第11話 流転

思い出すのは母の言葉。


甦るのはある日の出来事・・・


それはヒカルのその後を決定付ける一枚の封書から始まった



「お前はそらへ揚がってはならない。

 お前は他人ひと様をあやめてまでぼうと言うのかい!?」


神主かんぬし姿の母が怒鳴る。


「空を翔ぶのが私の夢なの!どうして認めてくれないの?」


巫女姿の少女ヒカルが、母親に抗った。


     <<飛麿ひのまろ神社>>


境内に2人の声が響いた。


「私はこの家を出て飛空士になるわ!もう帰って来ないからっ!」


泣きながら巫女は神社を飛び出して行く。


「馬鹿者!ひかるっ、待ちなさい!」


神主の母がヒカルを呼び止めるが、

走り出す巫女姿の少女は、神社を抜けて小高い丘へと向かう。





ー ああ・・・どうして私はお母さんの言う事を聴かなかったのだろう。

  どうして空へ翔び立ってしまったのだろう?


思い出にふけるヒカルは、応接間に置かれてある一枚の写真へ眼を向ける。

その写真にはおっと勲と、伴に写る数名の飛空士の姿があった。


ー みんな・・・ごめんなさい。

  私だけこんなに幸せになって・・・愛する家族に恵まれて・・・


写真の中に居る自分は、友に囲まれて微笑んでいた。


ー みんな・・・還って来なかった・・・あの空の果てに行ってしまった・・・


ヒカルの耳に、あの日の轟音が甦って来る。


ー そう・・・私は望んでいなかった。

  戦争に巻き込まれるなんて。

  ・・・でも、時代は容赦なく私を空の闘いへ放り込んだ・・・


脳裏に浮かんでくるのは突然告げられた上司の言葉だった。





_______________





「中嶋ヒカル君、おめでとう。

 君は今日より栄えある、サンシャルネス王国飛空士准士官となった。

 開戦を迎えた海空軍准士官として召集令状が届いたんだ、これだよ」


封書を差し出した逓信省の上司を、虚ろな瞳で見詰めるヒカルに、


「これで君も軍人なのだよ、中嶋准尉」


まるで他人事のように手渡された召集令状を手にしたヒカルが首を振って拒む。


「そんな・・・私は軍人になるのが嫌で逓信省飛空士学校を出たのです。

 闘う為に飛空士になった訳ではないのです!」


抗うヒカルに上司は機嫌を損ねて、


「なにかね君、国に反逆する気かね。

 困るねぇ、喜んで送り出そうと思ったのに、上司の私に泥を被せる気かね」


怒鳴り声をヒカルに浴びせ、


「君はこの令状通りに海軍省に行けばいいのだ。

 そこで配属先を伺って勤務すればいい。

 君ほどの成績を残した者を悪くは使わないだろうさ」


捨て台詞の様に告げると、有無を言わさぬ一言を言い放った。


「女王陛下の為に、命を捧げて来るんだ!中嶋君!!」


上司の言葉はそこで打ち切られ、ヒカルを残して別の仕事に執りかかってしまった。


ー ああ・・・なんて事だろう。

  折角軍人以外の飛空士となれたというのに。

  お母さんの言っていた通りになってしまった・・・


絶望感に支配された心のまま、海軍省へ行くと、

すぐさま、スカヨコ航空廠に出向させられ、適性試験を受けさせられた。


中嶋なかじまひかる

 君は頭脳明晰、運動神経反射能力共に優秀につき、戦闘機に乗って貰う。

 只今、激戦中の戦地に行って活躍して貰う。

 判ったかね中嶋飛空士・・・いや、中嶋 輝・・・予備少尉」


ヒカルは適性検査の結果、海空軍の少尉に任官し、戦闘機乗りとなった。






ー もし、あの時・・・

  友に出逢わなかったら・・・私は・・・

  私はきっと初陣で被撃墜されて・・・死んでいた・・・-


ヒカルの記憶は写真に映る友との出逢いと、

その悲劇の別れを紐解いていく・・・・




「わっ、私っ。中嶋 輝と、いいます。

 軍隊は初めてであります、宜しくお願いします!」


声を張り上げて衛兵に告げると、怪訝な顔を向ける隊門番兵が、


「あの・・・少尉殿でありますよね、肩章を見ると。

 私は一等兵なのでありますが。敬礼を先に解いて頂けませんか?

 そうして頂けなければご案内も出来ませんが?」


   <<海軍 第6航空隊>>


立て札の前で、可笑しな光景が観られる。

士官服の少尉が、門番兵に敬礼をしたまま動かないのだから。

誰が観ても不自然な光景であろう。


「うん?何をやっとるんや、お前らは」


後から現れた士官が、2人に声をかけると。


「あ、分隊士。こちらの少尉殿が敬礼を解いてくれませんので」


渉りに船といった風情で番兵が後の士官に泣きついた。


「何やこの少尉。どこの隊のもんや?」


その女性士官の声に、ヒカルが気付いた。


「あっ、柏村教官!」


こちらも困り果てていたヒカルが、柏村を見て助けを求める。


「私、本日付をもって此処へ配属されたのですけど・・・どうしていいのやら」


困り顔で柏村に訊ねて助けを乞うた。


「なんや、誰かと思うたら中嶋やないか!

 お前・・・逓信省はどうしたんや?

 務め始めてまだ1つきも経っとらんやろ?」


大袈裟に驚く柏村の肩章は、大尉の3本線が入っている。


「はい・・・2週間前に召集を受けて・・・

 そんな事より教官は軍に戻っていたのですか?」


ヒカルは飛空士学校の教官だった柏村が大尉の肩章を着けて現れた事に驚いた。


「せやねん・・・私も招集を受けたんや。

 元々私は軍を辞めて逓信省に入ったんやけど。

 赤紙が来てなぁ・・・

 まあ、元々中尉やったんが大尉にバケてしもたんや、めんどくさ」


番兵に手で構わないと合図した柏村が、


「中嶋ぁ、お前も戦闘機乗りにされてもうたんか・・・可哀想になぁ」


ため息を吐いてヒカルの肩を叩き、


「ほなら、一緒に指揮所へ行ってやるさかい。あんじょう申告するんやで」


同道してくれる事になった。


「ありがとうございます。大尉殿!」


そう答えて敬礼するヒカルに、


「殿はいらん、殿は。ここは海軍やさけぇ。

 そんな仰々しい言葉はいらへん。名前の下に階級だけ付けときぃ、中嶋少尉」


敬礼するヒカルの手の位置を海軍式に改めながら教えを説いた。


「良かったです、教官が居てくださって。

 もし、私一人だったら今頃どうなっていたか・・・」


あの日感じた憧れのようなものを思い出して、ヒカルが礼を言うと、


「なぁ中嶋ぁ。此処だけの話やけどな。

 私達が往く戦線って・・・ヤバイらしいぞ」


こっそり呟く様に、ヒカルに零した。


「えっ、何がヤバイのですか?」


軍を知らないヒカルが訊くと、


「そりゃぁ、闘ってる相手の事や。

 どうやらフィフススターが出張って来てるらしいんや」


敵の本国である超大国フィフススターとの戦闘と聴いて、ヒカルが驚く。


「えっ!?でも、今闘っているのは衛星国のナシナイチャ国の筈・・・」


思わず声を大きくしたヒカルに、しーっと指を立てた柏村が、


「どうやら本国の方から人員と機材を廻しているみたいなんや。

 そやからこっちの被害も増大しているみたいなんや」


難しい表情になってヒカルに告げた。


「じゃあ・・・今から向かう私達の相手も?」


柏村の言葉にヒカルの表情も曇る。


「せや・・・フィフススターになるやろ」


ぶすりと柏村が答えた。

それはこれから起きる空の闘いに劇的な変化を齎す事になる・・・

そう柏村はヒカルに伝えたかったのだが・・・



「中嶋少尉。君は初搭乗だったな。慣熟訓練は済んだかね?」


配属されて3日では、とても慣熟訓練など終ろう筈もなかった。


「いいえ、まだ一度しか96戦で飛んだ事はありませんので。とても・・・」


慣れていませんと、言おうとすると。


「一回乗れば十分だ。我が隊は明日を持って前線に出動する。いいな!」


飛行隊長は、ヒカルに有無を言わさず命じる。


「で・・・でも・・・」


喉から出掛かった<無理です>の一言をヒカルは呑み込んで。


「解りました・・・」


眼を伏せて、了承するしかなかった。





_______





ー あの時。

  もし友が傍に居てくれなければ・・・

  私はきっと墜とされていた・・・死んでいた・・・


すやすや眠るエイミーを見て、ヒカルは想った。


ー 私は友を犠牲にして・・・

  友を身替りにして生き残った・・・いいえ。

  友は・・・私の為に死んでしまった・・・


ヒカルの脳裏には初出撃の日、搭乗前の士官室が描かれていく。





「おい、中嶋少尉。初出撃だからって緊張し過ぎるなよ!」


気安く声を掛けて来たのは。


「柏村大尉、いえ分隊士。いえ、中隊長。今日は宜しくお願いします」


緊張した面持ちのヒカルが答えた。


「・・・・ホンマに、大丈夫かいな。

 今日は敵飛行場まで長躯、攻撃を掛けるさかいな。

 長機から離れるんやないで」


中隊を指揮する柏村が、心配顔で言うと。


「は、はい。何とかやってみます」


初陣の緊張をほぐそうとやってきた柏村に、

カチコチに固まったヒカルが答えると。


「今日は我々第2中隊と1中隊の18機で行くんやから、大丈夫とは思うが・・・

 敵が見えても突っ込んじゃあ駄目やで」


注意を与えて柏村が笑う。


「は・・・はい!」


まだ緊張が解れないヒカルに、


「中嶋以外にも初出撃の岡田や、岩崎も行くんやろ?」


柏村が言った名に、ヒカルはやっと緊張が解れてきたのか、


「はい。岡田君や岩崎さんも一緒です」


この基地に着いて初めて会った戦友の名を告げて、顔を和ませた。


「此処へ来て初めて親しげに話し掛けて来てくれた友ですので。

 一緒に行けて良かったです」


柏村に答えるヒカルは、表情をなごませて答える。


「そうか・・・では、中嶋に一つだけ忠告しておく。

 喩え、その友が窮地に陥った処を観たとしても、

 絶対に長機から離れるんやない。

 お前一人で助けようと試みるんやないで」


ヒカルの肩に手を載せて、真剣な顔を見せる柏村は空の厳しさを教えた。


「はい。長機から離れません」


その瞳に答えたヒカルは、まだその時、実戦の恐ろしさを理解していなかった。




若い3人が初出撃を待っていた。


「今日は一つ、初撃墜といくか」


年若い少尉がヒカルに言った。


「岡田君、無理しちゃ駄目だよ。

 私達は小隊長の後に着いて行けばいいんだから」


髪を結ったもう一人の少尉が聞き咎める。


「岡田君、岩崎さん。今日は私達の初陣なのだから。

 無事に還る事だけを考えようよ」


ヒカルが搭乗員仲間で同じ階級の2人に言うと、


「そりゃそうだけど。折角出撃するんだから、一機位は墜としたいよ」


飛行帽の上から頭を搔く岡田少尉が言い返してくる。


「岡田君、中嶋さんの言う通りだよ。

 私達ヒヨッコに墜とせる程、敵も甘くはないって」


結った髪を飛行帽から垂らした岩崎少尉が諭す様に言って、


「ねぇ、中嶋さん。

 兎に角、生きて還りましょう。還れれば次があるんだものね」


ヒカルに向けて微笑んだ。


「そうだよ、岡田君。

 初陣で墜とせなくっても、還れれば次があるんだから」


ヒカルも岡田少尉の勇み足を止めたが。


「ふーん。ま、2人が言うのなら・・・考えておくよ」


岡田少尉はまだ撃墜にこだわっているのか、躊躇いがちに答える。


「搭乗員整列っ!」


飛行長の命令が3人の話を途切らせた。





整備員が離れる。


右手が点火スイッチを開ける。


プラグがスパークを放つ・・・そして。


初出撃の時は来た

ヒカルは18機の中で最後尾の3番機に搭乗していた。

その位置は、常に敵に狙われる最悪の配置とも言えた・・・


その日は雲が辺りに起ち込めて見晴らしが利き難い曇天だった・・・


次回 第12話 くれないの空


君は再び地上に降り立つ事が出来るのか?

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