第14話 喪う心

ヒカルは生きて還った・・・


戻った基地で還らぬ友に想いを巡らす・・・空を見上げて・・・





ー 私は還った・・・生きて。

  友を犠牲にして、生きて還ってしまった・・・




勲が帰宅するのを待つヒカルは、居間で一人思い出していた。


初陣の日にあった出来事を。

空の闘いで経験した自分の一生を決定付けた悲劇を。


「ああ・・・どうして私はあの日、生き残ってしまったのだろう。

 何故墜とされてしまわなかったのだろう・・・」


呟くヒカルの瞳は一枚の写真に向けられる。

そこには薄く微笑む自分の姿と周りを囲む友の笑顔が何かを語る様に映っていた。






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   プスンッ



プロペラが回転を終え、発動機の唸りも停まる。


「お帰りなさい、中嶋少尉」


翼に駆け上がってきた整備員が、無事の生還を祝ってくれる。


「良く還れましたね。左翼のタンクをやられましたね」


ヒカルのバンドを外しながら整備員が微笑む。

だが、ヒカルは何も答えられなかった。

発動機を停めても、整備員がバンドを外してくれても、

只、呆然と照準鏡を眺めて座り込んだままだった。


「中嶋少尉、指揮所に行かなくては。報告をしなければ」


整備員が促す様にヒカルの身体を座席から引っ張り出す。

漸く機外へ出て、翼から地面に降り立つと。


「あ・・・」


ペタリとそのまま其処へ座り込んでしまった。


「どこかやられましたか少尉?」


心配した機付整備員が口々に声を掛けてきて。


「いいえ。・・・どこも・・・」


ヒカルはそう答えて、地面に手を着いた。


「少尉、今日は何機墜としましたか?

 これだけ撃つ事があったのなら・・・残弾は後30発程ですよ」


機体を点検している整備員が機銃装填口を開いて訊いてきた。


「両銃併せて500発程も発射したのなら、相当激しい空戦だったのですね。

 それとも地上目標でも攻撃したのですか?」


ー 悪気は無い・・・整備員に悪気はない 


そうは思うが、ヒカルには重い問いかけだった。


何も答えず、その場に居辛くなったヒカルが重い腰をあげ、指揮所へ向かう。


「少尉、戦果を言って下さい。撃墜数を機体に描くのですから」


機付整備員の声が背中を刺す。

ビクンと身体を震わせたヒカルは、振り返らず呟く様に教える。


「本日の戦果は・・・二機」


その声は、整備員に伝わらなかったのか、


「え?何機墜としたのですって?」


遠慮のない声がヒカルの心を喪わせた。


「2機だって言ったのよ!」


声を荒げて振り返ったヒカルの表情は怒りと悲しみで曇っていた。



指揮所には先に還った搭乗員達がヒカルの来るのを待っていた。

力なく俯いたまま、その輪の中へ来ると。


「馬鹿野郎!勝手に列機から離れやがって!」


イキナリ小隊長の金少尉がヒカルの胸倉を掴みかかる。


「すみません・・・小隊長」


力なく謝るヒカルに、


「あれ程一人で闘うなと言われていたのに。

 墜とされなかったのは仲間のおかげ・・・

 犠牲の上で生き残れたんだぞ!解っているのか!」


金少尉はヒカルの胸倉を掴んで怒り狂う。


「すみません・・・すみません・・・」


虚ろな瞳で謝るヒカルは、金少尉に向って言っているのか。

それとも目の前で散った友に告げて謝るのか・・・

只、同じ言葉を繰り返すのみだった。


「金少尉、もうそれくらいにしておけ」


編隊長の立川大尉が止めて、やっと金少尉はヒカルを離した。


「よし。帰還者は整列!」


隊長の声に皆が並んで、指揮所の戦闘機隊司令の中川中佐に報告を始めた。


ー・・・あれ?14人しか居ない。後の4人はどうしたんだろう・・・


頭の廻らないヒカルが、その時漸く気付いた。


ー4人・・・岡田君と宮崎さん以外に2人も還れなかったんだ・・・


「撃墜数を申告しろ!」


その声に身体を震わせ司令の顔を見る。

司令も飛行長も、飛行隊長も。

皆鋭い視線で、搭乗員の申告を聴いている。


「1中隊、地上撃破4機、撃墜2機。被害1機未帰還」


立川大尉が結末を纏めて報告する。


「次、2中隊!」


飛行隊長が柏村大尉に報告を求める。

既に2小隊3機の未帰還は誰の眼にも明らかだった。


柏村が個人報告を促し、


「1中隊の地上攻撃を援護する為に雲下で旋回中、

 敵P-26戦闘機6機の奇襲を受け2小隊が応戦、全機被撃墜されました。

 私の判断が悪かったのです、申し訳ありませんでした」


ー え!?2小隊が勝手に編隊を崩したのに。どうして本当の事を報告しないのですか?


不思議に思ったヒカルが柏村を見ると、

2番機のナラム一飛曹が何も言うなと首を振って知らせてくる。


「で。戦果のほうは。柏村大尉」


飛行隊長が報告を求めると、


「襲撃して来た6基全機を墜としました」


柏村が司令に向けて申告する。


「確かか?柏村分隊士」


司令は何もかも解っているかの様に、穏やかに訊く。


「地上に激突し、炎上を確認しました。確実撃墜です、司令」


低く押し殺したような声で、柏村が答えると、頷いた司令は一言。


「喪った者は、先走り過ぎたようだな、柏村君」


まるで未帰還2小隊3機の行動が解っているかの様に答えた。


「はい、司令。2中隊戦況報告、撃墜6機、被害未帰還3機」


戦果報告を終えた柏村が敬礼する。


「うむ。皆ご苦労だった。本日の戦闘を終える。

 各自、明日に備えて休養するように・・・終わり」


司令が解散を命じる。

飛行長が全員の解散を告げ、整列が解かれ、搭乗員は各自思い思いに散っていった。


「おい、中嶋少尉。ちょっと来い」


金少尉が3番機を勤めたヒカルを呼んだ。


「はい・・・」


重い足取りでヒカルが金少尉の元へ行くと。


「初陣で2機墜としたな。

 ちゃんと観ていたからな、良くやったぞ!」


先程とは打って変わって金少尉は朗らかだった。


「ですが・・・私は岡田君や岩崎さんを救えませんでした・・・

 いえ、岩崎さんは私の代わりに・・・・」


そこまで話したヒカルの肩を叩いて、


「その仇をちゃんと討ってやったじゃないか。

 初陣だというのに、大した奴だ」


一年先輩の金少尉が笑う。


「そんな・・・列機を勝手に離れてしまって申し訳ありません」


2人の戦友を喪った者は、力なく答えた。


「それは奇襲を受けたのだから、もう忘れるさ。

 おまえは友の仇を討てた。そして生きて還れた。

 それで十分なんだ、今日の処は・・・な」


金少尉はヒカルの肩を叩いて大切な何かを教えようとしていた。


「生きて還れた・・・そうですよね。私は生きて還ってきました・・・今日は」


金少尉に答えてヒカルは空を見上げた。

そこにもう還っては来ない二人の機が戻って来てくれるような錯覚を覚えて・・・・







ー あの日。

  あの空の色・・・今も忘れられない・・・


写真を見詰めるヒカルの瞳から涙が溢れる。


ー 私はその後も墜とされなかった。

  少しづつ戦場に慣れていった。

  私の銃撃で炎を噴いて墜ちていく敵機・・・

  そのどれもに人が乗っているというのに。

  私はいつの間にか敵を・・・人を殺める事に慣れていった。

  仲間を喪う事にも何も感じなくなって・・・心を失ってしまった・・・


思い出は喪う者に心を閉ざした自分が再び心を取り戻した日へと辿り着く。


ー あの人に逢わなければ・・・

  私は死んでいたのかもしれない・・・あの人と<レイ>に・・・




想い出は時を越え甦る。


闘い続け漸く還った内地で、一人の中尉と出逢った・・・


それは<運命>の出逢いだった。


次回 第15話 内地帰還


君は想い人と出会う、思わぬ所で・・・






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