私は彼女がどんなミスをしたのか。
どうして教員の言いつけを守らなかったのかを教えて頂きたいのです。
土浦先生は、ご存知なのでしょうか?」
土浦を見詰めてエイミーが問い質す。
「ああ。田中教員の一方的な口ぶりだと・・・
宙返りに入る時にバルクローンが急に横滑りを掛けたそうなのだが。
どうして言われていた通りにしなかったのかと訊いても答えてくれなくてな。
・・・困った
土浦がため息を吐きながら教えると、リョビが気になっていた事を話した。
「あの・・・土浦教官。その件ですが、もしかしたらランナさんは鳥を避けたのでは?
今日は特に鳥が多く飛んでましたから」
リョビの話に数名の者が頷き、
「僕も危なくプロペラに巻き込む処でした」
「私も!」
リョビの話を肯定すると、
「そうだとしたら何故話さないんだバルクローンは?
何故真実を話そうとしない?」
土浦は何かに気付いているようだが、敢えて皆に問い掛ける。
「それは・・・やはり命じられた事と違うから?」
リョビが答えると土浦は首を振る。
「鳥が恐かったと思われるのが嫌だったから?」
また土浦が首を振る。
そこで土浦がヒントを与えた。
「彼女が職員室へ入ってきた時。
最初に言ったのはな・・・こう言ったんだ。
<8組の練習を続けて下さい>と。
折角機体を壊さずに済んだのだから・・・と、な。」
その言葉でエイミーには解った。
ランナがどうして言い訳をしないのか。どうして自分を睨んでいたのかと言う事に。
ー あれは私が憎くて睨んでいた訳じゃなかったんだ。
教員が皆の練習を止めた事に反論しなかった、私達に対しての思いがそうさせたんだ?!
「土浦先生!ランナさんは責任を独りで被るつもりなのですね!
皆に知られない様にまでして!」
エイミーに返答せず、土浦が念をおして訊いたのは。
「お前達の中で、田中教員に鳥の件を話した者は居るのか?」
その問いに数名が頷き、
「その度に怒られました。グルグル操縦桿を廻されて。
鳥なんか簡単に当たりはしないと」
生徒に答えられた土浦が頷き、
「よし、解った。
バルクローンの件は校長にも話す。
今は授業中だ、教室へ戻れ。
いいな、これ以上彼女の行為を無駄にせぬよう心しておけ。
バルクローンの為にもだ」
土浦担任教官の言葉にエイミーを始め、皆が納得し敬礼を贈る。
「よし、では急いで教室へ戻れっ、駆け足!」
答礼を終えると、土浦が命じた。
皆と一緒に教室へと向かう中、
エイミーはまだ不安だった。
田中教員と生徒の立場を考えれば、どう言い訳をしても教員の言う事が通ってしまわないかと。
ー 土浦先生には悪いけど・・・
横山のオジサンに話した方が善いのかも知れない・・・な?
お節介が頭を
エイミーはランナの事を心配するあまり、横山を頼った。
友の事を心から想うエイミーに、横山は諭す。
そしてエイミーは母、ヒカルにも話すのだったが・・・
次回 第20話 友か仇か?
君は無事に地上へ降り立つ事が出来るか?
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