第10話 天娘 <零虎>
すき焼きをつつきながらエイミーが話した。
自分の失敗談に出てくる娘の事を。
格納庫で出逢った・・・獣耳娘<レイ>の事を・・・
「今日はありがとうございました」
横山が玄関先に立って礼を述べて、
「栄美ちゃんにも宜しく伝えてください」
微笑んでヒカルに頼んだ。
「ええ。また、いらしてくださいね、横山君」
頭を下げるヒカルに横山は、
「はい、私には此処が実家だと思えるのですから。
掛替えも無い家族だと思っていますから」
何度も告げた
「エイミーも喜びますから。そう言って頂けると」
ヒカルが微笑み返すと、外で横山を待っている
「じゃあ、横山君を宿舎まで送ってくるからな」
酒気を帯びた2人が連れ立って家を出て行く。
「お気をつけて」
2人を見送ったヒカルが家の中へ戻る。
食卓で眠ってしまったエイミーの寝顔を見て。
「初めての日はとても食事が喉を通らなかったのに・・・この子ったら」
微笑んで顔に掛かった髪をそっと撫上げてやった。
「それにしても・・・レイってば。
エイミーをもう認めてしまったのかしら」
エイミーが話した失敗談を思い出して呟く。
「まだこの子はヒヨコにもなって無いと言うのに・・・
相変わらずレイって、せっかちなんだから」
エイミーの髪を撫でながら、ヒカルは<零戦>に宿る
__________
「そう言えば栄美ちゃん、最初に失敗したって言っていたけど。
格納庫で転んだって・・・どうして運動神経の良い栄美ちゃんが転んだの?」
酒気が廻った横山が思い出したように訊いてくると、
「えっ?うん・・・あのね。
あの
まだ、すき焼きをつついているエイミーが気も止めない風に答えた。
「あの
「ううん、違うよ。機体に宿る娘・・・
獣耳を生やした白銀の髪をした娘だよ」
素っ気のない答えがエイミーから返ってきて、大人3人が驚きの表情となる。
「えっ、エイミー。お前あの娘を見たのか?」
勲が空かさず訊き返すと、
「そう。いきなり話し掛けて来たんだ・・・頭の中に」
肉を口に放り込んだエイミーが言った。
「エイミーっ、それは本当の事なの?」
ヒカルが思わず声を大きくして訊き直す。
「何?お母さん。私の言う事が信じられないの?」
モグモグしながらエイミーが返した。
「いや、栄美ちゃん。その
何を話したと言うんだい?」
横山はぐい呑を置いて、身体を乗り出して訊いた。
「えっとね・・・最初聞えたのは・・・ね」
エイミーがその日あった出来事を話し始める。
_________
「「お前・・・私が見えるのか?」」
走りながら格納庫の中を観ていたエイミーに、誰かが話しかけて来たように思えた。
ー 誰だろ?私の周りの生徒の声じゃないし?
耳に聞えたというより、頭の中に直接響いた様にも思える。
「「お前・・・アイツの娘なのか?マモルが言っていた妹なのか?」」
また聞えてくる女の子の声。
その声が聞えた様に思える方へ向くと、そこは格納庫の中。
ー あ・・・<
瞳を凝らして零戦を見詰めるエイミーが、
ー そうか・・・あなたがアタシを呼んだんだんね?
気付いた。
其処に居る娘の姿に・・・
「「見えるのか私が。
この<零戦>の聖獣たる私の姿が・・・
そうか!やはりお前はヒカルの
白銀の髪に着けられた鈴の音が音をたてる。
チリン
それははっきりとエイミーの頭の中で鳴った。
周りの景色が停まる。
「「私の姿が見えるお前の名をここに示せ。
この
紅い瞳を輝かせる獣耳娘が求めてくる。
「「さあ!お前の名を私に示せ。この零戦に新たな誓いを唱えてくれ」」
獣耳娘が右手を差し伸ばしてくる。
ー 私の名を知って、あなたはどうしたいというの?
私の友達になってくれるというの?
頭の中でエイミーが訊く。
「「その答えは後に示される。今はまだその時ではない・・・
だが、私は知っておきたいのだ。
我が宿命の
我等があるべき持ち主の名を」」
獣耳娘の右手が、求める様に差し出される。
ー いいわ、教えてあげる。
私は・・・
堀越
あなたと共に闘いし人の
エイミーが告げた。
ビシャッ!
名乗った名が言霊となり、獣耳娘の手に納まる。
「「確かに承ったぞ、栄美」」
言霊を手に握った白銀の獣耳娘が名乗る。
「「堀越 栄美に答える。
我が名は<
この世界へ投げ込まれし<零戦>に宿る
そなたに受け継がれし力を持って我が主人と成す」」
紅い瞳を輝かせた<零虎>が
ー はいはい・・・長い口上、御苦労様。
ようするに、あなたは私のお友達になってくれるんだね、レイ?
エイミーが呼びかけた、その呼び方で。
母親と同じ呼び方で。
「「栄美・・・いや、エイミー。
お前なぁ・・・いくらヒカルの娘だからって、いきなりそんな気安く呼ぶなよ」」
はぐらかされたレイが、エイミーの言霊を胸の
ー だってぇ、マモルにーも言っていたもん。
レイはそそっかしいから注意しろって。
容姿は可愛いけど、気が早くて優柔不断だから気をつけろって・・・
エイミーに言われたレイが拳を握り締めて、
「「くっそ!マモルの奴・・・今度会ったらオシオキだ!」」
プンスカ怒り出した。
ー でも・・・逢えて良かった。
入校初日から逢えるなんて思ってもなかったから。
ありがとう、話し掛けてくれて!
頭の中で笑いかけるエイミーがお礼を述べると、
「「ふぅん・・・お前って見た目より大人なんだなぁ。
あんなに小さかったのに・・・この急成長娘め」」
レイが懐かしげにエイミーを観て教える。
「「初めて逢ったのは、私がこの学校へ移された時だったかな。
ヒカルに抱かれて現れたエイミーは、まだ赤ちゃんだったから。
もう・・・14年も経ったか・・・胸アツだな」」
白髪を靡かせた獣耳娘が、遠い眼をする。
ー あはは、覚えてないけど。
でも、すっごく優しげに私を見ていた事は知ってるよ。
マモルにーが決勝戦を終えて戻って来た時も、私の事を観ていたでしょ?
エイミーが既にレイの事を知っていたと聴いて、獣耳娘の耳がピンと立つ。
「「お、お前・・・知っていたのか?」」
驚いたように耳を立ててエイミーの声を聴こうとするレイに、
ー うん・・・見ていたよ。
だから今も驚かないでしょ。
普通の人なら、こんな会話したら卒倒しちゃうよ?
レイは細い瞳を見開いてエイミーを観た。
「「あーっはっはっはっ!こりゃ参ったな。こいつは善い!
是非とも載せてみたくなった。
お前はきっとヒカルにも劣らない翔騎になれる。
闘う為に転生したこの<零戦>に、きっと安らぎを齎してくれる・・・
宿命のパイロットになってくれる。その時が待ちどおしい。
早くヒヨコを卒業して私の
レイは大笑いして願望を述べ、
「「ではな、エイミー。待っているからな、その時を!」」
チリン
レイの鈴の音が鳴った・・・
鈴の音が鳴り終わった・・・瞬間。
ベチャ!
鈴の音が鳴り終わると、景色が動いた。
眼に映ったのは地面・・・・
「だ・・・大丈夫?堀越さん?」
2番手を追っていたリョビが訊いて来ると。
「うぬぬ・・・レイめ。マモルにーの言っていた通り油断ならない
ひっくりコケたまま、<零戦>に向けて呟いた。
___________
「そうか、それでコケたのか。こりゃ傑作だ!」
勲が膝を叩いて大笑いする。
「笑い事じゃないよ、お父さん。こっちはみんなに大笑いされたんだから」
剥れるエイミーが勲に詰め寄って、
「でも、レイって前からあんな娘だったの?
お母さんが初めて出逢った時も、こんな感じだったの?」
ヒカルの方に訊ねる。
「いいえ、私とレイが出逢ったのは・・・」
一瞬口走ったヒカルが言い澱み、
「そうそう、エイミー。お肉ばっかり食べてないで」
話を切り替えてくる。
「えーっ、いいじゃん。私、育ち盛りなんだからぁ」
巧くヒカルに話を切り替えられた事にエイミーは気付かなかったが、
勲や横山はヒカルの想いに気付き、話を戻そうとはしなかった。
________________
「堀越さん。ヒカルさんは未だに引き摺っているのですね。
・・・先の大戦での事を・・・」
宿舎へ向かう途中、横山が勲に話しかけた。
「ああ・・・そうだ。
未だにヒカルの心はあの闘いで受けた傷跡に苦しんでいるんだよ。
横山君・・・君と同じ様に・・・ね」
同道する2人は空を見上げて話し合う。
満天の星空に、雲は掛かっていなかった。
只、明るく瞬く星と、月の明かりが2人を照らしていた。
エイミーを自室に連れ、寝かせたヒカルは一人思い出していた。
それは辛く悲しい思い出。
自分が望んでいなかった空への旅立ちでもあった。
ヒカルの脳裏に響くのはあの日の轟音。
そして、その日はヒカルの一生を決定付けた日でもあった・・・
「お前は空へ揚がってはならない・・・」
母に止められても憧れには勝てない。
一人の少女は空へと飛び立った・・・だが。
次回 第11話 流転
君は闘う事を運命付けられた操縦者・・・飛空士
作者注)次回からヒカルの過去パートに入ります。戦争に巻き込まれてしまうヒカル・・・
彼女の過去とは?彼女が経験した事とは?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます