第12話 紅(くれない)の空

ヒカルは初出撃の時を迎える。


必ず還ると誓って・・・・


だが、空の闘いは非情だった・・・・





 キューン  バリバリバリ  バルルルルッ!



集合排気管から黒煙が噴き出し、プロペラが廻り始める。


列線に並んだ低翼単葉、固定脚の戦闘機達が一斉にプロペラを廻し、暖気運転を始めている。

その数18機。



   ヴォロロロ・・・・



指揮所に建つポールの吹流しが、半旗から天辺まで揚げられた。


「発進だ!」


1中隊指揮官機の操縦席コックピットに立つ立川大尉の右手が前へ突き出される。

列線から指揮官機を先頭に3機、

小隊づつ列線から滑走路に進み、離陸にかかる。


ヒカルは中隊長機を見ていた。


「柏村大尉、ご一緒出来て光栄です」


練習生時代の教官でもある上司と共に出撃出来る事を幸せに思えて呟いた。


1中隊が全機発進し、ヒカルの居る2中隊の番となった。

柏村の小隊が滑り出す。

続いて岡田が2番機、岩崎が3番機を務める2小隊が・・・


「中嶋少尉、還って来てくださいよ!」


機付整備員達が帽子を振って、見送ってくれる。


「はい!ありがとうございます!」


聞こえる筈もないのだが、双方は互いに応えあった。


ヒカルが3番機を務める3小隊は小隊長に1年先輩の金少尉、

2番機に古参で兵から叩き上げのナラム一飛曹。

そして3番機が初陣のヒカルだった。


今回ヒカル達、第6航空隊戦闘機隊が操縦するのは、

<異世界>から送り込まれてきた96式艦上戦闘機3型と呼ばれる単葉戦闘機だった。

抜群の旋回能力を有し、機首に7ミリ7機銃2丁を装備する。

当時最精鋭機種の一つであった。


雲が低く発ち込める中、中隊は順次飛び上がり左旋回で編隊を組む。

3機づつの小隊が3つ。

その小隊が更に3つ合さり中隊の形を執る。


9機づつの中隊が前後に合さり18機で編隊を組み終わると、

指揮官機を先頭に目的地、敵飛行場目掛けて進撃を開始する。


その日は雲が低く地表から1500メートルの辺りは、

疎らな雲が行く手を遮るかの様に塞いでいた。



ー これじゃあ、もし敵が待ち構えていたら。

   雲の中から奇襲を喰らってしまうかもしれない・・・


全機が機銃の試射をする中、立ち塞がる雲を観て不吉な予感めいたものがヒカルの心を掠めた。



雲の間を抜いて18機が敵飛行場に近付いたのは、進撃を開始して1時間も経った頃だったか。


高度を高く執る事が出来ない制空隊18機は、編隊のまま敵地上空に進入した。

ヒカルは周りを見張りつつ、

柏村中隊長と編隊長を兼ねる1中隊長立川大尉の機に注意を払っていた。


ー 敵が現れないのなら。分隊長はどうされるのだろう?


実戦経験の無いヒカルは、これからの行動に不安を感じて小隊3番機の位置を守る事に専念していた。


眼下に見えてきた敵飛行場には、目標の敵機らしい影が見当たらない。


ー 既に発進しているのなら、敵はどこに居るのだろう?


ヒカルは味方編隊の右にある一塊の雲と飛行場とに注意を向ける。


ー 私が敵なら・・・敵が油断した処を攻撃する。

  敵が自分達に背を向けた瞬間に、後か上に執り付いて一撃をかける・・・


未だ現れない敵に不安を感じ、ヒカルは立川大尉が次に起こす行動に注意を払っていた。


ー あっ! 


そして・・・その時が訪れた。

指揮官機がバンクを振って降下を始めたのだ。


ー 立川大尉は飛行場を掃射する気だ!


指揮官機に続いて、1中隊全機が降下する。


「駄目だっ、まだ敵の居場所もわかっていないのにっ!」


思わずヒカルが叫んだが、1中隊はどんどん降下し、編隊を解いて地上目掛けて突っ込み始めた。


ー 柏村中隊長は?


自分の所属する中隊指揮官の柏村が、1中隊に続いて降下するのかと思い中隊長機を見詰めると、そのままの高度で1中隊に被さっていった。


ー ああ。柏村大尉が中隊長で良かった。

  このまま敵が現れるのを待ってくれたんだ・・・


ほっと一息ついたヒカルが、改めて雲の方に注意を向けた時。

何を思ったのか、第2小隊長機が編隊を離れて急降下に移った。


「あっ!?岡田君!岩崎さんっ!」


2小隊3機がまっしぐらに急降下する先には。


「あっ!敵機だ!」


1機の敵機が地上すれすれに飛んでいるのが目に入った。


「岡田君!岩崎さんっ!」


3機が目指す敵機は、低空を全速で逃げている様に見えた。


「柏村分隊士・・・どうしましょう?」


聞こえる筈も無い空中で、呟いたヒカルが中隊長機を見ると、

操縦席の中で、右側の空を睨んでいる柏村大尉の姿が見えた。


ー この位置を動くなというのですね?


1小隊と3小隊、6機を率いた柏村は動かなかった。


ー 2小隊は?1中隊は?


ヒカルは3番機の位置を守りつつ、味方の戦闘に眼を向ける。

飛行場に向った1中隊は、地上目標を見つけては銃撃を加えている。


ー 敵は飛行場に居ないというのに・・・


1中隊の攻撃は無駄な事だと思い、敵機を追った2小隊に眼を配ると。

低翼単葉の敵機は2小隊の攻撃を避けつつ、逃げ回っていた。


ー なかなか巧い搭乗員みたい。3機の攻撃にも墜とされないなんて・・・


明白色の味方機3機に追われる濃紺色の敵機。

低空を這いずり回るその機体を善く見て、漸く正体が判った。


ー フィフススターのP-26(ピーシューター)か。

  あっちも旋回性能の良い機体だ・・・大丈夫かな?


その時、ヒカルは未だ戦闘を解っていなかった。

見張りを忘れて眼下の味方に注意を向けるなど、編隊最後尾の操縦員がする事ではなかったのに。

その行為が油断以外の何ものでも無い事を、一瞬の内に教えられる事となる。


左前方を飛ぶ小隊長機が、イキナリ左旋回急降下に移った。


ー えっ !? 


一瞬何が起きたのか理解出来なかったヒカルの行動が遅れた。


小隊長機に続いて無意識に降下に移ると、

中隊長の柏村機は逆方向に降下していくのが見えた。


ー えっ?小隊長機と柏村中隊長機。どちらに続けばいいの?


突然の急降下に混乱したヒカルは、判断に迷って2機を見比べる。


   


   シュッ   シュッ!




離れて行く柏村小隊に向けて、黄色いアイスキャンディーの様な物が飛んでいった。


ー あれは?何が飛んでいったのだろう?


柏村小隊に向けて黄色い棒の様な、<光る物>が流れていく。

その出元を探るように振り返った時。


   

   シュッ! シュッ!


自分の機体にも、同じアイスキャンディーみたいな<光る物>が飛んできた。


ー あっ! 


振り返ったその先に見慣れぬ機体が迫っていた。




   シュッ シュンッ!




機首を光らせてその機が迫って来た時。

ヒカルは自分が撃たれている事を漸く理解した。


「撃たれているっ!」


声にならない叫びをあげて、フットバーを蹴って軸線を外すと、

降下スピードで勝る敵機が、そのまま素通りして急降下していった。


ー 敵だ、敵機だ!私を撃っていた敵機だ!


混乱した頭で降下していく敵機を見続けている内に、知らず知らずその敵機を追いかけてしまっていた。


前方に尾部を此方に向けて降下していく敵機を捉えて、

必死に追いすがるヒカルが照準鏡を睨むと、十字線の中に敵機の尾翼が入る。


スロットルレバーに着いている発射杷弊に指を掛けた時。


ー 私はこの飛行機を撃ってもいいのだろうか?


一瞬躊躇いと戸惑いに心を染めたが、照準鏡を睨む内に指が勝手に引き鉄を絞った。


      


   タン  タタタタタッ!



機首上部に付いてある2丁の7.7ミリ機銃が火を噴いた。

レンズの中で曳光弾を交えた弾道が、敵機の手前でションベン弾となって消えていく。


ー 駄目だ駄目だ・・・まだ、遠過ぎる!


頭の中ではそう思っているのだが、

照準鏡に捉えている敵機を睨む眼と指は、射撃を止めようとはしない。


      


  タタ  タタタ タタッ!



指は引き鉄を離しはしない。

眼は前方の敵機だけをひたすら追いかける。


降下を続ける敵機はヒカルを相手にはしていないのか、まっしぐらに突っ込んでいく。


ー まだ遠い・・・まだ追いつけない!


焦りは次第に恐怖へと変わる。


ー まだ引き起こさないの?どこまで突っ込むの!?


照準鏡に映る敵機の先に地表が見えて、ヒカルの恐怖は更に強まる。


ー もう引き返さないと・・・小隊長の元へ帰らないと・・・


頭の中ではそう思っても、照準鏡の敵機から眼が離せなくなっていた。


ー あっ! 


その敵機からまた黄色いアイスキャンディーみたいな曳光弾が放たれた。


ー まさか! 



それは・・・悲劇の始まり。

それは、ヒカルの運命を決定付けた曳光弾だった。



     ボ ッ 



聴こえる筈も無い、炎の音が耳に入った気がした。


曳光弾が伸びゆく先で、1機の96艦戦が火を噴いた。


空を紅い炎で染めた、一機の96艦戦が錐揉みに入り墜ちていく。


低空を逃げるP-26を追った2小隊2番機は、

上空からの連射を受けて、翼から炎と黒煙を噴いて地上に激突し炎上した・・・





目の前で紅い炎が眼を焼いた・・・


自分が墜とせなかった敵機の一撃を受けた友の機が炎を噴いた。


その曳光弾はヒカルの運命を告げているかの様だった・・・


次回 第13話 亡失


君は再び地上に降り立つ事が出来るのか?


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