第17話 転生
そこは果てし無い海の上。
空は薄汚れた様に弾幕が張られ続けていた。
「ああ・・・僕も。
僕の命も火の玉になって消えるのか」
急降下を掛ける機内で、若い魂が訴える。
「生きたかった・・・けど。もう停めれない」
海上目掛けて突っ込む機体は、その主に応えるかの様に叫びを上げる。
対空砲火の弾幕を浴びて、あちらこちらに穴が開く。
そして・・・
若き命は、彼の言った通りに火の玉と化し、海上へと墜ちて行った。
「私達の主人たる若き操縦者は、その命を散華させていった。
たった一つの命を奪われる事を承知で、毎日の様に飛び立って行った。
そう・・・私は<零式艦上戦闘機>・・・
戦闘機なのに25番を抱かされて、敵艦向けて<特別攻撃隊>として突っ込まされた」
白いモフモフの髪を靡かせる、紅い瞳の獣耳娘が語る。
「私は<零式艦上戦闘機>の魂。
敵機と闘う為に産まれた機体。
数多の命と共に散りし、
チリンッ
悲しげに語る獣耳娘の鈴が鳴る。
「おまえも我が名付け親と同じ心を持つ者となっているな、ヒカル・・・中嶋ヒカルよ」
紅い瞳がヒカルを見据えて言った。
「あなたの名付け親?その人は?」
照準器に座る獣耳娘はヒカルの問いに答える。
「我が名は<
私と共に闘い生き残りし名付け親が、最期に名付けてくれた。
プロペラを外す・・・その日に」
紅き瞳の獣耳娘<天娘 零虎>が教える。
「<零戦虎徹>と仇名されし、我が名付け親が別れにこう言ったのだ。
{今迄善く闘い抜いてくれた零よ。
おまえは我が命、おまえこそが虎だった。
数多の命と共にお前に授けよう、
天駆ける虎・・・零戦虎徹の名と我が青春を。<
・・・と、魂の叫びと共に」
機体に宿る聖獣零虎が、命を吹き込まれた瞬間を語った。
「その時・・・私は産まれた。
数千の若き命から産まれ、この世界へ送り込まれてきた。
我が名は<
人が言う<天駆ける娘
零虎は自らの生まれを語り、ヒカルを観ると。
「それではヒカル。
お前が新しき我が主となった訳を示して貰おうか。
お前が持つ異世界との架け橋を。その石に秘められた力を」
ヒカルの胸に手を差し出した零虎の瞳が妖しく輝いた。
「え?石?それはこれの事?」
ヒカルは胸に下げたお守りを取り出し、零虎に見せる。
「そう、それだ。その石が架け橋。その石が力を呼ぶ魔法石」
ヒカルが取り出したお守り袋を指して、零虎が言い放つ。
「その石に命じれば私の姿、いや。
この機体が変わる。
おまえが強くなればなる程、力を発揮出来るようになる。
つまり、主が強くなれば機体も強くなれるって事だ。我が
紅き瞳の獣耳娘、零虎の姿が、ヒカルの鳶色の瞳に焼き付いた。
ー あの日、初めて逢ったレイは、私の力を求めていた。
何かを成し遂げる為に。
この世界へ転生した真の目的を果たす為に・・・でも、未だに成されてはいない。
私では果してあげられなかった・・・
写真に映る友を見ながら、ヒカルは想う。
ー レイは未だ帰還の時を迎えられていない。
未だに数多の魂は報われてはいないというのね・・・
17年前に出会ってから今迄、レイは姿を変える事も無く、未だに飛び続けている。
未だに闘う事を繰り返している。
嘗ての友と獣耳娘レイに、想いを向けて涙を拭いた。
「また、思い出していたのか、ヒカル?」
不意に勲の声が聴こえた。
いつの間にか横山を送ってきた勲が、傍に立っている。
「あ、ごめんなさい。気がつかなくて」
慌てて涙を拭い、立ち上がるのを。
「あ・・・」
勲が強く抱締める。
「もう忘れろとは言わない。
だが、辛く悲しい想い出は・・・新しい思い出に変えていってくれ」
勲に抱きしめられてヒカルは頷く。
「ええ・・・そうね。それが皆との約束ですもの」
勲の手を取り、ヒカルは微笑んだ。
辛い過去の思い出から抜け出すように。
_____________
日課の終了を告げるチャイムが鳴った。
今日の授業を終え帰宅を促す鐘の音が、生徒の心まで解き放つ。
「おい、エイミー。また、格納庫に行くのか?」
短髪の
「うん!お話を聴くのが楽しくってね!」
下校仕度を整えたエイミーが笑う。
「お兄様の愛機だったのでしょう、あの
リョビがそう言うと、エイミーは首を振って。
「違うよリョビ。あれは<
級友に大きな声でその名を告げた。
「どこが違うというのよ、レイとゼロが違うだけじゃないの?」
言い返されたリョビは拘るエイミーを聞き咎めたが、当のエイミーは誇らしげに言い返す。
「全然違うから。
あの機に宿る聖獣・・・天娘って言ったっけ。
あの
だから、あの機は<
窓から見える大空を仰いで、エイミーが笑った。
その胸に輝く魔法石<蒼の石>を下げて。
「我々天娘が何故こっちの世界で生を受け、今に至るのかは判らない。
だが、転生した事には変りはない。どうすれば元の世界へ戻れるというのか・・・
そもそも元の世界で我々は機械・・・いや、単に飛行機だったのだから」
操縦席の照準器に座ったレイが、紅き瞳で少女を見る。
「ふうん・・・じゃ、レイはこっちの世界で生まれたんだ。
お母さんと出逢う前に?」
零戦の座席に座り込んだエイミーが獣耳を生やし、モフモフ白髪で身長10センチ足らずの娘に訊く。
「うむ・・・それが良く解らないのだ。
多分目を醒ましたのはヒカルに逢う1ヵ月程前の頃か。
・・・だから私は今年17歳という訳か」
腕を組んでうんうん頷くレイに呆れた顔で、
「善く言うよ、レイが17歳な訳がないでしょ。
だってお母さんは35歳なんだから、共に闘ったレイだってそれ位の歳を重ねてきた筈なんだから」
ため息を吐く様に答えたエイミーに、
「むむっ・・・私が年齢詐称してるとでも?」
ムッとした顔のレイが言った。
「まあ、歳はこの際関係ないよ。
レイはその姿でずっと今迄過してきたのだから・・・
これからも獣耳娘を通すんだね」
娘の処を強調するエイミー。
「う・・・ま、まあな。<永遠の
レイは少し紅くなった顔で胸を張り、
「でもな、エイミー。
いつかは真の目的を果す日が来るって思っているんだ。
我が主が、その目的を果してくれるって想っているんだからな」
ウルウルした紅い瞳を上目使いにして、エイミーを見上げてくる。
「はぁ・・・ウルウル攻撃は善いけど・・・その真の目的っての、どんな事なの?」
ため息を吐いて、エイミーが小さな獣耳娘に尋ねる。
「うむ・・・わからん!」
レイが言い切った。
「は?」
エイミーがガクッと身体をずり落とす。
「そもそも、我々天娘がこっちの世界に現れた事自体が、さっぱり解らない。
我々の元居た世界とこっちの世界がどう繋がっているのか。
・・・全く解らないのだから」
レイが肩を竦めて首を振って応えた。
「なるほど・・・ね。正に神のみぞ知るって話ね」
そんなレイにエイミーは相槌を打ち、
「私が乗れるようになったら、一緒にその答えを探そうね、
レイと約束を交わすのだった。
エイミーは飛空士学校で、初歩練習機による単独飛行を成功させた。
それは
そんなエイミーを睨みつける者の姿があった。
次回 第18話 友と?
君は無事に地上に降り立つ事が出来るのか?
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