第16話 聖獣

堀越中尉はヒカルを格納庫へ連れて行く・・・そこには?



「君も飛空士だったのか」


堀越中尉は、ヒカルの姿に驚き、


「どうりで鋭い瞳をしている筈だ」


まじまじと顔を見詰め込んだ。

堀越の視線に気付いたヒカルは顔を背けると、


「何か御用でしょうか、中尉」


瞼を伏せて用件は何かと問う。


「うん、昨日会った時には言えなかったんだけど。

 相手が大尉だったからさ・・・お願いし辛くてさ。

 そうか、君も撃墜王なら・・・調度良い。ちょっと、付き合ってくれ」


強引な口ぶりで告げるとイキナリ手を掴んできた。


「何をなさるのですか!上官といえどもイキナリ手を掴むなんて!」


抗うヒカルにお構いなく、堀越はヒカルを掴んで歩き始めた。


「ちょっと中尉!どこへいくのですか。私は作業中なのですよ!」


抗議するヒカルが堀越を睨むと、振り返って笑いかけてきた。


「ちょっと会って貰いたい機があるんだ。少し付き合ってくれ」


強引にヒカルを曳いて行く。

その笑顔に悪気は微塵も感じられず、

力強い手の温もりに、ヒカルの心は戸惑いを抱いていた。





    パチンッ 



薄暗い格納庫の灯かりがともされる。


「こいつなんだ、見て貰いたいものって」


堀越中尉が電灯のスイッチを入れて、ヒカルに教えた。


「この機だけが誰が乗っても動こうとしないんだ。

 勿論、整備は完璧に終えてあるのだが・・・」


そこには一機の新型機<零戦>が置かれてあった。


「誰が乗っても動かない?それでは不良品って事なのでは?」


機体を眺めて何処にも不具合は無さそうに思えてヒカルが訊くと。


「いいや、違うんだ。

 発動機も機体周りも全く異常は認められない・・・だが、発動機が動かないんだ。

 エナーシャもプロペラも・・・整備自体には何も問題は無いというのに・・・だ」


顎に手を添えて答えた堀越中尉が答えて、


「乗り込んだ飛空士達にも訳が解らないそうなんだ・・・僕も乗り込んでみたけど。

 おかしな声が聴こえてくるだけなんだ・・・」


堀越中尉が首を捻って教える。


「おかしな声?この機体から?」


零戦に近寄ったヒカルがふっと操縦席を見上げて訊いた時。



      チリンッ



どこからか鈴の音が聞こえた気がして、周りを見回した。


「今、何か聴こえませんでしたか、中尉?」


振り返ったヒカルが訊ねると、


「いや、何も・・・そこでだ。

 撃墜王たる者が乗れば、もしかしたら動くのではないかと思ってね」


堀越中尉が昨日話せなかった事を教えてくる。


「この機に乗った者の耳に女の子が話し掛けて来ることがあるんだ。

 僕も聴いたのだけど、こう言って来るんだ<私の姿が見えない者には乗る資格はない>ってね」


堀越中尉がヒカルに話した時、そのヒカルは何かに魅入られたかの様に操縦席を見上げ続けていた。





      リン・・・チリン




「おまえ・・・見えているんだな。私の姿が?」


操縦席を見上げているヒカルに訊いて来る。


「この聖獣たる白虎びゃっこの姿が。

 我が天娘てんむす零虎レイコ>の姿が見えているんだな小娘?」


それは風防の中に居る者の声。

いや。頭に直接届いた女の子の声。


「私の姿が見えるおまえの名を訊く。

 この聖獣にして、天駆ける零戦の魂<零虎>にその名を告げよ」


ヒカルは黙ってその姿を見詰めていた。

口をポカンと開けて。


「どうした娘。我の姿が見え声が届いているのならば返答しろ。そして名を示せ!」


声の主はヒカルを指して求めてくる・・・が。


「・・・・・ぷ」


その可愛らしい姿と声のギャップに耐えられず、思わず噴出してしまった。


「なっ!?何が可笑しいっ!なぜ笑うんだ!」


風防キャノピーの中でチョコンと立つ身長僅か十センチにも満たない小さな獣耳娘を見てヒカルは声を殺して笑った。


「何がって・・・<白虎>というからもっと大きく勇ましい姿を想像するじゃない。

 何なのあなたは?妖精さんか何かなの?」


笑いを押し殺して、ヒカルが訊いたら。


「なっ!何と無礼な!

 この聖獣<零虎>を鼻で笑うとは!良い度胸だっ。おまえ、名を何と云う?」


白髪の獣耳娘がヒカルに喧嘩を売って来る。


「レイコか、レンコンか知らないけど。

 私は中嶋なかじまひかる。サンシャルネス王国の飛空士よ!」


獣耳娘に、はっきりと名を告げたヒカルの名が、



      ポゥッ



獣耳娘の前で光る言霊となって現れた。


「ひひひっ、引っ掛かったなヒカルとやら。

 確かに承ったぞ!お前の名を・・・」


現れたヒカルの名を示す言霊を胸に下げた勾玉に掴んで併せた。




     フッ!



紅い勾玉が、その言霊を吸い取る様に受け入れる。


「えっ!?」


ヒカルの前で獣耳娘が輝きを放つ。


「やはりそうか。

 私の姿が見えるお前は、こっちの世界と我々の世界を繫ぐ者の血を受け継いでいるようだな。

 ・・・・我々、天娘が存在した世界と・・・」


瞳を紅く染めた獣耳娘が言い放った。


「さあ、中嶋 ヒカル。

 今よりこの<零戦>はそなたが操るのだ。そなたが我等が主人。

 中嶋ヒカルだけが乗る事を許された、天娘が宿るこの<零戦虎徹>に・・・な!」


獣耳娘の口上にヒカルは唖然と口を開けたまま零戦を見詰めた。



「おかしな話だとは思うだろうけど。本当なんだよ中島少尉」


不意に堀越中尉の声が耳に入って、ヒカルが我に返って再び操縦席を見ると、

もう、そこには獣耳娘の姿は無かった。


「えっと・・・あれ?・・・あれれ?」


今のは夢か幻だったのか・・・そう思い返したヒカルが。


「そうですよね・・・そんな話って有る訳無いですよね」


苦笑いして頭をコツンと叩き、


「では、とりあえず明日の試験飛行の時にでも。この機体にも乗ってみましょうか」


受領機の試験飛行時に、この機にも乗ってみる事を請合った。


「そうか、じゃあ明日。

 この機もエプロンに出しておくよ。動くとは考え難いが・・・ね」


ヒカルの態度に小首を傾げた堀越中尉が、


「中嶋少尉と言ったね、君。

 そんな笑顔も見せてくれるんだ。その笑顔の方が本当の君なんだね」


何気なく云った堀越中尉の言葉がヒカルの心に突き刺さる。


ー この笑顔が本当の私?違う・・・私はもう笑う事なんて出来はしない。

  だって私は空の殺人鬼なのだから・・・


ヒカルの顔から微笑が絶え、


「堀越中尉、では。・・・また明日」


敬礼を送るとその格納庫から堀越を残して出て行った。







その夜。


宿舎に一人で居たヒカルの足が格納庫へ向かう。



   チリン 



あの鈴の音が聴こえた。


「やっぱり・・・幻じゃあ・・・なかったんだ」


月明かりが差し込む中で、零戦に宿る者が現れた。


「何か用か、中嶋ヒカル。この聖獣<零虎>に」


白髪の獣耳娘が、ヒカルを見詰める。


「ええ・・・少し話がしたくて。いいかしら?」


操縦席を見上げるヒカルが話し掛けると。


「来いよヒカル。此処へ」


獣耳娘が手招きするのは、操縦席。

招かれるまま、ヒカルは操縦席へと入る。


「何の話があるんだヒカル。何を聴きたいというんだ?」


紅い瞳の零虎が、ヒカルの瞳に尋ねる。

鳶色の瞳で照準器に腰掛けた獣耳娘を見詰めて、ヒカルが話し出した。


「今日の昼間にあった事が幻ではないのが解って・・・ほっとした。

 けど、幻では無いと判ったからには、あなたに訊きたい事がある。

 それはあなたが言った、この世界とあなたの居る世界・・・

 私がどうしてその2つの世界を繫ぐ者だと云うの?

 それにそもそもあなたが居る世界って、どんな世界なの?」


白髪の獣耳娘に尋ねると。


「ヒカル・・・私の居た世界と、おまえが居る世界には共通点がある。

 そしてそれが我等天娘をこっちの世界へ引き込んだんだ。

 おまえは知っている筈だ・・・

 その瞳の中に見える悲しみと後悔の色を観れば私には直ぐに判った・・・

 私の世界の主人達と同じなのだと・・・」


獣耳娘<天娘零虎>は、ヒカルの瞳を見詰めて言った。


「教えようヒカル。

 私がどうしてこの世界へ来たのか。

 我々の世界であった悲しき出来事を・・・」





獣耳娘レイが語ったのは<本当の零戦>の話。


その世界で起きた悲劇の空・・・その運命。


そしてヒカルの娘エイミーにもレイは語る。

何故だか解らないと・・・天娘がこの世界に現れた本当の理由が・・・


次回 第17話 転生  


君は何故現れたと言うのか?その真の理由は何処に在る?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る