第15話 内地帰還

ヒカルは闘い続け、

・・・そして内地帰還を迎えられた。




想い出は時を越え、鮮明に甦る。


それはナシナイチャ国での戦闘が一段落した頃の事だった。


「おーい、ナーカ。元気にやっとるか?」


待機室で報告書をしたためていたヒカルは、

呼ぶ声に振り返ると、そこには人懐っこい笑顔があった。


「あっ!青杉少尉じゃないですか!」


海軍に入りたての頃、スカヨコ航空廠でお世話になった精悍な男に眼を見張った。

兵から叩き上げの青杉はもう8年も飛空士を務め、

老練といえる腕前を誇る大先輩だった。


「青杉さん、今日はここへどうして?」


突然現れた懐かしい顔にヒカルが尋ねると、


「うん?聴いとらなかったのか、機種変更を内地で行うって」


そう言った青杉が、部屋の外を指してヒカルを招いた。


「は?機種変更ですか?新式の96戦でも出来たのですか?」


あまり興味無さ気にヒカルが青杉の指す処に瞳を向けると、そこには・・・


「あれは?あの機体は?」


96戦より大分大きな機体が眼に写る。


「ああ、何でも<零戦れいせん>とかいう新型機なんだと。

 乗ってみて驚いたのは風防がちゃんと閉まって以外と静かな事かな」


老練な青杉は機体の性能より、そんな事の方が気に入っているようだった。


「96戦より大分大きいみたいですが・・・重戦なのですか?」


青杉と違いヒカルは性能の方に気が行った。


「まあ・・・乗りゃあ解るさ」


青杉はヒカルに気安く言って、


「ナーカ達は内地でこいつに機種変更するんだそうだ。

 その間にワシらが敵を墜としておくからな・・・あっはっはっ!」


豪放磊落な古参飛空士は、あっけにとられるヒカルに笑い掛けた。




程無く6空戦闘機隊は進出してきた3空に基地と機材を譲り、内地へと帰還したのだが。



「中嶋ぁ、お前も少しは家族に会って来たらどうや。

 帰らんのは肉親のおらへん私と中嶋だけやで」


柏村大尉が心配して声を掛けてくる。


「いえ、柏村大尉。私も同じ様なものです。家なんてありませんから・・・」


家出同然に飛び出した事を教える訳にもいかず、口を濁すヒカルに。


「そうかぁ?じゃあ、2人で温泉にでも行くかぁ。

 折角内地へ還れたんやし、羽根でも伸ばそうではないか!」


もう決めたかの様に柏村はヒカルを誘った。


基地から程無い処にある温泉地へ宿を取った柏村に連れられて、

久しぶりに内地の湯治場に向かうヒカルは、そこで見知らぬ中尉と出会う事となる。


肩に少尉の肩章と、飛空士の証章。

そして5機以上撃墜した者に贈られるエースの胸章。


ヒカルの姿は空を憧れる者達にとって、特別な者に映るのか。

すれ違う者達は皆、その姿に注目する。


「柏村さん・・・私服で来るべきでしたね」


うんざりしたヒカルが愚痴ると、


「いいや、中嶋ぁ。

 私服でんかったのは訳があるんや。もう直ぐ解るさけぇ、待っとり」


宿の玄関を潜ると、仲居が出てきて2人の軍人を迎えたが、


「あらまあ、お2人揃って撃墜王様なのですね、これはとんだ失礼を」


何が失礼なのかヒカルにはさっぱり解らなかったが。


「せや。ウチらはこの通りエースなんや。あんじょう案内してや」


柏村が胸の勲章を見せて仲居に言うと、


「女将さん、撃墜王様がお見えです!」


大声で奥に知らせ、


「さあさあ、どうぞお上がり下さい。

 お2人も撃墜王様がお見えになられるなんて。

 当館の誇りです、さあどうぞ。今、最高のお部屋にご案内します」


三つ指ついて平伏した。


「いえ・・・あの・・・」


ヒカルが気を使わなくていいですと言おうとするのを柏村が眼で停めて。


「じゃあ、上がらせて貰おうか」


言うが早いか、土間をあがり仲居を促した。

2人が案内されたのは、確かにその宿で最高級の一室だった。


「柏村大尉・・・気が退けます・・・」


だだっ広い部屋で居心地悪そうに周りを観るヒカルに、

柏村はお構い無しに軍服を脱ぎ、青畳の上に寝転がる。


「おーい、中嶋ぁ、浴衣ゆかたとってくれ」


柏村の脱ぎ散らかした軍服を畳んでいたヒカルに、半裸状態の柏村頼んだ。


「柏村大尉、御寛ぎですね」


微笑むヒカルが浴衣を手渡すと。


「一浴び行こうか、内地の湯に」


ヒカルを誘って浴場に向かう。


「そうですね・・・では、早速」


着替えた2人は温泉浴場へ、浸かりに行った。

程良い熱さの温泉は、2人の疲れを拭い去る。


「なぁ、中嶋ぁ。おまえ・・・これからどうするんや?」


髪を結い上げた柏村が湯をかき混ぜながら訊いて来た。


「どうするって・・・何をですか?」


髪を手串で洗っていたヒカルが訊き返すと、


「軍人を辞めるんかって訊いたんや」


柏村の問いにヒカルの手が停まる。


「辞めさせてはくれないでしょう?今は戦時下なのですから」


俯くヒカルがそう答えて頭から湯を被った。


「せやなぁ・・・私等・・・飛空士やからなぁ。

 辞めさせてくれんやろなぁ・・・死ぬまで」


   ビクンッ


何気ない柏村の言葉は、ヒカルの胸に刺さる。


   <<死ぬまで・・・>>


その言葉はヒカルの心に残る。

戦争が終る時まで・・・希望を与えられるまで。



風呂から上がると食事の用意が整っていた。


「うわっ・・・これ2人で食べるんか?」


「・・・ですかね・・・やっぱり」


広い部屋の大きな机に所狭しと並べられた料理には、流石の柏村も度肝を抜かれたのか。


「勿体無い・・・観てるだけで満腹になってまうわ。

 中嶋ぁ、仲居を呼んできてくれ、美味い処を2人分でいいからって」


並んだ料理を下げる様に、ヒカルに言付ける。


「解りました」


答えたヒカルが部屋を出ようとすると、


「ここに居るのは撃墜王だと聞いたが、誰が撃墜王だと云うんだ!」


いきなり口上を述べて乱入してくる男が。


「何や、おまえは」


柏村が男を睨んだ。


「あ・・・あの、柏村大尉。ここは穏便に・・・」


ヒカルが娑婆で問題を起こすといけないと停めに入るが、


「なんだと、偉そうに・・・大尉?」


ヒカルの言葉に男が反応する。


「おい、そこの栗毛の従兵。そこに居られる女性は大尉なのか?」


ヒカルを士官の従兵と思った男が聴いて来る。


「はい、海空軍大尉ですよ。で、あなたは?」


中を取って二人を落ち着かせようとするヒカルに、男はきちんと姿勢を正し、


「自分は同じく海空軍中尉、堀越ほりこし いさおと、いいます。

 突然の無礼をお赦しください」


柏村に対し、敬礼を贈った。


「なんや、同じ海空軍か。なんの用や?」


軽く答礼した柏村が用件を聞き咎めると。


「いえ、先程仲居が撃墜王が居られるって言っておりましたので・・・どんな方なのかと・・・」


少し柏村の顔を観てから頬を赤らめた。


「失礼しました・・・それでは・・・」


顔を紅くして、急いで部屋から立ち去ろうとする堀越に、


「待て、堀越中尉。顔を観ただけで退散するちゅーのは男らしゅうないで。

 何か聞きたい事があったんじゃないか?」


柏村が堀越を停める。


「い・・・いえ。失礼します・・・」


だが、堀越は逃げる様に部屋を後にした。


「なんや、アイツ。

 本当は何か文句の一つでもあったんやろうに・・・」


腰に手を当てて柏村がため息を吐く。

出て行った男を見送ったヒカルは、頬を紅く染めていた堀越が少し気になっていた。


温泉で一泊し、英気を養ったヒカルと柏村が帰隊すると、隊付班員が書類を持って来た。


「ああ、新機種の試験飛行を求めて来たんか。

 めんどくさ・・・中嶋ぁ、頼むわ」


昨日の酒が抜けきっていないのか、ヒカルに頼んでくる。


「明日の朝にはそっちへ行くさかい・・・頼むわ」


両手を併せて柏村が頼むと、ヒカルは快く承知し、


「解りました、柏村大尉。これは貸しですからね」


笑って頷いた。



基地隊から少し離れた整備飛行場へと出向いたヒカルは、

並んだ新型機を次々に目視検査を行い試乗前検査をこなして行った。


「おや。君は昨日の・・・」


急に声を掛けられたヒカルが振り向くと、

そこに現れたのは宿で出会った堀越中尉、その人だった。






「君も飛空士だったのか・・・」


堀越中尉はヒカルに見せる・・・そう。


一機の<零戦>を・・・


次回 第16話 聖獣


君は異世界から現れた<零戦>と出会う・・・





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